なぜ、朝ドラ「風、薫る」は急に面白くなったのか “ダブルヒロイン”が輝き始めた決定的な転機
生活拠点1本化の効用
「風薫る」は5月上旬からの初夏の季語。NHK連続テレビ小説「風、薫る」も旬を迎えたらしく、面白くなっている。NHKの標準指標である個人視聴率も上昇。浮上の裏にはもちろん理由がある。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】
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本稿の4月13日付などで指摘してあった通り、この物語の浮上のカギはやはり看護学校(梅岡女学校付属看護婦養成所)編だった。
人気の上昇を数字で表したい。第36回(5月18日)の個人視聴率は8.3%。初回(3月30日)で記録した作品の最高値にぴったり並んだ。
前作「ばけばけ」の期間平均値は8.4%だったから、遜色ない。ほかの日も最近は7%台後半が目立ち、もう低視聴率とは言えない。連休中は数字が落ちたものの、朝ドラは生活習慣の色合いが強いから、休みの日に低調となるのは昭和期からのことである。

看護学校編は第20回(4月24日)から始まった。なぜ、カギだったのか。まず、2人いるヒロインの日常生活の場が看護学校に一本化できたから。2人とは一ノ瀬りん(見上愛)と大家直美(上坂樹里)である。
看護学生になる前のりんは舶来品店「瑞穂屋」を拠点として過ごしていた。片や直美は鹿鳴館や教会にいた。看護学校編前のこの作品は2つの別々の物語が紡がれていたのである。分かりやすくするにも限界があった。
日常生活の場が一本化されたことによる効用はほかにもある。りんと直美のキャラクターが視聴者側により鮮明に伝えられるようになった。2人が相手の性格を指摘し合うからである。もちろん制作側の計算だ。
一例はこうだ。りんは直美に向かって、こう言った。
「(直美さんは)髪と一緒にいろいろ断ち切ったって、そうウソを吐いているようで、かえって疲れそう」(第22回、4月28日)
直美は髪を短く切った理由について「己の出自や自分の未来を考え悩むことを髪と一緒に断ち切りました」(第21回、同27日)と説明していたが、りんはこれを否定したのである。
りんはやさしく穏やかな女性だが、図太いところもある。ちょっと無神経なところも。他人の心の中に無遠慮で入り込んで来る。
一方、直美はりんに対し、こう言った。りんが「ウチの母(美津=水野美紀)は悪気なく人に命じたり、思ったことを口にする」と口にしたあと、「あの母親にして、この子あり」(第29回、5月7日)と漏らした。ただし、りんは聞き取れなかったようだ。
直美は反骨精神に満ちた毒舌家。ワルぶっていて、他人を利用するのも得意。だが、性根は繊細で純粋だ。
朝ドラの方程式
朝ドラを経験したNHK制作者に教えてもらったことだが、朝ドラはキャラクターを動かすドラマの典型でもあるという。たとえば、ヒロインや登場人物が困難や試練に立ち向かう展開をあえてつくり、視聴者をやきもきさせる。ヒロインの幸福を視聴者も喜ぶように構成する。ただし、キャラが不鮮明だと、動かすことが出来ない。
ヒロインが2人いると、関係人物も2倍になる。登場人物たちのキャラを浮き彫りにするのに時間がかかる。なかなか身近に感じられない。それが看護学校編入りしたことより、キャラが一気に明瞭になった。
個性豊かでキャラの分かりやすい教師とクラスメートの登場も大きなプラスだったのは言うまでもない。物語が膨らんだ。まず教師のマーガレット・バーンズ(エマ・ハワード)。厳しいが、看護婦の精神と技術を知り尽くし、生徒たちに深い愛情を注いでいる。
りんと直美以外の生徒はまず医師の娘で自分も医師になりたかった玉田多江(生田絵梨花)。青森の農家出身で素直で純粋な工藤トメ(原嶋凜)。ナイチンゲールに心酔する子爵令嬢・東雲ゆき(中井友望)。
さらに看護婦の制服に憧れたことが志望動機の大商店の娘・柳田しのぶ(木越明)。32歳のクリスチャン・泉喜代(菊池亜希子)である。
いくら個性派が揃おうが、7人にまとまりがないと、面白味を出しにくい。だが、その辺もぬかりない。定石通りであるものの、7人に対し共通の困難を与えた。さらに全員にとっての敵をつくった。それによって結束へと導いた。
最初の困難は「オブザーブ」を訳すこと。この言葉は看護婦の教科書に22か所も出て来たという。看護婦の仕事は「オブザーブ」が大切らしい。現代人なら「発言権のない傍聴者」などと条件反射的に即答するだろうが、当時は英語教育が始まったばかり。また傍聴者という訳では看護の用語として、しっくり来ない。
教会で生きた英語を学んだ直美たちが出した答えは「患者をじっと、よく見ること。患者の様子を包み込むように見ること」だった。看護婦にとって大切な仕事だった。膝を打った人が多いのではないか。
答えが出るまでには紆余曲折があった。まず直美と多江の確執。多江も英語を学んでいた。何かのエキスパート同士が対立するのはよくあることだ。
さらに、りんが直美に英語をみんなにも教えるべきだと主張したことから、2人はぶつかる。直美は教えることを拒んだ。ここでもりんの無神経さが出た。直美は教える立場ではない。
だが、これも制作陣の計略。7人の結束を強固なものにするため、あえて衝突させた。りんは直美への言葉を反省する。いつもの「間違えた!」である。語学は自分で辞書や文献を読まないと習得が遠ざかる。一方で直美もりんの言葉に素直になれなかった自分を悔いた。2人はそれぞれ考えをあらため、「オブザーブ」の意味を調べる。
それによって得られた成果を2人はほかの5人に惜しみなく伝えた。バーンズを前にした「オブザーブ」の意味の発表は、多江を代表とし、全員で行った。誰の手柄でもなかった。感動的だった。
「オブザーブ」という言葉を題材に選んだことを始め、よく考えられたエピソードだった。第23回(4月29日)から第25回(5月1日)までで描かれた。
バーンズとの対決
次に7人を待っていたのは敵。当初のバーンズである。7人に来る日も来る日もベッドメイキングをやらせた。ずっと合格点を与えなかった。
医者志望だった多江には無駄な学習に思えてしまい、憤る。りんもバーンズに対し「何が看護なのでしょう」と反意を表す。ほかの生徒も閉口した(第20回、同4日)。
やがて7人はバーンズの陰口を叩くようになる。巧妙な構成だった。生徒が教師の悪口を言い合うと、往々にして生徒同士の距離が縮まる。現実でもよくある。最初からクラスの生徒たち全員が結束しているドラマもあるが、現実離れしている。
バーンズがベッドメイキングを繰り返し行わせたのは清潔を保つために欠かせない作業だから。バーンズはナイチンゲールの教えを受けた。ナイチンゲールは自分が目立ったり、讃えられたりすることを嫌った。バーンズも学校側の評価や生徒の人気を求めない。ただし自らの職務には忠実だ。そんなバーンズを生徒たちは尊敬するようになり、慕い始めた。
看護学校での座学は第30回(5月8日)まで。締めくくり方も心憎かった。多江は退学を考える。父で医師の仙太郎(吉岡睦雄)から医学生との結婚を促されていたからである。
だが、多江は看護婦の仕事にも惹かれるようになっていたため、決意が固まらない。やっとクラスメートに「辞める」と宣言するが、直後に熱を出して倒れてしまう。
ベッドに横たわる多江を、看護をしたのはクラスメート。次々とやって来ては「大丈夫?」と語り掛けた。一方でバーンズは多江が喉の渇きをおぼえたとき、すーっと現れ、水を出してくれた。多江の意識がもうろうとしているときだった。
目ざめた多江はクラスメートに対し、うるさかったと文句を言う。もちろんウソである。見ていてくれたことがうれしかった。一方で多江はバーンズによる一流の看護婦ならではの心配りに胸打たれ、退学を撤回する。結婚はやめた。
多江の父親・仙太郎も悪い人物ではなかった。娘の選択を尊重する。多江が勝ち気だから、どこも雇ってくれそうにないと心配した直後、「そのときはウチで働きなさい」と口にした。
バーンズと生徒たちが一枚岩になると、新たな敵が必要となってくる。そこで第31回(5月11日)から看護婦見習い編が始まった。実習の場は帝都医科大附属病院編。敵は高慢な医師たち、専門教育を受けていない看病婦、一筋縄ではいかない患者たちである。
敵の出現が相次ぐが、ワンパターンではない。敵との対立と融和を繰り返すのが朝ドラのヒットの方程式の1つである。
りんは現在、武家出身の華族・和泉千佳子(仲間由紀恵)を担当している。乳がんだ。担当した途端、「奥様のお辛い気持ちはよく分かります」と自信満々で言い、激怒させてしまった。相手が病人でなくとも軽々と口にすべきではない言葉だ(第37回、同19日)。やっぱり、どこか無神経なのだ。
りんは落ち込む。それでも間を置かず、「私に奥様の本当の気持ちは分かりません」(第38回、20日)と前言を翻せるのだから、図太くもある。ヒロイン2人はどちらも面白い。
最後に重箱の隅をつつかせてもらう。りんの栃木県那須地方のイントネーションが、千佳子との会話のときだけ消えるのはどうしてなのだろう。
高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社し、放送担当記者、専門委員。2015年に毎日新聞出版社に入社し、サンデー毎日編集次長。2019年に独立。前放送批評懇談会出版編集委員。
デイリー新潮編集部
