速水健朗さん『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』インタビュー「壁は年齢ではなく、興味を持つ力を維持できるかどうかにある」
【著者インタビュー】速水健朗さん/『機械ぎらい 機械音痴のテクノロジー史』/集英社新書/968円
【本の内容】
昔はよかった──そう思う人にとって一番の難関は「機械」ではないか。日常に溢れる機械に翻弄され、パスワードが分からなくなれば、自分のお金すら下ろせない。そんな「機械ぎらい」「機械音痴」が生まれるのには理由があった、とさまざまな事例から示し、歴史を紐解いていく。取り上げるのは身近な飲食店のタッチパネルやレストランの予約システムから、過去の冷蔵庫や鉄道などの黎明期まで。ユーモアを交えながら展開され、読後は「機械ぎらい」の自分を肯定できる一冊。
現代ほど「機械」が日常的に見受けられる時代もないだろう。電車の自動改札機、ファミレスの配膳ロボット、美術館のイヤホンガイド……。施設や乗り物に設置されている物理的な機械に加え、スマートフォンのアプリを始め、さまざまなソフトウエア・サービスも多彩だ。それらが生活の向上に奏功していることは、改めて指摘するまでもない。しかし、機械の操作に苦手意識があり、機械に囲まれた日常に困難を覚える人々も、また決して少なくはない。
現在のテクノロジーは、標準化や規格化が十分になされていない
速水さんも「機械音痴」のひとりであり、取引先の企業を訪問する際、事前にメールで送られたQRコードを探し、読み取り機にかざしてオフィスに入るようなことにも、よく困難を覚えているという。とはいえ、速水さんは、現在の機械をめぐる困難は、かつての困難とは別種のものだということを強調する。
「ひとつは、現在のテクノロジーは、標準化や規格化が十分になされていないということです。たとえばバスに乗るにしても、事前決済の場合もあれば、降りるときに払うこともありますし、コンビニコーヒーやスーパーのセルフレジなども、店ごとに使い方のルールが異なっているので、より混乱を覚える頻度が多くなっているんです」
では、なぜこうした「ばらばら」な状況は続いているのか。ものづくりの前提が変わったことを、速水さんは指摘する。歴史を振り返れば、たとえば自動車産業においては、自動車の普及や安全のためにアクセルやブレーキの配置など、メーカーを超えたルールの統合が歴史の中で進み、それは自動車の使いやすさにつながってきた。しかし、現代ではメーカーは知名度の向上を意識し、独自部品や独自仕様を増やすように。これにより、機械の使い方の統一性は失われていったという。
「加えて、コロナ禍で国や企業が急な対応を迫られるようになったことも大きいですね。たとえば飲食店のQRコードやタッチパネルは、人との接触を避ける目的で、いうなればやむにやまれぬ事情から配備された側面が大きいので、使いやすさや利便性は、そこまで入念に考えられたものではありません。また、これらの機械は歳月を経ての自然淘汰の影響も受けていないので、十分に洗練されてもいないんです」
では、逆にもっとも洗練された、成熟した機械とは何が考えられるか。速水さんが提示するのはエレベーターだ。
「都市の発展には何が必要か? 高層化です。というのは、土地の広さには限りがあるので、都市の人口を増やすためには、より土地の中に人を密集させなくてはならなかったんですね。エレベーターが生まれたことで、ニューヨークを始めさまざまな世界の都市は発展してきました。そうした意義の大きさに加えて、使いやすさも特筆に値します。エレベーターのルールは、行きたい階のボタンを押し、また場合に応じて開ボタンと閉ボタンを押すというシンプルなもので、そこに不便を覚える人はほぼいないでしょう」
エレベーターの完成度の高い操作性や機能を考察する上で、小説『屍人荘の殺人』、映画『2001年宇宙の旅』『シャイニング』など、さまざまな作品や事物が召喚される。その中でも印象的なのは、東京ディズニーシーのアトラクション「タワー・オブ・テラー」だ。19世紀末のニューヨークにおける超高級ホテルを思わせる建物に、アフリカの偶像が呪いをかけるという設定のアトラクションでは、エレベーターがまさに主役となる。偶像は、客が乗るレバー式エレベーターのワイヤーを切断することで、エレベーターを落下させようとするのだ。そして、客が最大で38メートルの落下を体験することが、アトラクションの目玉となる。
「ディズニーにはコースター系のライドは多いですが、垂直に落下するライドはこれだけです。このライドはアトラクションの中でも人気は高いですが、それは人類が垂直方向の移動が苦手だからではないでしょうか。いわばエレベーターは、人間が垂直移動への弱さを技術で克服したことの一つの証明であり、同時に、このライドからは、エレベーターの安全性を改めて認識もできます。客は実際のエレベーターがまず落ちないという安全性を知っているからこそ、エンターテインメントとして落下を楽しめるんです」
AIを始めとした新しい技術には常にわくわくしている
さまざまな機械が氾濫する中、適応できるかどうかには、年齢の問題もあるのだろうか。本書では、イギリスのSF作家ダグラス・アダムスが、人間が新しいテクノロジーに向き合う際に、年齢が35歳より上か下かが重要だと指摘したことを紹介している。速水さんはこの指摘に一定の説得性を認めながらも、しかし重要なのは思考力の劣化といったことではなく、興味の有無であると語る。
「僕はSNSでは、インスタグラムはあまりやりません。それはまず、写真の色合いや角度を考えることや、ショート動画を作るようなことが苦手だからですが、さらに理由を掘り下げれば、そもそもそうしたことに興味が薄いからですね。壁があるとすれば、むしろ興味を持つ力を、維持できるかどうかです。単純に機械が得意かどうかという話になると、年齢による差はあまりないと思います。僕の母は75歳ですが、動画編集もできますし、ネットでの予約もこなします。逆に若い人たちは、"情弱"と思われたくないので、複雑な手続きが必要な場面では、事前に入念な下調べをしてから臨むようですね」
速水さん自身は、「機械音痴」ではありつつも実は「機械ぎらい」ではなく、機械の発展そのものにはポジティブな感情を抱いているという。
「AIが仕事を奪うとか、スマホが知性を奪うとか、そうした危機感はあまり覚えていませんし、むしろ新しい技術には常にわくわくしています。また、僕がこの本で提起したのは、あくまでも日常における機械の利便性の問題です。テクノロジーは常に過渡期にあるとは言えますし、スマホを始めとした現在の日常的な技術は、どんな道を歩むかは現在のみではわかりません。答え合わせは、未来に託されています」
【プロフィール】
速水健朗(はやみず・けんろう)/1973年石川県生まれ。ライター、ポッドキャスター。コンピューター誌編集者を経て、2001年よりフリーランスの編集者、ライターとして活動。主な著書に『1995年』『ラーメンと愛国』『ケータイ小説的。』『東京どこに住む?』『1973年に生まれて』ほか多数。2022年よりポッドキャスト「これはニュースではない」を配信している。
取材・構成/若林良
※女性セブン2026年5月21・28日号
