37歳で“グラビアデビュー”した2児のシンママ。人生のどん底から、44歳で「人生初の就職」を決めた理由
今回のインタビューでは、37歳でのグラビアデビューや、44歳での初めての就職、そして現在の活動や家族について語ってもらいました。
――上京から3年後、37歳でのグラビアデビュー。かなり思い切った決断ですよね。
「ちょうど小さい事務所に入ったり辞めたりを繰り返していた頃ですね。たまたまその時にグラビアの大きなオーディションに出てみたら?とある人から勧められたんです。それが『ミスFLASH2017』でした。現役のグラビアアイドルと戦うなんて頭の片隅にもなかったけど、何事も経験だし、やってみようかな、と。
書類審査は洋服で通ったのですが、公開オーディションでは水着が必要で。でも、水着を着るなんて学生時代の授業ぶり。水着は1着も持っていなかったのでとりあえず買わなきゃということでドン・キホーテに走りました(笑)」
◆グランプリの先にあった壁と、芸能界での限界
――人前で水着姿を披露することに抵抗はなかったのですか?
「正直、嫌でしたね。自信もなかったし、学生時以外で人前で水着を着たことありませんでしたから。すごく恥ずかしかったのですが、それでも、カメラテストも通過して、まさかのファイナリスト10人まで残ることができました。期間の長いオーディションだったので、雑誌を何冊買ってもらえるか、撮影会に何人来てくれるのか、配信でどれだけ上位に上がれるか……必死でしたね。
ただ、グランプリは取れなくて。家族にも迷惑かけながら頑張って、ファンにも応援してもらった分、すごく悔しかったです」
――でも、その後に男性ファッション誌『BITTER』(※現在は休刊)のグラビア掲載権争奪オーディションでグランプリを受賞しましたね
「これをきっかけにDVDを出せたり、グラビア誌『URECCO』復刊第1号の表紙を飾らせてもらったり、少しずつ知名度も上がりました。有吉反省会などテレビ番組にも出演しました。
ただ、『踊る!さんま御殿!!』に出た時、自分なりに全力で挑んだつもりでも、その先につながらなかった。そこで実力不足を痛感して、何をすればいいのかわからなくなってしまったんです。芸能界に行き詰まりを感じて、一度は辞めることも考えました」
◆「人生で初めてのどん底」44歳、初めての就職
――そんな中、44歳で人生初の就職。なぜこのタイミングで会社員になる決断をしたのでしょうか。
「就職の少し前から、立て続けに不運が重なったんです。バイト先ではセクハラやパワハラに遭い、退職代行を使って辞めました。親戚から嫌がらせにもあうし、認知症、多発性骨髄腫などを患った親の病院やホームのお金、大阪と東京の往復続きで金銭的にも精神的にも追い詰められ厳しい状態に。月に30万円くらい頑張って稼いでも、すべて入金と同時に消えていく追い詰められた生活と心で、人生で初めて“どん底”を味わいました。
そんな中、両親が相次いで他界し、その1か月後くらいに就職の話が舞い込んできたんです。共通の知り合いの紹介である大手企業の社長から『うちで広報をやってみたら?』と声をかけてもらいました。これは両親からの導きかも。そして芸能の仕事もやり切った感覚があり、とにかく環境を変えたいと思っていた矢先だったのですがパソコンにほとんど触ったことのない私が就職なんて……と、正直本当にいいのかなぁと戸惑いました(笑)」

