「長男には渡さない」資産家の父が〈次男に全額相続〉を遺言…家族を崩壊させた“見えない50年の溝”
相続は「亡くなった後の問題」と思われがちですが、実際には「生きているうちの決断」によって家族関係が大きく揺らぐことがあります。遺言書によって誰に何を遺すか――その意思表示は強い法的効力を持ちますが、感情面ではしばしば見えない火種を生みます。特に、親が生前に兄弟のどちらかに資産を集中させる判断をしたとき、遺された家族の間で何が起きるのでしょうか。
「突然“遺産ゼロ”って言われて、心がざわつきました」
都内でアパート経営をしていた資産家・斉藤信一さん(仮名・82歳)。
持ちビルや収益不動産、金融資産など、総額6億円近い資産を保有していた彼は、法的効力のある遺言書を作成し、「長男には遺産を一切相続させない」旨を明記しました。
相続対象は全て、次男である洋介さん(仮名・54歳)のみに。
その決断は、親族の間に長年くすぶっていた“不満”と“不信”を一気に噴き出させることになります。
長男・昭一さん(仮名・58歳)は、公務員として定年を目前に控える身。大学卒業後から一貫して堅実に勤務し、実家からは離れて地方に家庭を持っていました。
「真面目に生きてきたつもりだったんですけどね。突然“遺産ゼロ”って言われたら、さすがに心がざわつきました」
一方、相続の全権を託された次男・洋介さんは、自営業として都内で飲食業を営んでおり、実家近くに頻繁に顔を出していました。信一さんの病院の付き添いや、物件管理の一部も手伝っていたといいます。
「実家を継ぐのは当然、弟だと思っていました。父もそう望んでいたのはわかっていたので、遺言の内容には驚きませんでしたが…」
実際、信一さんが作成した公正証書遺言には「長男には一切相続させない」という内容が明記されていました。これは法的に有効とされる一方、民法上は“遺留分”という権利が長男にも発生します。
遺留分とは、法定相続人(配偶者・子など)に認められる最低限の取り分で、全財産の一定割合が対象になります。昭一さんはその権利を主張し、家庭裁判所を通じて「遺留分侵害額請求」を行いました。
「もめたくはなかったんです。でも、父がなぜそこまで弟に傾いたのか、納得できないまま終わるのは辛かった」
調停は数ヵ月に及びましたが、最終的に洋介さんが金銭で遺留分を支払うことで合意。しかし、それ以降、兄弟の会話は完全に途絶えたといいます。
「兄より弟」だった父の“価値観”
なぜ信一さんは、長男ではなく次男に全財産を相続させようとしたのでしょうか。
「兄貴は公務員で堅実だけど、親父の仕事は手伝わなかった。弟のほうが俺の役に立ってくれた、っていつも言っていましたね」と、親族のひとりは振り返ります。
昭一さんは家庭を持ち、遠方に住んでいたこともあり、父と関わる時間は限られていたそうです。対して洋介さんは、ビジネス感覚や現場対応の柔軟さから、信一さんの“右腕”的存在として重宝されていたと言います。
今回のように、被相続人が特定の相続人に財産を集中させるケースは珍しくはありません。特に、不動産や事業資産を持つ家庭では「継がせる者に集中して相続させたい」という意図が働くことがあります。
しかし、それが“生前の話し合い”や“家族の理解”を経ずに進められた場合、残された家族の間に深い亀裂が生じることは避けられません。
「相続で家族が壊れるなんて思いもしませんでした。遺産なんていらないから、せめてちゃんと話をしてほしかった」
昭一さんは、そう吐き捨てるように言いました。
今回のケースのように、公正証書遺言があれば、被相続人の意思を明確に伝えることはできます。しかし、その一方で、受け取る側の心情や兄弟間の信頼関係には配慮が必要です。
遺言を作成する際には、相続人間の“感情の落とし所”を見つける工夫も重要です。生前に話し合いを持ち、なぜこの配分にしたのかを伝えておくことで、後々のトラブルを防ぐことにつながります。
遺産は、金額の大小にかかわらず、人間関係の“最終確認”を突きつける場面にもなります。
誰に託すのか。その理由を、誰とどう共有するのか――。相続とは、財産の分配以上に、「家族という関係」をどう締めくくるかが問われる局面なのかもしれません。
