TTの再来…ではない「新しいアウディ」を発表

発表の場はイタリア・ミラノにあるホテル「ポートレート・ミラノ」(写真:Audi AG)
【写真】ヒット作「TT」の再来…ではなく、これが「新しいアウディ」の出発点となる
アウディ本社が、2025年9月初頭、ミラノで「コンセプトC」を発表。
従来のアウディ車とは大きく異なるデザインが、目を惹くモデルだ。
コンセプトと銘打っているものの、アウディでは「数年後、ほぼこのままの形で市販を予定」(広報担当者)という。
大胆なデザインのコンセプトCを発表し、かつ数年後には市販する。背景には、いかなる考えがあるのか。
【写真】TTのようでまったく新しい「コンセプトC」を発表の場からお届(18枚)
アウディの「新しい出発点」
「私たちがクルマをデザインするアプローチは、同時に私たちが会社を形作るアプローチでもあります」
2023年にアウディAGに就任したゲルノート・デルナーCEOは、ここがアウディの「新しい出発点」とする。
デルナーCEOは、1998年にフォルクスワーゲン・グループに入り、ポルシェでプロジェクトマネージャーとして「918スパイダー」や「パナメーラ」を手がけてきた人だ。

発表のステージで参加者から注目を浴びる「コンセプトC」(写真:Audi AG)
2021年にフォルクスワーゲンに移り、コーポレートストラテジー(企業戦略)やプロダクトストラテジー(商品戦略)を担当。製品の電動化にあたっても、熱心に取り組んできた。
コンセプトCは、電動のスポーツカー。
「アウディの歴史は、デザインの明快さに対する妥協のないフォーカスと、最先端技術を組み合わせた大胆なイノベーションによって彩られています」
デルナーCEOは、プレスリリース内でそう語っている。
「クワトロ(と名付けられた)4輪駆動システムは、自動車の世界に革命を起こしました。モータースポーツにおいても、パワフルなエンジン、革新的な素材、空力デザインにより勝利を収めました」
いま、デルナーCEO率いるアウディが注力しているのが、電動化であり、デザイン。その象徴としてのコンセプトCに力が入るのは、当然のことなのだ。

周囲の人とのサイズ感からコンセプトCはそれほど大きなクルマでないことがわかる(写真:Audi AG)
「新しいデザインフィロソフィーは、アウディの抜本的な再構築の一環であり、アウディ全体にとって新しい始まりを意味します」
これはプレスリリースの文言だが、アウディが成功してきた要因のひとつがデザインにあることを踏まえてのものだ。
アウディを「感じる」デザイン
コンセプトCのデザインには、大きく2つの注目点がある。
ひとつは、「明快さの追求:Strive For Clarity」とされる、新しいデザイン言語を初めて採用したこと。
「装飾的な要素を削ぎ落としてアウディならではの美を創出することが、コンセプトCにおける重要なテーマでした」

サイドにキャラクターラインなどはなく、要素を「削ぎ落とした」デザインであることは明確(写真:Audi AG)
ミラノでの発表の舞台となったのは、コルソ・ベネツィアの「ポートレート・ミラノ」という、もと大司教の神学校を改装した、イタリアならではのホテル。
そこで、チーフ・クリエイティブ・オフィサー(CCO)を務めるマッシモ・フラチェッラ氏は、インタビューに応えてくれた。
「チームの課題は、次世代のアウディデザインでした。私たちは、『アウディをどう感じてほしいのか?』と自問しました。感じるって難しいですよね。結論は、4つの原則でした。明快さ、技術、知性、そしてエモーション」

インタビューに応えてくれたマッシモ・フラチェッラ氏(筆者撮影)
プレスリリース内にも、フラチェッラ氏の発言が引用されている。
「私たちにとって、技術は目的ではなく、進歩の手段なのです。私たちはそれを隠したり、誇示したりしたいわけではありません」
注目すべきは、コンセプトCのデザインが“削ぎ落とすこと”で、逆に大きく目を惹く特長を獲得している点だ。
実はフラチェッラ氏、アウディの前はジャガー・ランドローバーでヘッド・オブ・デザインを務めていた。
日本でも記事によく採り上げられるジェリー・マガバーンCCOとともに、「リダクショニズム」とうたった現行「レンジローバー」シリーズを手がけた実績をもつ。
リダクションも、やはり“削ぎ落とすこと”を意味している。

間近で見ると異質ながらプロポーションはスポーツカーらしい普遍的なもの(筆者撮影)
「ここまで徹底して削ぎ落としたデザインは、競合にコピーする余地を与えないでしょう」と、現行レンジローバーの発表時にマガバーンCCOが私に語ったのを思い出した。
では、もうひとつの注目点とはなにか。
クルマ好きの人ならピンときているかもしれないが、これまで話題を呼んできたアウディ車のデザイン要素を、うまく取り込んでいる点だ。
アウトウニオンからのデザインDNA
コンセプトCなる車名は、アウディの前身だったアウトウニオンが1936年に発表したグランプリマシン(レーシングカー)である「タイプC」に由来しているはず。

Auto Union C-type V-16 engine (1936)(写真:Audi AG)
アウディ自身が、「タイプCにインスパイアされている」と発表しているぐらいなのだ。
特に顕著なのは、「バーティカルグリル」と呼ばれる新意匠の縦型フロントグリル。タイプCの特徴を生かしたものだ。

グリルやなだらかなリアセクションにタイプCとの共通性を感じた(筆者撮影)
加えて、キャビン背後のリアセクション。アウトウニオン・タイプCでは、そこにポルシェ博士が設計した16気筒エンジンを搭載していた。
コンセプトCでは、リアに電動開閉式のタルガトップ(ポルシェ911タルガのように天井部分だけが開く方式)が収まるが、あえてリアセクションをより大型化し、デザインの特徴としている。
本当にこのまま市販するのだろうか……と思うのは、リアセクションにリアウインドウがなく、3つのスリットがある点。
コクピットからのぞくと、たしかに後方視界は確保されているものの、よくぞ思い切ったというデザインだ。

コクピットも無駄のないシンプルなデザインで構成されている(筆者撮影)
このデザインを守るなら、後方視界の確保にカメラの映像も利用するのかもしれない。同じフォルクスワーゲン・グループのランボルギーニが、「ウラカン・ステラート」で採用した手法である。
「1998年に発表した第1世代のTTも、デザインのDNAに組み込まれている」と、フラチェッラ氏。大きく感銘を受けたデザインなのだという。
「TTは、まるでほかの星からやってきたかのような斬新なコンセプトでした。なにがすごいって、明快なメッセージが伝わるデザインならば、大声を出さなくてもそれが伝わると教えてくれたことです」
そして「私はそんなクルマをデザインしたいんです」と言葉を続けた。
コンセプトCには、アウトウニオン・タイプCやTT(ウインドウグラフィクスは1994年のプロトタイプを思わせる)に加え、「アイコン」(2017年)や「パオン 2030」(2018年)、さらに現行「e-tron GT」も見てとれる。

タルガトップの開閉には大きなリアセクションが持ち上がる(筆者撮影)
コンセプトCのタルガトップを開けた状態を側面から見ると、911タルガで特徴的なロールオーバーバーを組み込んだリアウインドウのイメージも近い。
この先、市販化に向けてさらにブラッシュアップされていくだろうが、アウディデザインの大ファンを自認するフラチェッラ氏ならではのこだわりが、どれだけ残されるかは見ものだ。
「私たちは個性も失ってしまった」の真意
「アウディは、あらゆるチャレンジをして成功を収めてきました」
ミラノの会場で、デルナーCEOは語った。

「TT」の再来にも見えるが、これはたしかに「新しいアウディ」なのだ(写真:Audi AG)
「先進的技術、革新的デザイン、ラリーを含めたモータースポーツでの優秀な成績……。ところが、ここにきて私たちは才能とともに個性も失ってしまいました」
衝撃的な発言だ。それに続けてデルナーCEOは言う。
「いまは短時間で成果を出さなければ、ビジネスでの成功がおぼつかなくなっています。そこで私たちは、明快なメッセージを持ったモデルで勝負します。エンジニアリングにすぐれ、デザインが秀逸で、そしてユーザーに幸福なドライブ体験を与えること……」
それが「明快さの追求」。そのコンセプトを設定したことで、「今日が、新しいアウディの始まりの日となります」とデルナーCEO。
「これによって、再び私たちは、勇気があり、しっかりした目的を持ち、かしこく、そして革新をつねに求めるメーカーになるのです」

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アウディファンだけでなく、世界中のクルマ好きへのメッセージだ。おおいに期待しようではないか。
【写真】改めて「コンセプトC」の前衛的なスタイリングを見る(18枚)
(小川 フミオ : モータージャーナリスト)
