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長年勤め上げた会社から受け取る「退職金」は、これからの人生を支える大きな希望です。しかし、その輝かしいセカンドライフの計画が一気に崩れ去るときも。夫の衝撃的な告白により、思い描いた老後が崩壊した、1人の女性のケースをみていきましょう。

夫の退職金2,200万円に安堵も、妻の疑念

「夫が大きな病気もせず、無事に定年を迎えてくれた。それだけで本当に幸せなことだと思っていました」

都内在住の田中裕子さん(59歳・仮名)。夫・正雄さん(60歳・仮名)は、大手メーカーを勤め上げ、60歳で定年を迎えました。夫婦の関心事は、やはり「老後のお金」。正雄さんが受け取った退職金の額は、2,200万円でした。

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』によると、大学・大学院卒(管理・事務・技術職)の定年退職者の退職給付額の平均は1,896万円。平均を上回る金額に、裕子さんは胸をなでおろしたでしょう。

「『これだけあれば年金と合わせて、穏やかな老後が送れる』。そう思って、本当に安心したんです。住宅ローンの返済に教育費に……これまで色々我慢してきたけど、ちょっとは贅沢しようねと夫と話していました」

生命保険文化センター『2022(令和4)年度 生活保障に関する調査』では、夫婦2人で「ゆとりのある老後生活」を送るための費用として、月額で平均37.9万円という結果が出ています。2,200万円という退職金は、その夢を現実にするための、大きな支えとなるはずでした。

「でも、今思えば、夫の表情はどこか硬かったんです。老後の話をするとき、心から喜んでいるようには見えなくて……」

裕子さんの胸にわずかに芽生えた違和感が、やがて悪夢のような現実へと変わります。

すまない…夫の口から語られた「衝撃の真実」

ある日の夜、食卓で正雄さんが重い口を開きました。

「『実は、この退職金から返さなければいけない借金があるんだ……』とのこと。数年前、職場の後輩に頼まれて『連帯保証人』になっていたそうなのです」

人の良い正雄さんは、「絶対に迷惑はかけない」という後輩の言葉を信じ、判を押してしまいました。しかし、その後輩の事業は失敗。夜逃げ同然に失踪し、多額の借金の返済義務が、すべて連帯保証人である正雄さんにのしかかってきたのです。

「これまで、自分の給料からなんとか返済を続けていたそうです。私に心配をかけたくなくて、ずっと一人で抱え込んでいたようでした。でも、もう隠し通せないと……」

借金の額、1,500万円。退職金の7割が消えてしまいます。

「嘘でしょ、お願いだから、嘘だと言って!」

そういうだけで精いっぱいだったと裕子さんは語ります。

連帯保証人は、通常の「保証人」とは異なり、非常に重い責任を負います。借金をした本人(主たる債務者)と、ほぼ同等の返済義務を負うことになるといっても過言ではありません。

通常の保証人には認められている、以下の3つの権利が、連帯保証人にはありません。

催告の抗弁権

貸主(債権者)から返済を求められた際に、「まずは借金をした本人に請求してください」と主張する権利

検索の抗弁権

「まずは借金をした本人の財産を差し押さえてください」と主張する権利

分別の利益

保証人が複数いる場合に、その人数で割った金額だけを返済すればよいという権利

これらの権利がないため、連帯保証人は貸主から返済を請求された場合、「本人に支払い能力があるかどうか」や「他に保証人がいるかどうか」に関わらず、請求された全額を返済しなければなりません。

今回の正雄さんのケースのように、主たる債務者が失踪してしまえば、貸主は当然のように連帯保証人へ返済を要求してきます。軽い気持ちで判を押したばかりに、人生設計が大きく狂ってしまうという、連帯保証人の恐ろしさを示す典型的な事例といえるでしょう。

思わぬ借金の返済に、老後の計画が一気に崩壊した田中さん夫婦。退職金を使うとともに、逃げた主たる債務者を探し出すため、専門家に依頼をしたところだといいます。

[参考資料]

厚生労働省『令和5年就労条件総合調査』

生命保険文化センター『2022(令和4)年度 生活保障に関する調査』

法テラス『Q11: 連帯保証人には、どのような責任がありますか?』