中国のアリペイ陣営とされてきたPayPayだが、いよいよアリペイのライバルであるウィーチャットペイと提携する(写真:Bloomberg)

モバイル決済大手のPayPay(ペイペイ)は9月4日、中国IT大手テンセントの決済サービス「WeChat Pay(ウィーチャットペイ)」との連携を発表した。2025年9月中旬以降、中国人旅行客は全国のPayPay加盟店で、ウィーチャットペイを使った支払いが可能となる。

ただし、初期時点ではユーザースキャン型(店頭に張り出されたPayPayQRコードを、中国人観光客がスマホカメラで読み取る方式)のみの対応で、コンビニなど店側から読み取る方式には非対応だ。

新型コロナウイルスの流行を受け減少していた中国人観光客は急速に回復している。2025年1〜7月は前年同期比47.9%増の約569万人が日本を訪問し、コロナ前(2019年1〜7月)を上回った。また、中国人観光客数は韓国を抜き国・地域別でトップとなった。官公庁のインバウンド消費動向調査によると、2025年4〜6月の中国人観光客消費額は5160億円、全体の20.4%を占めて最多となった。

アリババ陣営だったPayPay

今回の提携によって、PayPayはこのインバウンド需要の取り込みが期待できる。ウィーチャットペイからすると、中国人にとって1、2を争う人気旅行先である日本での利便性が高められる。このように整理すると当然の流れのようにも見えるが、実は過去のいきさつから考えると、サプライズであった。

PayPayはソフトバンクグループとLINEヤフーの共同出資によって設立された企業だ。そして、ソフトバンクグループはもともと中国アリババグループの大株主だった。

今はほぼ株式を売却したが、ソフトバンクにとってはアリババへの投資が現在の投資帝国の礎であり、関係は深い。アリババグループの創業者ジャック・マーと、ソフトバンクグループの孫正義会長は深い交友関係を結んでいることでも知られる。

また、PayPayの技術はアリババグループの決済アプリ「アリペイ」の流れを汲んでいる。アリババが提携していたインド決済アプリ「Paytm」(ペイティーエム)の技術提供を受けて開発された。

いわばアリペイが祖父、PayPayが孫のような関係にある。PayPayは2018年6月に設立され、同年10月にサービスを開始したが、同年秋には早くもアリペイと提携し、中国人ユーザーがPayPay加盟店で支払いできる仕組みが整えられた。

これほど強固なアリペイとの提携関係がある以上、ライバルにあたるウィーチャットペイとは提携できないと見られていたのだ。なぜ陣営を越えた提携が実現したのか。この背景を知るには、中国本土のモバイル決済市場で起きている地殻変動を知る必要がある。

ウィーチャットペイがシェアトップに

モバイル決済市場ではアリペイ、ウィーチャットペイが合計90%以上のシェアを握る圧倒的な2強だった。アリペイはもともと2000年代からネットショッピング用決済ツールとして使われてきた歴史があり、決済シェアではトップの座に君臨してきた。

一方、ウィーチャットペイはLINEに似たメッセージアプリのウィーチャットの一機能という形態だ。ウィーチャットはMAU(月間アクティブユーザー数)14億人、つまりほぼすべての中国人が利用している怪物アプリ。日に何度もアプリを立ち上げるという利用習慣が根づいているため使いやすい。

こうして、金額ベースではアリペイが上、決済回数ベースではウィーチャットペイが上という構図で、2強は競い合ってきた。ところが昨年から状況が変わった。

金額ベースでもウィーチャットペイが猛追。今年に入ってついに逆転した。調査会社・易観分析によれば、今年第1四半期のウィーチャットペイのシェア(金額ベース)は59.7%へと躍進し、対するアリペイは36.2%と大きく引き離された。

逆転の背景となったのが中国政府の介入だ。2021年から始まったIT企業規制の一環として、ITプラットフォームの囲い込みが問題視され、「互連互通」(企業間の相互提携)が提唱された。

その結果、2024年秋にはアリババグループのネットショッピングモールの決済ツールとして、ウィーチャットペイが使えるようになった。また、それまではメッセージアプリ「ウィジェット」では、アリババのECモールへのリンクが禁止されていたが、これも開放された。

政府介入はウィーチャットペイに追い風

双方にとってメリットのある取引ではあるものの、決済分野に限ればウィーチャットペイにとっての追い風となった。

第一に前述のとおり、利用習慣の面ではウィーチャットペイに分がある。普段使いの流れでウィーチャットペイを使うことが増えていく。また、ウィーチャットのつながりで送金できる点も便利だ。チャット画面から簡単に送金できる。アリペイでも相手の電話番号を入力したり、QRコードを表示してもらえたりすれば送金できるが、簡便さではウィーチャットペイに分がある。

これまではアリペイでなければ、アリババで買い物ができないことが大きなポイントであった。その差別化要因が消えたため、シェアが一気に傾いたというわけだ。

匿名を条件にコメントした決済業界関係者によると、提携交渉は昨年には始まっていた。ただ、PayPay社内には長年の同盟関係にあったアリペイとの関係から躊躇する声があり合意は遅れていた。

とはいえ、中国におけるウィーチャットペイのシェア拡大に加え、他の日本のモバイル決済大手もウィーチャットペイとの提携交渉が進められている。PayPayもついに決断することとなった。

一方、中国国内で守勢に立たされたアリペイも、手をこまねいているわけではない。彼らの次の一手は、視線を国外に向けたグローバル戦略「アリペイ+(プラス)」の拡大だ。

アリペイ+とは、世界各国のモバイル決済の相互利用を可能とするサービスである。中国のアリペイ以外でも、韓国のカカオペイ、フィリピンのGキャッシュ、タイのトゥルーマネー、イタリアのTinabaなど、現時点で30以上ものモバイル決済サービスが加入している。

日本でもPayPay加盟店の多くはアリペイ+に対応。店頭に書かれた対応モバイル決済サービスの多さには驚かされる。

中国以外を狙うアリペイ、日本大手も活用か

まだ、すべてのサービスで相互利用が実現したわけではないが、究極的には普段から使い慣れたモバイル決済サービスが、どの旅行先でも使えるようになることが期待される。ウィーチャットペイが中国人ユーザーを対象としたサービスに注力する一方で、アリペイは中国以外のユーザーも包摂するという対照的な戦略を打ち出している。

日本のモバイル決済はインバウンド需要の取り込みには積極的だが、日本人の海外旅行需要対応はまだほとんど動きがない。2024年時点で日本人のパスポート保有率はわずか17%、コロナ前の2019年比で約7ポイントの減少となった。円安の影響から海外旅行を楽しむ人が減っているためで、モバイル決済事業者が海外利用サービスの実装に消極的になるのも無理はない。

ただ、ユーザー体験としてはきわめて利便性が高い。筆者は台湾旅行時にLINEペイを利用したことがあるが、夜市などクレジットカードが使えない場所でも利用できる。

手持ちの現地通貨がどれだけ残っているか、追加で換金すべきかなどを悩む必要がない点はとても便利だった。そのLINEペイが日本ではサービスが終了してしまったことは残念の一言に尽きる。

もっとも、日本の大手モバイル決済サービスにも、アリペイ+を活用して海外利用機能を実装する動きがあると聞く。こちらの展開にも期待したい。

(高口 康太 : ジャーナリスト)