Daiichi-TV(静岡第一テレビ)

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2024年の荒茶生産量で、鹿児島に抜かれ初めて2位となった静岡。なぜ鹿児島は大躍進を遂げたのか?そのワケを探るべく鹿児島の茶畑を取材すると、静岡とは大きく異なる点がいくつも見えてきました。


鹿児島にとって悲願だった「荒茶生産量日本一」の獲得。この快挙に、鹿児島は祝賀ムードに包まれましたが、それもそのはず…この日本一の称号はこれまで65年間静岡が一度も譲らなかった高い壁だったのです。それゆえ静岡は“お茶王国”と呼ばれてきましたが、なぜ鹿児島はその王国を抑え大躍進を遂げられたのでしょうか。その理由を探るべく鹿児島へ向かいました。

(佐野 巧 記者)
「鹿児島県南九州市です。一面に広がる茶畑で摘採が行われています。」

訪れたのは、富士山にそっくりな薩摩富士を望む鹿児島県内でも、最大の茶の生産地である南九州市。2024年、鹿児島県内で生産された荒茶は2万7000トンですが、その半分近くのおよそ1万3000トンが南九州市で生産されています。

そんな一大産地で東京ドームおよそ34個分もの広大な茶畑を管理しているのが「菊永茶生産組合」です。静岡の茶畑と比べて1つの区画が広大で、そのスケールの大きさに驚かされますが、その広さゆえの生産方法の違いがあるようです。


(菊永茶生産組合 菊永 忠弘 組合長)
「特に大型化。平坦なところが多いので、そこで大型の機械でどんどん乗用型摘採機が入っていき摘採できるというのが、静岡との大きな一番の違い」

静岡は栽培面積では鹿児島の1.5倍以上ありますが、斜面が多く小規模な畑が点在しているため大型の機械を使うことができません。しかし、鹿児島では平坦で広大な茶畑が多いため、大型の機械を導入しやすく効率よく大規模な生産が可能なのです。

そして、この大規模な生産を支えている機械が「茶摘み機」ですが、実は開発や製品化を最初に行ったのは南九州市にあるこちらの会社なのです。それはいまから70年近くも前のことで、それから鹿児島の茶の拡大を支え続け、ついには日本一の座に押し上げることができたのです。

(松元機工 松元 雄二 代表)
「やっと来たか。 正直、やっと来たかって感じでしたね。乗用型が普及する前に鹿児島茶がどんどん発展するようにと力を入れていたので、そこは素直にうれしかったですね。」

鹿児島は静岡に比べ後発の産地だからこそ、同じやり方では勝てないと地域が一体となり、生産量を増やすため「手摘み」から脱却し機械化を強力に進めたのです。

(松元機工 松元 雄二 代表)
「戦争が終わり、どんどん経済が発展していく中で、これから先 人件費もどんどん上がっていくだろうと。なんとかこのお茶の生産をやっていく上で機械化していかないと成り立っていかないよねってところを言われてですね、それでお茶の機械の開発を進めた。」

最近では静岡でも見かけるようになった乗用型の茶摘み機も、なんと60年近く前に完成させていたのです。

(松元機工 松元 雄二 代表)
「静岡に追いつけ追い越せで、鹿児島県知覧町(現在の南九州市)で関係機関・機械メーカー一緒になって色々取り組んできてたので、ほんと、そこはうれしいところはありますよね。」

一方で、茶畑の管理や経営にも静岡とは大きな違いが… 菊永茶生産組合には30人の組合員がいて、それぞれ所有する茶畑がありますが、「自分の茶畑」という概念はなくみんなの茶畑を組合全体で一括して管理しているのです。しかも、この形は組合がスタートした50年前からだといいます。

(菊永茶生産組合 菊永 忠弘 組合長)
「同じ肥料を使ってほぼ農薬も同じ体型で全部全て情報を流して、この時期にこの農薬を使いなさい、この肥料を使いなさいということで、みんなが同じ時期に完了してるっていうのが合葉して同じ品質のものを作れるというのが特徴。」

統一したスケジュールで生産することにより効率化することができ品質も均一化するため、安定した経営が可能となるのです。さらに組合員の立場も所有する土地の広さによる違いはなく、給料の基準や発言権も同じなのです。そして日々の作業内容はスマホに送られてきて、一人一人、その日にどこの畑でどんな作業するかが指示され、畑ごとの状況もすべてスマホで確認できます。

(菊永茶生産組合 菊永 博彦 摘採部長)
「全てこの1台で賄えるので、チェック機能としてはもう最高にコストが低減されてます。」

機械に頼れるところは頼ることで、組合員は作業だけに集中することができ、肉体的にも精神的にも負担が軽減されるのです。

その上で、最も力を入れているのは茶が濃い緑色になるように黒い布で日光を遮る被覆という作業。

(菊永茶生産組合 菊永 忠弘 組合長)
「緑が濃いものが価値として高いというのを特に感じてます」

この作業は、かなりの手間がかかるものの、“売れるお茶”にするためそれを惜しまず行っていて、今では売り上げも右肩上がりだといいます。

(菊永茶生産組合 菊永 忠弘 組合長)
「今年から急激にお茶の流れが変わった。今は海外。特に抹茶の需要抹茶ブームが来て、海外に向けてお茶を作っている形になります。」

ここ数年抹茶ブームが世界中で広がっていますが、その製造に必要なのが被覆して作られる「てん茶」。鹿児島ではいち早く海外販売に目を向けてこのてん茶づくりを進めてきたため、今では、全国1位の生産量となっているのです。この流れをさらにつかむために、菊永茶生産組合では去年、てん茶の加工ラインを増設。

(菊永茶生産組合 松山 泰久 工場長)
「1日3万キロ、生葉で3万キロ流れていくような形になります」

組合員は茶の摘み取りをする日もあれば、加工ラインに立つ日もあり、工場は交代制で24時間稼働しています。それだけ工場を動かさなければならないほどの需要があるというのです。

さらにこの日加工ラインの管理を担当していたのは24歳の新人。全国的には高齢化や後継者不足が問題となっていますが、鹿児島の茶業界には若いなり手が少しずつ登場しているのです。その理由はやはり、効率的な生産体制や安定した雇用環境にあるのです。

(菊永茶生産組合 菊永 忠弘 組合長)
「お茶で食べていける生活できるという形がなんとか基盤ができれば、どんどんせい後継者の方も帰ってきても、未来永劫お茶畑の製造としてやっていけるんじゃないかなというのを目指して、抹茶とかそういうのに力を入れながら生計を立てれるように頑張っていきたいと思ってます。」

そして、いま鹿児島が見据えているのは、国内の生産量争いではなく日本の茶をどう世界に売り込んでいくか。

(菊永茶生産組合 菊永 忠弘 組合長)
「世界に向けていくとなると、どうしても小さなブランディングではとてもじゃないけど太刀打ちできない。オールジャパンで今後海外に向けてマーケットを広げていければなと思ってます。」