異例の「バチェラー6」"婚活バトル"が消えたワケ
配信開始から8年の間に『バチェラー』が大きく変化しています(画像:『バチェラー・ジャパン』公式Instagram より)
【写真】イケメンすぎる今回のバチェラーが見せた「リアル医師姿」
現在、Amazonプライム・ビデオでシーズン6が配信されている『バチェラー・ジャパン』。
海外で人気だったこの恋愛リアリティショーの日本版が初めて作られたのが2017年で、8年前のこと。2020年に始まった男女逆転版の『バチェロレッテ・ジャパン』も含めると今回が9作目で、息の長い人気を保っている。
これだけ続くとマンネリ化するようにも思えるが、そうではない。また、「婚活サバイバル番組」のイメージに、どうしても拒否感を示す人もいるかもしれないが、実際は時代に合わせて変化し続けている。
この8年で徐々に変化が起こり、特に現在配信中のシーズン6はその変化のひとつの到達点と言ってもいいほどに、初期のシーズンとは様変わりしているのだ。どういうことなのか見ていきたい。
女性たちが「バチバチ」しない?
『バチェラー』はひと言で言えば、“スペックの高い”独身男性・バチェラーを女性たちが奪い合う番組である。
公式には「成功を収めた1人の独身男性の運命のパートナーの座を巡り、性格もバックグラウンドも異なる複数の異性たちが競い合う恋愛リアリティ番組」と説明されており、そのコンセプト自体は今回も変わっていない。
6月19日に配信される最終回では、ひとりの女性が選ばれることだろう。だが、その“奪い合う”空気感に変化が見られるのである。
特に今シーズンは、スタジオでコメントする今田耕司が「やっぱ原点に帰ってバチバチで行かんと! 取り合わないと!」と煽るほどで、そもそも“女性たちがバチバチしていない”のだ。
たとえば、2018年に配信されたシーズン2では、公式に「日本一ゴージャスで過酷な婚活サバイバル番組」と宣伝され、予告編の中でも「色仕掛け」「嫉妬」「裏切り」といった言葉が踊っていた。
そのような下世話な印象を受けて、視聴には至らなかった人や、当時多くテレビCMなどが流れたこともあって、その印象のまま止まっている人も多いだろう。
だが、バチェラーを彩っていたそのような言葉はいつの間にか息を潜め、最新シーズンは、そういった意味で、かなり見やすい『バチェラー』になっている。とはいえ、それは面白くなくなったということでも、恋愛が起きていないということでもない。
『バチェラー』シリーズが構造的に抱える問題として、いくら相手のスペックが高かったとしても、それだけで人は相手を好きになれるのか、という問題がある。それが露呈したのが、昨年配信された『バチェロレッテ・ジャパン』シーズン3だ。
本作は、バチェロレッテ(女性)に対する男性の積極的なアプローチがあまり見られず、途中で辞退者が出るほどだった。いくら番組が舞台を用意したところで自然に恋愛が起きて盛り上がるわけではないことを正直に見せた異色のシーズンとなった。
『バチェラー』シーズン6のバチェラーは医師の久次米一輝氏(画像:『バチェラー・ジャパン』公式Instagram より)
「キス」も不同意ではないことを確認
それを踏まえてなのか、今回のシーズン6は、どんな人物がバチェラーなのかを明らかにしたうえで女性たちを公募。少なくとも興味を持った女性たちが参加している。だが、男女ともに、以前のシーズンのように、いきなりキスをしたり、セクシーさを武器にしているととらえられかねない行動をしたりする人物がいるわけではない。
今回のシーズンでは6代目バチェラーである医師・久次米一輝が時間をかけてそれぞれと向き合い、恋愛が進んでいく。モテ慣れしているからか、かなりの御曹司だからか、ガツガツもしておらず、柔和にじっくりと相手への理解を深めていく印象で、初めてのキスシーンはエピソード5だ。
ゆっくりとした展開に感じる人もいるかもしれないが、恋愛番組だからといっていきなりキスをするよりも、むしろ自然と言っていいだろう。さらに、次のエピソードでは「大丈夫だった?」と確認が入るというところまで、いまの時代にあった構成。視聴者にとっては一方的に見えかねないキスが、不同意ではないことを確認するシーンまで入るのである。
さらに『バチェラー』『バチェロレッテ』は、最終的にひとりを選ぶという番組の構造上、どうしてもバチェラー・バチェロレッテが参加者を比較検討しなければならない宿命を負っている。
比較されることで参加者たちはプレッシャーを感じ、「誰かを蹴落とさなければならない」という発想になるのも自然なことだろうし、その必死な思いが生み出す見せ場もこれまではあった。
だが、今回の『バチェラー』は、本人の気質もあってか、女性参加者たちを相対的に比較している雰囲気があまりない。あくまでそれぞれと向き合い、それぞれと恋愛を進めている印象なのだ。
久次米は、相手の話を決して否定せずに、優しく受け入れていきながら相性を探っていく。相対評価ではなく絶対評価を重ねているとも言える。
『バチェラー』シーズン6の参加女性たち(画像:『バチェラー・ジャパン』公式Instagram より)
女性全員が「ヒロイン」として扱われる
参加者の数もシーズン1では25名いたところから20名、17名、16名と徐々に減っていき、シーズン6では14名と過去最少の人数に。その分、参加女性たちが番組を盛り上げるための“駒”ではなく、1人ひとりがきちんと“人間”として描かれているようにも感じる。
たとえば、これまでのシーズンでは初回で落ちる参加者は、ほとんど人となりもわからず去っていくのが定番だった。だがシーズン6では初回で落ちることになる女性とのやり取りにも、かなりの時間が割かれていた。
さらに言えば、今回の女性参加者は14人だが、1対14の話が1つあるのではなく、1対1の話が14個ある――と言っていいだろう。
『バチェラー』シーズン6は、各エピソードごとにヒロインが変わるような物語なのだ。主役と脇役がいて、あからさまに順位をつけられるのではなく、最終的に選ばれなかった人も含めて全員がヒロインになりうる構成も、とても現代的なものである。
さらに、それぞれがヒロインとして丁寧に扱われて、一定の安心感を持っているせいか、女性同士の蹴落としあいのようなことも起こらなかった。最後に残った3人に対してはバチェラー自身が「ほんとにみんなも仲良さそう」と声をかけ、皆が「ほんとだよね」と笑って頷くシーンがあるほどだった。
参加者同士の仲がいい――。婚活サバイバル・婚活バトルと煽られていた頃から考えると隔世の感があるが、それは今回の『バチェラー』シーズン6に始まったことではない。
昨年配信された『バチェロレッテ』シーズン3では男性参加者・櫛田創が、バチェロレッテとデートの最中にもかかわらず、他の参加者の男性である飯野和英を「俺、飯野くん大好きなんだよね。(中略)優しいんだよね。飯野くん、結構人に気遣って、自分を犠牲にすることをやっている」と、突如として褒め称えるシーンがあった。これは、いわば敵に塩を送る行為である。
その話をきっかけに、同部屋の仲間が自分のいびきのせいで眠れなくなることを危惧した飯野が、毎日、自主的に外のソファーで寝ており、蚊に刺されまくっている――という隠れていた美談にバチェロレッテはたどり着き、彼を「慈愛に満ちた人」と感じるようになる。
また、一昨年配信された『バチェラー』シーズン5では、「ストールンローズ」という、使えばデートに参加できる可能性があるアイテムをどの女性が使うか、長時間の議論が起きた。
その後に、アイテムを使えず、デートに行けなかった女性たちが次々とプールに飛び込んで、泣きながら抱き合うというシーンがあった。
どちらのシーンも「婚活サバイバル」という観点で言えば違和感があるかもしれないが、視聴者から大きな反響のあった名シーンである。視聴者がサバイバル性よりも、こういった参加者同士の連帯を受け入れていることを感じ、番組側もそういった演出を増やしているのだろう。
今回の『バチェラー』シーズン6も、参加者同士の仲のよさが伝わるようなシーンが多い(画像:『バチェラー・ジャパン』公式Instagram より)
バトルするくらいなら婚活などしなくてもいい
今回の『バチェラー』シーズン6では、参加者の旅先での部屋割をネームプレートできちんと見せている。『婚活サバイバル』として見たらそんなものは余計な情報だったかもしれない。だが、参加者同士の連帯の物語としてみると必要な情報であり、視聴者が参加者同士の関係性まで思いを馳せられるような演出が施されているとも言えるのである。
そもそも「婚活」という言葉は、2008年と2009年に新語・流行語大賞に2年連続でノミネートされるなど、大きく広まった。2017年の番組開始当時は、「婚活」のために「サバイバルバトル」をするという構造だけである程度の興味を惹きつけられたかもしれない。
だが、時代の価値観は徐々に変化していく。人が蹴落としあう様をわざわざ見たくないという人も増えているかもしれないし、バトルするくらいならそもそも婚活などしなくてもいいと考える人もいるだろう。
番組自体も8年も経てば、参加者の世代も変わってくる。初代の久保裕丈は1981年生まれ、今回の久次米一輝は1994年生まれと、13歳の差が開いており、世代交代したと言っていいだろう。
また、初期はバチェラーに選ばれるのは起業家男性が多く、女性参加者の中にはモデルなどの芸能経験者も多く含まれていた(ちなみにシーズン1にはゆきぽよも出演している)。
だが、今回のシーズン6は、バチェラーが医師かつ御曹司でガツガツしておらず、さらに女性たちもIT企業のエンジニアをはじめ、和菓子屋の店長やかき氷店の店員など市井で働く女性が多く、芸能だけで生きている人は皆無。女性陣もガツガツせず、柔和な男女同士が恋愛をしているという印象だ。
バチェラーの久次米氏は医師としての姿もSNSに投稿していた(画像:本人の公式Instagramより)
マンネリとはほど遠い
こうした8年の間の変化を視聴者も受け入れてきたのである。いや、視聴者や時代の変化に合わせて、番組側が出演者や見せ方を変えてきたとも言えるかもしれない。
バチェラーが始まった頃には、男性が女性に囲まれながら相手を選ぶという男性優位にも見える仕組みに拒否感を示す人も多かったはずだ。だが、2020年から始まった男女逆転版のバチェロレッテも人気を博して、定着した。
さらに、今回は、女性たちに囲まれるという非日常に浮足立たずに、1対1で真摯に相手と向き合うバチェラーが登場。そのおかげで、当初拒否感を示していた人たちにも見やすい構造になった。
『バチェラー』シーズン6は、この数年をかけての“進化”が完成したシーズンになったと言えるだろう。それはマンネリとはほど遠いものなのである。
(霜田 明寛 : ライター/「チェリー」編集長)