「なんか気まずい…」結婚・出産ラッシュの友人を前に、恋愛相談をする30歳独女の違和感とは
◆これまでのあらすじ
大手IT企業のマーケティング部課長・桜庭菜穂。30歳になった途端に、結婚どころか交際相手もいない自分の現状に、焦りが芽生える。ある日、会社の新人研修に登壇。その企画を担当していた人事部・入社3年目の澤石蒼人と出会い――。
▶前回:残業中、5つ下の後輩にコーヒーを奢られた30歳女。彼に心惹かれ始めて…

Vol.6 5歳差なんて、大したことない?
― ああ。美味しい。
久しぶりのアフタヌーンティー。
メロンのジェリーが乗ったパンナコッタを食べながら、私は目を細めた。
「でもさ、0歳から子どもを預けるなんていいのかなって。親に相談したら、大反対されたんだよね」
「えー私は大賛成だよ。やっぱり、仕事と育児のバランス取らないと」
今日は、中高一貫校時代のダンス部の同期会。
年に3〜4回、こうして集まって近況を共有するのだ。
出会ってから20年弱。こんなにも関係が続いていることも、会話が「子育て」にシフトしているのも感慨深い。
― 最近は、私にはあんまりわからない話ばかりだけれど。
今回集まった同期は7人。
3人は子育て中で、1人は妊娠中。もう1人は子どもを持たないことを決めて大型犬を飼い、目黒区にマイホームを建てたところだ。そしてもう1人は、夫の海外転勤でロンドンにいる。
― みんな、人生のステージが、着々と進んでるわ。
ぼんやり傍観しながらクッキーを食べていたところで、急に話を振られた。
「で、菜穂は?最近どうなの?」
完全に気を抜いていた私は、むせそうになる。
「あ、えっと、特に変わりないよ」
ダンス部の同期たちはみんな視野が広くて優しい。夫の愚痴や子育ての話にまったく入れていない私のことを気遣ってくれたのだろう。
「そっか。仕事は順調?課長になったって言ってたよね?やっぱ大変?」
「まあまあ大変。でも、後輩たちがみんな優秀だから助かってる」
私は、仕事の近況をみんなにざっくり話したが、特にネタがないのですぐに終わってしまった。
「…えー菜穂さ、他になんかないの?」
「そうだよ、恋愛系の話とか」
「聞きたい!うちら誰一人恋愛市場にいないから、恋バナに飢えてるんだけど」
私は、重たい口を開く。
「えっとね、強いて言えば…」
そう言うと、みんな身を乗り出して「え?」「なんかあったの?」とニヤニヤしてくる。まるでダンス部の部室にいるときみたいだ。
「実は、好きな人…っていうか、気になる人が、できた。社内に」
私は、先日新人研修に登壇したこと、そのつながりで人事部の人と仲良くなったことを話した。
「まあ、まだ1回飲みに行っただけなんだけど。結構楽しかったんだ」
澤石さんと飲んだのは、1週間ちょっと前。
あの日、澤石さんは「来週の金曜はどうですか?」と誘ってくれたが、会食が入っていた。だから2回目の約束は、来週金曜だ。
「へえ、いいじゃん。連絡はとってるの?」
「うん。毎日のようにLINEしてくれるの」
私は照れを隠すために、ゆっくりと紅茶を飲む。
「あー菜穂いいなあ。社内恋愛」
「菜穂の会社なら、絶対高収入だもんね。安定してて結婚向きじゃない?」
思い思いのポジティブな言葉をかけてもらえて、私は笑みをこぼす。するとそのうちの一人が、記者会見のマネをしながら聞いてきた。
「で、どんな人なんですか?何歳ですか?」
「えっとね…年齢は、25歳なの。若いよね〜、社会人3年目になったばかり」

するとみんなはしばらく沈黙し、一瞬場がしらける。そして3秒後くらいに、全員がフォローするかのように言ってくれた。
「…へええ。いいじゃん」
「菜穂はデキ女だから、年下も似合うよ」
「付き合ったら教えてね」
私は、もう後悔していた。なんで話してしまったんだろう。
5歳下との恋なんて、うまくいく確率は低いのに。
◆
金曜日が来た。
今日は、澤石さんとの2回目のディナーだ。
私はいつもより念入りに化粧直しをして、メイクキープミストを3回振りかける。オフィスの化粧室で、こんなにウキウキ身支度をするのは、初めてかもしれない。
急いで東京駅に移動し、澤石さんが予約してくれたお店に着いた。
夜景が見える、モダンな雰囲気の日本酒居酒屋だ。
入店すると、お店にいた他の女性たちがみんな華やかで驚いた。
私はいつも通りの、カジュアルなスーツを着ている。張り切っている感が出ないようにそうしたのだが、もっとお洒落をしたほうがよかったか。
そんなことを思いながら案内された先には、すでに澤石さんがいた。
「お疲れさまです」
「お疲れさまです、予約ありがとうございます」
「桜庭さんが日本酒好きとのことだったので、頑張ってお店を調べました。すごいイイお店ですよね」
「本当に素敵ですね。調べてくれてうれしいです」
私はメニューを開きながら、自分に言い聞かせる。
― 今日は、恋愛関係を匂わすようなことは、言わないこと。勘違いで後輩男子を誘ったら、ハラスメントになるかもしれないんだから。
しかし、澤石さんは、すぐに予想外のことを言う。
「僕のほうがうれしいですよ。先輩とデートできるんだから」
― デート…。
私は、顔がポカポカしてきて、「そんなそんな」と返すだけで精一杯だった。
そして気づけば、1時間半が経っていた。
― ついつい、飲みすぎてしまった。
日本酒を売りにしているお店というだけあって、素晴らしいラインナップだったのだ。座っていても体がフワフワしてくる。
「菜穂さん、そろそろ行きますか?美味しかったですね」
「うん、どれも最高でした」
そう言った私を見て、澤石さんは「相変わらずいい飲みっぷりでした」と笑う。彼も日本酒をゆっくり1合飲んだので、顔が赤い。
お会計は「かっこつけさせてください」と言う彼に甘え、心地いい満腹感のまま店を出た。
「ごちそうさま。いい金曜日になりました」
「よかったです。あの、ちょっと散歩しませんか?」
初夏の風に当たりながら、歩き出す。そのとき、澤石さんの手が私の手をそっと包んだ。

― あ…大きい手。
「…嫌だったら、言ってください」
「え?あ、ううん。嫌じゃ、ないです」
手をつなぐくらいなんだと自分に言い聞かせ、歩く。お互いの中学高校時代の話をしていたら、緊張は解けていった。
そして、5分くらいが経っただろうか。
丸の内仲通りを歩いてしばらくしたところで、澤石さんは速度を落とした。
「あの。桜庭さん」
「ん?」
「僕、桜庭さんのこと好きになりました」
あっけにとられる私をしっかりと見つめながら、澤石さんは言う。
「研修のときから、聡明で、素敵な人だなって思ってはいました。でも、前回飲んでみたら、驚くほど楽しくて。今も、すっごく幸せな気持ちで」
澤石さんは、困り顔になっている。
「それで…。迷惑だったら、聞かなかったことにしてください。早すぎるのもわかってます。でも、僕は、桜庭さんとお付き合いしたいです」
私は必死に、「どうする?」と自分に問う。
まだ2回しかちゃんと話していない。本当に私でいいのだろうか。
そもそも、本気?若いし、結構モテそうなのになぜ私?
たくさん話し合うべきことがある気がしたが、彼のまっすぐな目を見て、私はうなずいてしまった。
◆

「え、付き合ったの?」
4つ下の妹・由佳が目を丸くする。
「うん、付き合った。一昨日」
「…ええ、急展開。そっか、私より1つ年下かあ」
由佳は、パスタを一口味わったあと言う。
「まあ、年の差なんていいか。関係ないよね」
「え、ありがとう…。もっと色々言われちゃうかと思った」
「お姉ちゃんが選んだんなら応援するよ。ただひとつ思ったのは…」
私には、これから由佳が言おうとしていることがわかる。
ダンス部のみんなに澤石さんの年齢を打ち明けたときも、多分みんな同じことを思っていたような気がするから。
「…その人若いから、結婚は考えてないかもねえ」
― ほら、やっぱりそう思うよなあ。
由佳は、思ったことをまっすぐに言ってくれるからいい。私は、パスタを巻いていたフォークを、プレートに寝かせるようにして置いた。
「きっとそうだよね…。由佳の言うとおりだと思う」
5歳差の恋愛なんて、普通なことだと思う。女性が年上というのは珍しいかもしれないが、まあ、ある話だ。
でも、結婚願望がある30歳女性が、25歳と付き合うとなると――婚期が。
「…お姉ちゃん?パスタ伸びちゃうよ」
由佳が、私のグラスに、冷えた水を注いでくれる。
その水を飲み干しながら私は、「考え直したほうがいいかな」と思ってしまうのだった。
▶前回:5歳下の後輩男子に誘われ「サシ飲み」をした30歳女性課長。解散後に来たLINEに困惑したワケ
▶1話目はこちら:「時短で働く女性が正直羨ましい…」独身バリキャリ女のモヤモヤ
▶NEXT:6月18日 水曜更新予定
久々の恋愛を楽しんでみる菜穂。幸せにどっぷり浸っていたら、ある事件が…