日産追浜工場で生産されている「ノート」(写真:日産自動車)

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1961年に操業を開始した追浜工場。マザー工場として日産のクルマづくりをリードしてきた歴史ある拠点となる(写真:日産自動車)

日産自動車追浜工場の歴史。工場閉鎖報道は真実なのか?

5月17日、テレビや新聞などの報道で、日産自動車(以下、日産)が生産工場を削減する計画について国内も含まれるとし、神奈川県内の追浜工場と湘南工場の名が挙がった。

これらの報道では、「臆測に基づくもので、当社から発表した情報ではありません」と、日産によるコメントも伝えられたが、具体的な工場の名が媒体で伝えられたことにより、反響が大きくなったのはもちろん、地元で不安の声があがった。

この報道を耳にしたとき、本当だろうか?との思いが募った。

そこで日産広報へ直接問い合わせたところ、「当社から発表したものではなく、臆測記事になりますので、閉鎖の是非についてはお答えすることができません」との回答であった。

追浜工場閉鎖報道への疑念


追浜工場では、日産の主力車種である「ノート」「ノートオーラ」が生産される(写真:日産自動車)

先の報道に対し、疑念が湧いた背景は次のとおりである。

まず、現在、日産で最も売れ筋の「ノート」および「ノートオーラ」は、追浜工場で生産していることだ。新車の販売動向を知らせる日本自動車販売協会連合会の乗用車ブランド通称名別順位の昨年度(2024年4月〜2025年3月)実績で、日産ノート(ノートオーラを含む)は9万7000台近くを販売し、4位につけている。

もし、その生産をほかの工場へ移すとしたら、その手間は大がかりになるだろう。


追浜工場は、1周約4kmのグランドライブと呼ばれるテストコースも有している(写真:日産自動車)

そのほか、グランドライブと呼ばれる試験路が追浜にはあり、その敷地はやや小規模ではあるものの、バンクを備えた外周路や、屈曲路などがある1周4kmのコースを軸に、日常的な運転での車両確認ができる施設である。そのグランドライブでは、自動車ジャーナリストなどの媒体関係者を招き、公道では体験しにくい試乗もときに実施している。

余談ではあるが、2003年に厚生労働省管轄の現代の名工をテストドライバーとしてはじめて受賞した加藤博義は(翌2004年には「黄綬褒章」を受賞)、追浜の試験場で運転の腕を磨いたとされる。

重要な研究・生産技術の拠点


2022年に総合研究所で公開された、全固体電池の試験生産設備(写真:日産自動車)

また、追浜には日産総合研究所があり、ここでは、単なる車両開発ではなく、たとえば電気自動車(EV)導入に備えたバッテリー研究を行ったり、EVを活用したスマートグリッドや、人工知能(AI)などを研究するだけでなく、それらが社会でどのように活用されたり受け入れられたりするかといった周辺環境との社会的関係性を含め、幅広くクルマの未来を研究する拠点となっている。

さらに追浜は、生産技術におけるマザー工場の位置づけにあり、世界に展開する生産工場の製造方法を検討し、どの地域においても同じ品質で新車製造ができる基準づくりを行う工場の役目がある。。

以上のように、売れ筋の車種の生産に加え、走行試験、先進的先端技術の開発、世界統一品質を保証する生産手法の構築といった、各種重要な役割を担う追浜工場を、そう簡単にほかへ移すのはむずかしいし、それら多種多様に担ってきた役割を、別の拠点に集約することも容易ではないだろう。


1959~1963年に生産された初代ブルーバード(写真:日産自動車)

追浜工場は、1961年に富士自動車から日産は入手し、操業をはじめた。そして、中央研究所(現在の総合研究所)と試験場を設け、初代「ブルーバード」の生産がはじまる。

1972年に「バイオレット」、1977年に「オースター」と「スタンザ」などの生産をはじめ、翌1978年には生産累計500万台を達成した。

1990年に「プリメーラ」、1994年に「セフィーロ」と、時代を先取りする新たな価値を提供する車種の生産も行う。その間、1992年には、生産累計1000万台に達した。

2002年には「マーチ」「フェアレディZ」、2003年には「キューブ」の生産をはじめ、2010年には電気自動車(EV)初代「リーフ」の生産がはじまる。そして2016年には、「ノート」の生産が九州工場から移管され、これに、シリーズハイブリッド方式のe-POWERが採用されて、今日の日産の屋台骨となっていく。


2017年に発売された2代目リーフ(写真:日産自動車)

翌2017年には、累計生産台数が1億5000万台となり、その記録を達成した車種は、2代目「リーフ」だった。

主要な生産車種を振り返ると、時代を切り拓こうとする独創的な車種が追浜工場から出荷されてきた様子を知ることができ、さらに現在のEVをはじめとする電動車両の知見が豊富に詰まった工場であることが見えてくる。

追浜工場を再評価する機会


追浜工場の全景(写真:日産自動車)

今の日産にとって、追浜工場といえどもなんらかの改善や修正は必要なのかもしれない。


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しかし、2027年という、あと2年のうちに、追浜工場に代わる役目を担う工場をほかに整備するのは容易ではないのではないか。そう考えると、現在17ある世界の生産工場を7つ減らす計画のなかに、追浜工場が最右翼であるとは考えにくい。もちろん、検討自体はすべての工場に対し均等に行われるとしても、そこで改めて、追浜工場の役目が評価されることになるのではないだろうか。

(御堀 直嗣 : モータージャーナリスト)