パナが人員削減を繰り返す会社になった根本理由
人員削減を繰り返すパナソニック。創業者である故・松下幸之助氏は同社の現状に何を思うのだろうか(撮影:ヒラオカスタジオ)
家電大手のパナソニック ホールディングス(HD)が5月9日に発表した「グループ経営改革の進捗」。2026年度の収益改善効果目標とともに、その達成に向けたロードマップが説明された。だが、これを受けた報道各社のタイトルはほとんどが「パナソニックHD、従業員1万人削減」。経営改革の中身よりも人員削減のインパクトに比重が置かれた。
同社に何が起きているのか。松下電器産業時代からパナソニックを取材・研究してきた“松下ウォッチャー”が、前編・中編・後編の3つに分けて同社の陥った「病理」を分析する。
前編:"松下ウォッチャー"だけが知る、「社員1万人削減」を発表したパナソニック楠見CEOが終始無表情だった胸の内
後編:どこの会社も"パーパス"ばかり… 多くの日本企業が陥っている「パナソニック病」の正体
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パナソニックをむしばむ病理
パナソニックは2000年代に入り、人員削減を繰り返している。
「創業者の経営理念以外に聖域なし」とする「破壊と創造」を掲げた中村邦夫元社長が2001年に発表してから、その後の歴代社長のもと、人員削減が行われた。楠見CEOにとっては社長就任後2回目となる。まさに、恒例行事のようになってしまった。
幸之助氏が言ったとおり、人員削減は理想的にはやらないのに越したことはない。実施しても1回だけにとどめておくべきだろう。
何度も何度も行っていると、従業員に危機感を持たせ、固定費の調整手段として活用しているつもりが、従業員はその会社の未来に不安を覚えるようになる。多くなった50代を削減したとしても、不足している30代あたりで優秀な人が辞めていく。新卒・中途採用において悪いイメージを与えるといったことが懸念される。
そもそも、なぜ、パナソニックHDがリストラを繰り返さなくてはいけないような会社になってしまったのだろうか。
原因は複数あるが、その1つを物語る記憶が蘇った。カラーテレビ事業30周年の記念製品として「画王」を発売した1990年に、2024年末に亡くなった加護野忠男・神戸大学名誉教授が口にした一言だ。
「松下電器(現パナソニック)も、今頃、テレビに力を入れているようでは、あかんわな(だめだね)」
その後、徐々にBtoB事業の比率を高めていったが、経営改革が1周、2周遅れているようだ。日立製作所やソニーグループの復活を見れば、説明するまでもない。
中村社長時代、プラズマテレビ(パネル)に固執し、多額の投資に失敗したことが諸悪の根源のように言われているが、その前代である森下洋一社長時代もテレビを看板事業として温存し続け、頼りすぎた経営戦略が問題であったのではないか。
楠見氏はいよいよ、そのテレビ事業にメスを入れる。「テレビ事業を売ろうとしても、買ってくれるところなどない」という現実を目の当たりにして、ほかの家電製品と同様、「チャイナ基準で戦えるようにする」という。つまり、高品質を維持することを前提に委託生産を積極的に活用し、中国市場で中国製品と戦える価格競争力をつけようとしている。
プラズマテレビは一見すると、イノベーションに映った。経営者層もそう勘違いしていた。その実態は画面がブラウン管から薄型パネルに変わっただけ。以前と同様、成熟したテレビ市場で、多くの液晶テレビメーカーと過当競争を繰り広げた企業行動に何の変化も見られなかった。
レッドオーシャンに進出したがる社風
パナソニックHDは競争の激しい分野ばかりに活路を見いだし、競争疲れしてしまうというパターンに陥っている。例えば、車載用電池だ。津賀一宏・前社長は、これを住宅事業と並ぶ屋台骨にしようとした。ところが、いうまでもなく中国メーカーとの激しい競争にさらされており、同市場首位の座をあっという間に明け渡してしまった。
軽くて曲がる日本発の次世代薄型太陽電池として注目されているペロブスカイト太陽電池も将来、同じような競争環境に置かれる可能性がある。パナソニックHDはガラス建材一体型を開発したが、すでに積水化学工業など複数の日本メーカーが同市場に参入しており、中国メーカーも猛追している。
2021年9月、パナソニックHDは、サプライチェーンマネジメント(SCM)のソフトウェア会社、ブルーヨンダーを総額約8600億円で買収した。これにより、エネルギーソリューションと並び、SCMソリューションに注力し、グループ全体でシナジー(相乗効果)を創出しようとしている。だが、この分野にも強力な企業がひしめいている。
欧州で注力しているヒートポンプ式温水給湯暖房機(A2W)も同様だ。なぜ「できるだけ競争しない事業」を生み出そうとしないのだろうか。
元をただせば、幸之助氏が事業部制を導入し社内競争を促したことに加えて、急成長を遂げた国内家電業界に競合相手が多かったこともあり、競争好きの遺伝子が育まれたと考えられる。その後、事業部が解体されたり、また元に戻ったりと、組織再編好きという行動も加わり、そのたびに意味不明な組織名がつけられるようになった。
現在の事業会社名も、何をしているのかわかりにくい社名が少なくない。おまけに長すぎる横文字社名が多い。今や、紙の新聞を読む人は減っているが、新聞の1行で収まらないような事業会社名が並ぶ。最も長い「パナソニック エンターテインメント&コミュニケーション株式会社」は30字もある。
社内の人だけがわかればいい、という感覚があるのではないだろうか。どこが株主重視なのだろうか。近年、パナソニックがBtoB(企業間取引)分野へシフトしていることもあり、以前にも増して「何をしているのかわからない会社」という声を聞くようになった。メディア関係者でさえ、電機業界担当でなければ同様の反応だ。
「パナソニック解消」で混乱が生じた事情
幸之助氏は「世間は正しい」と言ったが、世間の目から見て「何をしているのかわからない会社」では、コーポレートブランド上の問題だけでなく、経営面でもさまざまな支障が生じるのではないか。
例えば、2月4日に行われたパナソニックHD・2024年度第3四半期決算説明会の後に起こった騒動だ。楠見氏が「パナソニック株式会社を、2025年度中に発展的に解消する」「テレビ事業を売却する覚悟はある」と発言したのだ。
この発言が「パナソニックグループが解体される」「パナソニックブランドがなくなる」「テレビ事業の売却」などの誤解を招いた。そのような記事が掲載されたことで、パナソニックHDは同日、「テレビ事業を含む課題事業に関して、抜本的な収益構造の変革に向け、あらゆる可能性を視野に検討しているが、売却・撤退も含めて現時点で決定している事実はありません」、続いて5日にも「パナソニック株式会社の再編を主旨としており、パナソニックグループを解散することはありません」「パナソニックのブランドはグループの重要な経営資産であり、この大切なブランドのもとで、未来にわたってお客様や社会に貢献し続ける企業構造へと変革してまいります」と発表した。
そもそも、パナソニック ホールディングス、パナソニックグループ、パナソニック株式会社と、いちいち詳しく説明しないと違いがわからない組織名であるということを認識していないのではないか。この細かな点だけを見ても、パナソニックは「言葉に関する感性」が乏しく、文学性(表現力)が低いといえよう。
さらに、グループの存在意義(パーパス)を表すコーポレートスローガンにも、表現力の欠如が見られる。コーポレートスローガンにしている「幸せの、チカラに。」を見て聞いて、いったい何をイメージしろというのだろうか。さらに、パナソニックHDは採用ブランドスローガンについても検討を進め、「誰かの幸せのために、まっすぐはたらく。」を制定した。なんだかなー、である。
(後編へ続く)
(長田 貴仁 : 経営学者、経営評論家)