部下を否定せずにはいられない上司の心の闇
「否定マウント」をとる上司から身を守るのは簡単ではありません(写真:mits/PIXTA)
「そんなやり方で、うまくいくわけない」――部下が何を言っても否定する上司。なぜ「否定マウント」を取ろうとするのか。頑なな態度の裏には、強い不安が隠されていることが多いようです。
※本稿は、片田珠美氏著『マウントを取らずにはいられない人』から、一部を抜粋・編集したものです。
必ず部下の意見を否定する上司
IT関連企業に勤務する30代の男性は、必ず部下の意見を否定する40代の男性上司に閉口している。「上司から意見を求められるので、提案するのですが、そのたびに『そんなやり方でうまくいくわけない』と即座に却下されるんです。常に自分の提案を否定されるのは精神的にきつく、やる気がなくなりました。夜も眠れません」と訴え、私の外来を受診した。
この上司が否定するのは部下の提案だけではない。彼は最近親会社から出向してきたのだが、この会社で長年やってきたやり方をすべて否定する。ことあるごとに親会社のやり方を持ち出して延々と説明し、「そんなやり方では、コンプライアンス違反で問題になるぞ」と叱責するのだ。
それだけではない。アメリカの大学でMBAを取得していることをひけらかし、MBA仕込みとかいう新手法を導入した。しかも、「どうだ。新しいやり方のほうが、うまくいくだろう」と同意を求めるのだが、なかなか慣れることができない部下は答えに窮するという。取引先も戸惑ったらしく、業績も落ちた。
もっとも、自分が導入した新手法がうまく機能していないせいとは夢にも考えないようだ。業績低下の原因を説明するのにやたらと横文字を使い、「会社がやるべきイノベーションをやってないから、ニュートレンドについてゆけない」「部下のクオリティーが低いから、アウトソーシングしたほうがよっぽどまし」などと怒り出す。そのため、ほとんどの社員がやる気をなくしてしまったという。
「これまでのやり方で、うまくいっていたし、業績もよかったのに、なぜ変えるんだ」という不満があちこちで出ている。また、「こんな小さな会社でMBAのやり方でやって、うまくいくわけがない」「親会社で失敗したから、うちに飛ばされたくせに」などと、この上司の陰口をたたく社員も少なくない。
だが、面と向かって「今のやり方では、あまりうまくいかないんじゃないですか」と言えるような社員はいない。少しでも批判めいたことを口にすれば、即座に否定され、怒鳴られるのが目に見えているからである。
さらに厄介なのは、部下の提案を即座に却下するくせに、数日後には「これでいくしかないだろ」と言って、部下が出していた案をあたかも自分が考え出したかのように提案することだ。本当に忘れているのか、それとも意図的にやっているのか、さだかではないが、こんなことが続いたら、誰だってやる気をなくすに違いない。
自覚がないことが最大の問題
上司が部下の意見を必ず否定するのは、部下の提案をそのまま受け入れたら、部下のほうが優秀だと認めることになるのではないか、部下から見くびられるのではないかという不安が強いからだろう。こうした不安に二つの要因が拍車をかけているように見える。一つは上司がこの会社では新参者ということ、もう一つは業績が低下していることである。
この上司は、出向先の子会社で果たして自分が認められるのかという不安にさいなまれているからこそ、これまでのやり方をすべて否定せずにはいられないと考えられる。さらに、業績低下のせいで、子会社だけでなく親会社からも認めてもらえなければ、親会社に切り捨てられ、出向が片道切符になって、親会社に戻れなくなるのではないかという不安も抱いているのではないか。
不安が強いほど、それを払拭せずにはいられないので、「自分はこんなにすごいんだ」と優位性を誇示できるような何かが必要になる。この上司の場合、それが親会社とMBAというわけで、これら二つの「防具」を持ち出して、会社のこれまでのやり方も部下の提案もすべて否定する。もしかしたら、否定することによって、自分の存在感と影響力を示せると思い込んでいるのかもしれない。
もっとも、自分では良案を考えつくことができない。だから部下の提案をさも自分の発案であるかのように持ち出し、自分の手柄にしてしまう。その結果、部下の反感を買い、やる気を失わせ、さらなる業績の低下を招いているが、こうした悪循環に陥っていることに気づいていないように見える。上司に自覚がないことが最大の問題ともいえる。
否定マウントの本質
この上司は、自分が導入したMBA仕込みのやり方でうまくいくと信じ込んでおり、現実に目を向けようとしない。いや、むしろ、現実から目をそむけ続けていたいからこそ、MBA信仰にすがるのかもしれない。
このような心理を精神医学では「幻想的願望充足」と呼ぶ。うまくいってほしいという願望と、実際にうまくいっているという現実とは別物のはずなのに、混同している。だから、現実を直視できず、どうしても自分の願望が現実に満たされたかのような幻想を抱きやすい。
当然うまくいかないが、自分の思い通りにならない現実を突きつけられると、プライドが傷つき、耐えられない。そこで、自身の優位性を誇示するための「防具」である親会社とMBAをさらに持ち出す。
「防具」を誇示することによって尊敬や称賛を得られれば、プライドは守られるかもしれない。だが、そうは問屋が卸さない。むしろ、周囲の敵意をかき立てたり反感を買ったりすることが多く、面従腹背になりやすい。当然、業績が上向きになるわけがない。
そういう事態に直面しても、「自分の能力や経歴をねたんでいるだけだ」と被害的に解釈しがちで、親会社とMBAに固執したまま、やり方を変えようとはしない。「ポジティブシンキング」といえば聞こえはいいが、要するに現実から目をそむけて自分のプライドを保とうとしているにすぎない。こういうタイプは、次のように思い込んでいることさえある。
「私は他の誰よりも優れている。だから、誰もがそれを認めて、私に一目置くべき。なのに、そうせず、批判したり異議を唱えたりするのは、バカか、悪意の塊か、どちらか。もしかしたら、両方かもしれない」
こんな具合に自分に言い聞かせても自分のプライドを守りきれなくなると、他の誰かの価値を否定して切り抜けるしかない。他人をおとしめることによって、相対的に自分の価値を高めようとするわけで、これこそ否定マウントの本質にほかならない。
身を守るためには、やりすぎるくらいの対策が必要
否定マウントは、かなりの実害をもたらす。まず、否定ばかりされている側は傷つき、やる気をなくす。また、これまでのやり方をすべて否定され、親会社とMBAのやり方を押しつけられたせいで、仕事の進捗に支障が出て、業績も低下している。
もっとも、否定マウントを繰り返す上司を変え、実害を減らすのは至難の業だ。ほとんど不可能に近いといっても過言ではない。というのも、不安が強く、現実を直視できない「幻想的願望充足」に陥っているが、その自覚がないからだ。いくら他人から指摘されても、自身のふるまいを振り返り、改めるとは考えにくい。
そこで、実害をこうむっている側としては、手をこまねいているわけにはいかない。新手法の導入が業績低下を招いている実態を克明に記録し、できるだけ具体的な数字を入れて会社の上層部に報告することが必要になる。
実害が出ている現状に関する情報を上層部と共有するわけだが、一人だけでやるのはリスクもハードルも高いので、否定マウントによる実害をこうむっている仲間を何人か集めてやるほうがいいだろう。
もしかすると、上層部のなかにも、会社のこれまでのやり方をすべて否定し、親会社とMBAの手法を導入した上司に対して苦々しい思いをしている人間が存在するかもしれない。たとえ親会社への忖度から、この上司に上層部が何も言えないにしても、苦々しい思いを共有できるだけでも収穫になるはずだ。
とくに、部下の提案を否定しておきながら、その後さも自分が考え出したかのように上司が持ち出してきた事例がどれくらいあったかについては、詳細に報告するべきだ。そのためには、上司とのやり取りをすべて録音しておくくらいの覚悟も必要だろう。やりすぎだと思われるかもしれないが、これくらいしないと否定マウントを繰り返す上司から身を守ることはできない。
(片田 珠美 : 精神科医)