すき家「ネズミ混入でも影響小」が示す残酷な現実
外食大手・ゼンショーの決算が話題になっています(筆者撮影)
1月からの「ネズミソ汁」騒動で話題を呼んだすき家。
騒動の余波は長引き、ほぼ全店を数日間閉鎖したり、24時間営業を廃止して店の清掃を行うなどの対策が取られるまでになった。店舗の閉鎖に営業時間の短縮。こう聞くと当然、「売上減」がちらつく。
しかし、蓋を開けてみればその予想は大きく外れた。すき家の4月全店売上高はわずか2割減で済んだのだ。ここには、すき家の持つ「強さ」と、「そうならざる得ない」日本の現状がある。
「売上高2割減」は「むしろすごいこと」
最初に指摘しておきたいのは、「売上高2割減」は、かなり「軽微な傷」で済んでいるということだ。各種報道では「2割の大減少」と報じられているが、この程度で済んでいることにもう少し注目すべきである。
単純比較はできないが、2015年1月に異物混入が発覚したマクドナルドの同月の売上高は前年比38.6%減であり、今回のすき家のほぼ2倍。しかも、すき家は3月31日〜4月4日の午前中までほとんどの店舗を閉鎖。さらに4月5日からは24時間営業を23時間営業にしているので、単純計算でこれまでの月と比べて4日ほど営業時間が少ないのだ。
1カ月のうちの4日は、割合にして13%ほど。それだけでも単純計算で13%の売り上げ減になるはずだが、全体では20%程度の減少で済んだのだ。
全店売上高は前年同期比で20.2%の減少。営業時間が減ったことを考えると、落ち込みは想像以上に小さかったと言えそうだ(出所:同社の月次より)
そもそもすき家の業績は事件前の段階で非常に好調だった。先日発表された2025年3月期決算では、すき家を有するゼンショーホールディングスが、外食企業として初の売上高1兆円を記録している。
すき家だけを見ても、売上高は前年同期比で11.5%増、営業利益は前年同期比で32.4%増になっている。
こうした事件以前からの好調ぶりもあって、予想よりも軽微な影響で済んだのだろう。
増収増益の決算になった(出所:同社の株主説明会資料より)
グローバルすき家、はま寿司などの伸長が際立った/出所:同社の株主説明会資料より
今や世界中に店舗を持つゼンショーホールディングス。国内すき家業態のみだったら、今回の混入騒動のダメージはもっと大きなものになっていたはずだ(出所:同社の株主説明会資料より)
ちなみにゼンショーの予測によれば2026年3月期の上期は減益予想を立てているが、下期では再度増収予想を行っている。上期の減益はネズミ混入事件の余波だろうが、その復活もすでに見込んでいるわけだ。
愛されすぎている「すき家」
ここからわかるのは「私たちは思っているよりも、すき家を使っている」という単純な事実だ。
すき家が愛される理由はどこにあるのだろうか。ここにはポジティブな理由とネガティブな理由の2つがある。
1つ目はポジティブな理由だ。
かねて指摘されていることだが、すき家はSNSユーザーと相性がよく、ネット受けがいい店だった。牛丼チェーンの中でも商品が安く、「庶民の味方」的に思われているところもあるのだろう。
今回の「ネズミソ汁」騒動時にも、全店舗営業停止や24時間営業廃止を決めたときには「すき家の英断を支持したい。すき家を応援したい」といった書き込みも散見された。中には「営業が再開されたら、応援しに行きたい」なんて投稿もあった。
そもそもの対応がしっかりしていれば今回のような騒動は起きていなかったが、事件発覚後の思い切った決断に好感を覚える人も多かったのだろう。
すき家の好感度の高さは、今回の事件時に思わぬことも引き起こした。記憶に新しい人もいるかもしれないが、SNS上では「すき家は嵌められたのだ!」というすき家擁護の陰謀論が登場したのだ。曰く「あんなに大きいネズミが入っていて気づかないなんてあり得ない。これは誰かがすき家を貶めるために行ったワナなのだ……」という。
中には「すき家は全店国産米を使っていて、それをよく思わない層が引き起こした事件なのだ」という派生ストーリーも生まれた。無論、真偽不明の「陰謀論」だが、それほどまでに潜在的にすき家を擁護したい層がいるということだ。いわば「ヘビーユーザー層」が根強くおり、すき家の売り上げを支えているのである。
インフラ化するすき家
このようなポジティブな理由がある一方、私としてはネガティブな理由もあると思う。
それが「すき家しか行く場所がない」ということ。
言わずもがなだが、ここ最近のインフレ傾向で、牛丼のライバルになりうる外食チェーンでも値上げが相次いでいる。チェーンであっても一回の食事で1000円を越してしまう例も多く、相対的にまだ500円以下で食べることのできる牛丼チェーンに人が集まっているのかもしれない。
ちなみにこの記事執筆時点での牛丼チェーンの牛丼並の値段は、
すき家 480円
吉野家 498円
松屋 460円
で、すべてワンコインでおさまる価格。インフレ下の強い味方であることは間違いない。
こうした中、ある意味「庶民のインフラ」となっているのが牛丼チェーンなのだ。ただ、そこには「仕方なく」という側面があることも見逃せない。
一方、「であれば、松屋か吉野家に客が流れるのでは?」と思う人もいるだろう。実際、今回の「ネズミソ汁」騒動を受けて同業他社に流れた客もいるに違いない。
ただ、それでも「すき家」が強いのは、その立地に秘密がある。というのも、同業他社である吉野家・松屋と比べた場合、すき家は地方・郊外に店舗が多いのだ。
実際、店舗数の分布を見てみると、松屋は全店舗のうち、約半数近くが関東圏に固まっている。吉野家は松屋よりは全国に分布しているものの、例えば四国の全店舗数は28店舗であり、すき家の60店舗に対して手薄になっている。他の地方でも往々にしてすき家の方が圧倒的な店舗数を誇っている。
これは、すき家が吉野家・松屋への逆張り戦略として郊外のファミリー層をターゲットにして店舗展開を行っていった歴史があるからだが、全国に張り巡らされた店舗網によって「すき家しかない」地域が生まれている。
そうなると、真の意味で日本のインフラとして機能しているのが「すき家」ということになるかもしれない。「インフラ」に好きも嫌いもない。単に必要だから行く。そんな状態がすき家にはある。つまり、積極的というよりも消去法的にすき家を利用しているのだ。
民間企業が結果的にインフラになる現代
「インフラ」という話でいえば、牛丼各社も「インフラ」としての牛丼屋を意識した施策を取っている。
例えば、吉野家は先日、牛丼大盛りを696円から740円へと値上げした。牛丼として700円を超えてくると「少々高いな……」と思う人がいてもおかしくない。
一方で牛丼並の価格については、据え置いて税込み498円のままにしている。プライシングスタジオ代表取締役CEO・高橋嘉尋氏はこの施策について興味深い指摘をしている。
高橋氏によれば、値上げをしても客足が離れない店は、その店で最も人を集めることができる「集客商品」の値段を維持する傾向がある。集客商品を値上げしてしまえば、その店を最も使うコアユーザーが離れてしまうからだ。吉野家はまさに「集客商品」の価格を維持している。
同社にとっての集客商品は「牛丼並」であり、その価格をワンコインにすることで、来店頻度の高いリピーターを繋ぎ止めているのだ(なぜ吉野家は「並盛498円」を値上げしなかったのか…深刻な客離れを起こした「スシローとガスト」との決定的違い・PRESIDENT Online/2025年5月7日)。
逆に言えば、吉野家が牛丼並に500円以上の価格をつけることができないのは、もはやそれがインフラになっていて、おいそれとは値上げできないからでもある。まさに「インフラ」としての牛丼屋の姿がそこにある。
話が少し横にそれてしまったが、いずれにしても「社会インフラ」としての牛丼屋、さらにその中でも地方・郊外にまでびっしり店舗があるすき家の「インフラ感」はかなり強いと思われる。
折しもコメの価格は上昇を続けており、農政の失策を批判する声が相次いでいる。それに加えて社会保障の負担などもどんどんと上昇しており、本来の「インフラ」には期待できないな……という社会的な機運も醸成されている。そんな中、少し倒錯的ではあるが一般企業の活動が「インフラ的」になっている現状があるわけだ。
すき家があれほどの事件で話題になったにもかかわらず、ここまでの業績を維持できる背景には、このような日本の姿があるのではないだろうか。
その他の写真
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返却口の様子(筆者撮影)
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(谷頭 和希 : 都市ジャーナリスト・チェーンストア研究家)