25年前の『ポケモン』書籍が異例の大ヒット「開発の舞台裏やウルトラヒットをした理由を知りたい人が増えている」

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 世界的な人気ゲーム『ポケットモンスター』開発の秘話を描いた『ゲームフリーク 遊びの世界標準を塗り替えるクリエイティブ集団』(とみさわ昭仁/太田出版)が、5月1日の書店での一般発売を前に重版が決定するという大ヒットとなり、話題になっている。一時的だが、Amazonのビジネス人物伝ジャンルでランキング1位、総合ランキングでも6位という快挙を成し遂げたのだ。

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 著者のとみさわ昭仁氏は、1991年から94年、さらに2002年から04年まで『ポケットモンスター』の開発会社に在籍しており、96年に発売された同ゲームが立ち上がっていく場にいた人物。それもあって同書では当時の雰囲気がリアルに描写され、なぜ『ポケットモンスター』がこれほど多くの人を魅了するゲームとなったかが詳細に明かされている。

 現在の『ポケットモンスター』人気を考えれば売れるのも当然と思えるのだが、実はこの本は2000年にメディアファクトリーから発売されたもので、今回はいわゆる復刊。大手書店の書泉が過去の名著を復刊する企画「書泉と、10冊」第2シーズンの1冊として発売されたもの。当初は書泉と芳林堂でのみ売られていたが、あらためて一般書店で売られることがアナウンスされると、そこで一気に爆発したという流れだ。復刊した本としては異例のヒットなのだが、実はそこに至るまではさまざまな紆余曲折があった。

 とみさわ氏によると、2000年の発売時は版を重ねることなくフェイドアウトしてしまったという。しかも発行元のメディアファクトリーは2013年にKADOKAWAに吸収合併され、『ゲームフリーク』は完全に絶版になってしまった。一方で『ゲームフリーク』はポケモンファンの間で幻の一冊化し、ネットオークションなどで高値で取引されていた。

「絶版になってからも『ポケモン』の人気はどんどんあがっていて、オークションでは5万円とかになっていたんです。そんな値段で売ってほしくないなという気持ちもあって、どこかの出版社で文庫化してもらえればと、あちこちに持ちかけてはいたんです」(とみさわ昭仁氏)

 しかし色よい返事はなかなかもらえず、とみさわ氏はSNSで復刊希望の意思をつぶやいていた。それを見た書泉側が「書泉と、10冊」の企画としてアプローチしたのである。書泉の担当者がかなりのゲームファンだったことも大きかったようだ。

 いよいよ復刊に向けて動き出したのだが、ここでさまざまな問題が持ち上がった。まずは当初の版元であるメディアファクトリーがなくなっていて、新たな版元を探さなければならなかったこと。さらに版下データや原稿のテキストが手元になく、新たに編集作業をしなければならない。また、ゲームを扱う本だけに、権利関係をあらためて確認しなければならない……。

 これらの作業は書泉だけでは手に余るということで、太田出版に編集・発行を依頼することになるのだが、これには幸運な偶然が重なっていた。企画を主導していた書泉の手林大輔社長と太田出版で編集を担当した林和弘氏は、以前からの知り合いだったのだ。

「もともと手林社長と私は、ベネッセコーポレーションの同期入社で仲が良かったんです。私がベネッセを辞めた後もつきあいは続いていて、ある日、急に書泉の社長に就任することを聞かされて驚きました。そのときに自分も編集の仕事をしているから、いろいろ協力したいと話していたんです」(林和弘氏)

 書泉の手林社長は2022年に、公募によって書泉の社長に就任。「書泉と、10冊」などの新しい試みに取り組んでいた。その中で『ゲームフリーク』復刊の流れとなり、出版する版元が新たに必要となる。手林氏はすぐに太田出版の林氏に協力を依頼した。ゲーム誌などを手掛けていた林氏は、まさにうってつけの人物だったのだ。

 こうして復刊が本格的に動き出した『ゲームフリーク』だったが、著者のとみさわ氏も編集の林氏もそこまで売れるとは思っていなかったという。だが、蓋を開けてみたら大ヒット。25年前とはなにが違ったのだろう。

「2000年当時も、ポケモンは人気でした。ただ、そこから25年たって、ポケモン開発の舞台裏やウルトラヒットをした理由を知りたい人が増えているのでしょう。それにプラス、取材して書いたものではなく、実際に開発の現場にいた人間が書いたということも大きいと思います」(とみさわ氏)

「書泉での先行販売で買っていただいたファンの方々の高評価が、宣伝としては大きかったです。ただ、欲しい人は先行で買うものと考えていて、一般発売はそこまでの冊数を用意していなかったんです。それが情報公開をしたら、いきなりAmzonのランキングで1ケタに入って驚きました。このランキング入りがきっかけで、一般書店からの問い合わせが急増したんです。あとは表紙の帯の色を先行販売は赤、一般販売は緑というビジュアル的なインパクトも大きかったと思います」(林氏)

 ご存知の人も多いと思うが、ゲーム『ポケットモンスター』の第一作は、捕獲できるモンスターが異なる「赤」と「緑」が用意されていた。それにならった帯の色は、ポケモンファンの心にかなり響いたことだろう。内容の良さはもちろんだが、25年という時を経たこと、売り方やビジュアルなどさまざまな要素があっての大ヒットであるようだ。

 今回の『ゲームフリーク』の復刊に取り組んだのは新しい試みという意味合いが強かったという林氏。しかし今回のヒットには手応えを感じているようで、さらなる復刊にも取り組んでいきたいという。実際に太田出版ではやはり同社が93年に出版した『マンアフターマン』(ドゥーガル・ディクソン)を「書泉と、10冊」で復刊し、こちらも好調だという。今後も、過去に埋もれてしまった名著が、再び脚光を浴びる機会が増えていきそうだ。

(本橋隆司)