仕事終わりの帰り道。疲労と達成感の余韻に浸りながら歩いている(著者撮影)

48歳男。「憧れの飲食店で働いてみたい」との思いからタイミーを始め、高速道路SAのレストランでタイミーデビュー。最初はホール仕事、次に洗い場を経験するが、調理人さんのあまりにも慣れた作業スピードに衝撃を受け、打ちひしがれる。 (ここまでが前回

タイミーからの飲食業体験記「その男、タイミーにつき」第3回。

YouTubeの洗い場動画で予習復習の日々

年末、ある芸能人の不祥事で日本中が大騒ぎとなっていた。そんな中、私はひたすらYouTubeで「洗い場 効率」「洗い場 プロ」といったキーワードで検索していた。

手慣れた調理人たちがどのように洗い場を片付けているのかを知りたかったのだ。華々しい調理シーンが注目されがちだが、熟練のシェフたちは料理と同じくらい皿洗いを重視していた。動画で洗い場について語る様子からは、「料理」を届けるすべての工程へプロ意識が行き届いていると感じた。

「洗う前に同じ皿を重ねて整理することで、その後の作業が効率的になりますよ」

食洗機が回っているのは約90秒。この間に何をして、絶えず食洗機を回し続けることが作業の早さになるのです」


さすがプロは違う。48歳の手習いは、全てが勉強である。

まさか、皿洗いの動画が私にとってキラーコンテンツになるなんて、想像もできなかった。皿洗い動画のコメント欄には「やる気が出ました!自分も頑張ります」なとど書かれており、全国各地の洗い場で奮闘する人たちの存在を仲間のように感じた。


余談だが、この原稿の最終調整をしていたのは東京出張中。最近は出先でどんなタイミー案件があるのかをチェックして、時間が合えばタイミーをするのが習慣になっている出張タイミーの面白さはまた別の機会に記事にしたい(筆者撮影)

これからタイミーで洗い場に入るなら、作業効率を高めるためのテクニックは必須だろう。タイミーの案件なんて、お店が忙しくて人が足りないから募集があるのだ。「経験者」として洗い場に送り込まれるなら、生半可なことは許されない。これは洗浄の戦場である。

年が明け、私は次のステップに向けて新規案件にエントリーした。今度はローカル回転寿司チェーン店である。

私は回転寿司が好きだ。日本中の回転寿司店を巡って本を出すくらい、回転寿司を愛している。いつか回転寿司店で働いてみたいと思っていた。それをやる時がついに来たのだ。


回転寿司が好きである。お茶を入れて「今日は何を頼もうか」と考える時間が楽しい(筆者撮影)

格好だけは板前さんになって

タイミーから来ました」

初めてのお店で呪文を唱えるこの瞬間、初タイミーの時に感じた緊張がフラッシュバックする。大丈夫なのか、自分にできるのか。

若い板前さんの男性が事務所に案内してくれて、私がこれから着る白衣のサイズを選んでくれた。上着とズボンは、和帽子と共にLサイズを渡され、更衣室で着用開始。

クリーニングされ、パリっと糊の効いた白衣が気持ちいい。そもそも、こんな格好をする機会なんてなかなかない。

頭の大きな私は和帽子だけ3Lサイズにしてもらい、前掛けを一文字結びで締め、更衣室を出た。

「……板前やってらっしゃったんですか?」

私の姿を見た板前さんが開口一番思わず口に出した一言だが、そんなわけない。寿司のスの字も握れないド素人だが、年齢由来による根拠のないいぶし銀の貫禄が、彼にそう言わせたのだろう。馬子にも衣装、タイミーさんにも衣装。形から入っていくのは悪くない。

「今日は洗い場をお願いしたいと思います。ちょっと皿が来るまで時間があるので、この辺の拭き掃除をお願いできますか」

おやすいご用である。ダスターでステンレスの棚を次々と拭いていく。

手の届きにくい奥の方は埃も溜まっているので、ダスターはすぐに真っ黒になる。それを水洗いして再び拭くのを繰り返す。そしていよいよ、お客様からの皿が返却口に戻り始めた。


ニトリルの手袋。油で手が滑るのを防ぐので、タイミーで洗い場に入るときによく支給されるアイテムだ(筆者撮影)

食洗機を止めるな

「丸皿はここにまとめて積んで下さい。お椀はここに、天ぷらの皿はこちらで」

「グラス類はそのまま食洗機かけてください」

説明を受け、いよいよ洗い場業務スタート。

まずはシンクに湯を張るところから始める。

次々と返却棚に返される食器たち。

回転寿司らしい丸皿を中心に、天ぷら皿、天つゆの器、一本穴子や和牛などを乗せる横長の皿、4貫盛りや5貫盛り用の大きな皿、茶碗蒸しの器と台、デザートの皿など、回転寿司店は一人あたりの皿の枚数が多いことを実感する。

洗う前に捨てるのはエビの尻尾、わさびの小袋、天ぷら皿に敷かれている紙などだ。シンクの生ゴミ入れにエビの尻尾がどんどん溜まっていく。

夕食時のピークタイムに近づくにつれてお客様は増え、やがて満席に。

ハイペースで運ばれてくる食器類をひたすら洗っていく中で、洗い場動画で見た内容を頭の中でプレイバックする。

・洗い場奥義その1「皿を整理する」

同じ皿を重ねて1カ所に集め、ラックに同じ皿を並べて食洗機に入れることで、洗浄後に片付ける手間が省けて効率が上がる。

・洗い場奥義その2「食洗機を止めない」

食洗機が稼働しているのは約90秒。その間、返却口から皿を受け取って整理し、食洗機のラックに並べる。また、洗い終わった皿の片付けを終わらせてしまう。食洗機の稼働が完了したら、先ほど並べたラックを食洗機に入れ、洗浄スタート。食洗機の稼働をできるだけ止めないことで効率が上がる。

動画で学んだこの2つを念頭にひたすら作業を進めると、前回より少しは速くなったような気がする。

回転寿司の厨房に入って板前さんの姿で皿を洗っている自分がおかしい。今までの仕事人生とは丸っきり違う仕事。大好きな回転寿司に携われている実感を覚えながら、食洗機のレバーを下げる。


筆者の好きな押し鯖寿司。今までは客として食べた皿を重ねるだけだったが、お店側に回って皿を洗うのが面白い(筆者撮影)

人気回転寿司店の夜、洗い場にはフルスピードが要求される

ふと、張り紙が目に付いた。

「仕事を頼まれたら、元気良く『あいよ!』と返事しましょう」


なるほど、そう返事しよう。

「お願いしまーす!」

「あいよっ!」

そう言いながら、ガシガシと洗浄していく。

なんて楽しいのだろう。声出しというのは、仕事にハリを出してくれる。

閉店1時間前になった頃、厨房からバットやホテルパン、あら汁を煮込んだ鍋、シャリロボのパーツ類、まな板、巨大計量カップなどがドカドカと届き始める。

「洗い場は終盤が一番忙しいんだよ」

サービスエリアの調理人さんから言われた言葉が頭に飛来する。

ラストオーダーの時間となり、返却口もドバっと大量の食器類が積み重ねられる。これはまずいな、片付かないな……と思っていたところ、

「時間なんで上がってください〜!」

との声が聞こえた。洗い場作業がクライマックスの時にタイミーの終了時間となり、後ろ髪を引かれる思いで洗い場を後にした。

人気のある回転寿司店の夜は、洗い場にもかなりのスピードが求められる。自分がその場で手を動かし、お店のサイクルの一端を担うことができたのが嬉しい。

でも、もっと速く動きたい、もっとスムーズに動きたい。

もう一度ここに入ったら、今回よりも動けるはずだ。

そんなことを考えながら、心地良い疲れと共にお店を後にした。

この日の労働では、時給1017円の3.5時間、交通費100円で、3660円が支給された。


労働終わりの帰り道。夜の空気は冷たかったが、労働後の高揚感を程よく冷ましてくれた(筆者撮影)

(BUBBLE-B : 飲食チェーン店トラベラー・音楽家)