誕生日や記念日にもふさわしい、豪華なホールケーキ。今話題になっている「プレゼントシステム」の主役とも言える存在だが、開発はなかなか大変だったようだ(写真提供:くら寿司)/配信先では画像をすべて見ることができません。本サイト(東洋経済オンライン)内でご覧ください

ライター・編集者の笹間聖子さんが、誰もが知る外食チェーンの動向や新メニューの裏側を探る新連載。第1回の後編では、前編に続き、「プレゼントシステム」製造の裏側と、このシステムが示す回転寿司ビジネスの変化、くら寿司が描く「世界戦略」に迫る。

5分で作る「サプライズケーキ」の裏側

「プレゼントシステム」で登場するホールケーキ。その開発の際に苦労したのは、レーンを回る皿に収まるサイズ感だったという。

ショートケーキなら余裕だが、直径約15cmの皿に乗り、かつ寿司カバーのなかにすっぽり隠れるスポンジ台がなかなか見つからず、苦労したそうだ。

【画像15枚】流れるホールケーキに子どもが歓喜!くら寿司「プレゼントシステム」はこんな感じ

また、提供スピードも難題だった。

筆者がタッチパネルで注文した際、ホールケーキは約5分程度でやってきた。あまりの速さに作り置きをしているのだと思ったが、違った。売り上げ予測に合わせ、スポンジにクリームを挟んだ「土台」は用意するものの、トップのクリームやフルーツは注文が入ってから盛り付けるそうだ。


ホールケーキは不透明のケースにすっぽり収まっている(写真提供:くら寿司)

さらにプリンとちらし寿司は、一から作っているという。パティスリーではなく回転寿司店の厨房でこれを実現するのは、相当大変に違いない。


注文が入ってからフルーツを盛り付け、クリームを絞って提供される(写真提供:くら寿司)

「プレゼントシステムの金額は、プリンが800円、ホールケーキとちらし寿司が1000円と、平均的な客単価と変わらない価格です。めちゃくちゃ売れるものではないので可能になっています」と広報部 辻明宏さんは解説する。

回転寿司は「ゆっくり楽しむ」空間に

加えて、このような「客単価とほぼ変わらない商品」が登場する背景には、くら寿司がエンタメ性を追求しているだけではない、業界全体の在り方の変化があるという。

ここ10年で回転寿司は、「安価な均一価格で提供し、回転数を上げて儲けるファーストフード」ではなく、「ゆっくり楽しむレストラン」に変わってきているそうだ。


個々にくつろげるスペースが確保された店内(写真提供:くら寿司)

たしかに、最近はどの回転寿司チェーンでも、「回らない寿司店」にあるような「高級ネタ」が並ぶようになった。くら寿司の場合、辻さんが入社した20年前は全メニューで約40種だったが、今では約160種に増加した。まさにレストラン並みの数だ。

この品揃えの充実は、滞在を長時間にする変化ももたらしている。

ゲストがメニューを選ぶ時間が増えると共に、「帰りにスイーツを買って帰る」「お茶をする」といった需要も取り込んでいるためだ。


甘さ控えめで大人にもファンの多い「チョコケーキ」(写真提供:くら寿司)

くら寿司も、生ズワイガニをはじめ、丼物や麺類、さらにはソフトクリームやたい焼きまで、幅広いメニューを展開。「すべてがくら寿司内で完結する」体制を目指し、客単価を上げる取り組みを進めている。

「プレゼントシステム」も、こういった背景があるからこそ生まれたものだった。「かつて、気軽に楽しめる存在だった回転寿司は、今や子どもの誕生日や記念日など、ハレの日需要をも満たすポテンシャルを持つ存在になっています」と辻さんは話す。

ゲストの利用シーンやニーズが変わるなかで、これまでにないサービスの導入が求められた結果だ。ただし、これまで通り「気軽に楽しめる」回転寿司ならではのニーズも取りこぼさない店づくりを心がけているという。


口どけなめらかなマスカルポーネムースが魅力の「イタリアンティラミス」(写真提供:くら寿司)

都市部とロードサイド、2つの店舗戦略

一方で、出店戦略にも大きな変化が起きている。かつてはロードサイドが中心だったが、コロナ禍で都市部の優良物件が空き、都会人のニーズも高まったため、積極的に都市部への出店を進めているのだ。

これに伴って2022年、全店均一価格も廃止。地価やエリアの特性などを反映した店舗ごとの価格設定に変更した。都市部の店舗は家賃や人件費が高い傾向があるので、同じネタでも価格を高く設定したのだ。

ロードサイドと都市部では客層が異なるため、この形が成立しているという。ロードサイドのベーシックな店舗はファミリーや夫婦連れ、年配客がメインだが、都市部では幅広い層が来店する。

地元にくら寿司がないからと買い物ついでに立ち寄るゲストや、インバウンドも多い。そういうゲストは価格よりも、利便性や体験を重視する傾向が強いのだ。


ロードサイドにあるベーシックな店舗、くら寿司 高松六条店(写真提供:くら寿司)

海外における「回転寿司」の位置づけ

時代と共に変化する回転寿司業界とくら寿司。くら寿司は2019年10月、以後の10年間を「第二の創業期」と位置づけ、2030年の目標として売上高3600億円、世界1100店舗を掲げている。

新型コロナの流行時期を経てなお、その目標は下方修正していない。2024年10月期の決算では、純利益が前年の8億6300万円から32億2600万円と約4倍に。コロナ禍の打撃から急激に回復を遂げたことを印象付けた。


店入口に設置された自動案内受付機(写真提供:くら寿司)

ただし物価高騰の今、「贅沢品である外食は一番に切り捨てられるもの」という危機感も強い。だからこそ「プレゼントシステム」のような、レジャー感覚で足を運んでもらえるきっかけづくりがキーとなっているそうだ。

また、2030年に向けた目標では、海外店舗を400軒に増やすことも掲げている。

現在は中国・上海に3軒、台湾に59軒、アメリカで70軒を経営。それらの国では、日本で回転寿司が広まったときのように「寿司が高速で流れる」「ベルトコンベアで回ってくる」という仕組み自体が「カルチャー」として喜ばれているそうだ。ゲストには、「回転寿司は流れているお寿司をとらないとダメでしょ。私は注文は一切しない」という人もいるのだとか。


アメリカ・カリフォルニア州にある、くら寿司 シャーマンオークス店(写真提供:くら寿司)

メニューやサービスについては、アジアは基本同じだが、アメリカではローカライズを進めているという。ロール寿司を増やしたり、テーブル会計やチップの文化は現地に倣ったりと、文化的な違いに柔軟に対応している。

米国進出で、くら寿司だけが成功している理由

ちなみに、2009年から進出したアメリカでは現状、くら寿司だけが回転寿司店として成功を収めている。

理由は、アメリカが多民族国家であり、州をまたぐと「国が変わる」レベルで文化が異なることにあるそうだ。つまり、認知に時間がかかるのだ。ニューヨークやロサンゼルスで回転寿司が知られていても、「まったく回転寿司になじみがない」州も多い。そのためくら寿司も、黒字化までに8年を要した。

しかし、同業他社がいつ追随してくるかはわからない。「主要都市に集中して出店して、ビール=サッポロと認識されているように、回転寿司=くら寿司といった存在まで根付かせたい」と辻さん。

そのためには、認知を広げることが何よりも重要だと考えている。インバウンドに向けた「グローバル旗艦店」も国内に開業しており、まずは日本で利用して品質や味を認知し、自国での来店動機につなげてもらおうという計画も遂行している。


インバウンド向けに開店した、くら寿司 グローバル旗艦店 浅草ROX(写真提供:くら寿司)

「プレゼントシステム」も、海外のSNSでシェアして認知を広げてもらいたいと、英語で注文できるシートを準備しているそうだ。数は少ないが、サービスを面白がってオーダーするインバウンドも登場している。

「イッツ・ア・スモールワールド」の寿司版を

くら寿司は、2025年4月からはじまる「2025大阪・関西万博」に出店する。

「回転ベルトは、世界を一つに。」をテーマに、参加国のうち70カ国の料理を再現した皿を、「寿司と世界の料理が手をつないだ」ロゴ入りポップと寿司と一緒に回転レーンで回すという。「イッツ・ア・スモールワールドの寿司版を想像していただけるとわかりやすいかもしれません」と辻さん。


「2025大阪・関西万博」のレーンのイメージ。70カ国の料理を再現した皿が寿司と一緒に回る(写真提供:くら寿司)

実は国内で回転寿司が広がったのは、1970年の大阪万博会場周辺のモノレール駅前に、回転寿司の元祖 元禄寿司が出店したのがきっかけと言われている。

「2度目の今回は、世界に注目してもらえるチャンス。スシローさんも出店するので、前回万博から55年経った、回転寿司の進化とポテンシャルを示したいですね。さまざまな料理が提供できる、“回るエンターテインメント”であることを世界の人に見てもらいたい」


万博で提供する各国メニューは2月7日からひと皿ずつ、くら寿司各店で提供されている(写真提供:くら寿司)

万博で認知が広がれば、海外出店は一層スムーズになるに違いない。全世界に店舗を広げる大きな一歩を、今まさに踏み出そうとしているのだ。

【もっと読む】くら寿司「1000円ホールケーキ」一体なにが凄いか 「あえてのアナログ」が示す、くら寿司の深い戦略 では、プレゼントシステムをあえてアナログに演出したくら寿司の深い戦略について、ライターの笹間聖子さんが取材、詳しくお伝えしてる。

(笹間 聖子 : フリーライター・編集者)