西成「家賃2万7千円」ほぼ廃墟ハウスに住んだ結果
大阪・西成で激安の部屋を借りた筆者。そこで見た驚きの光景の数々をご紹介します(筆者撮影)/配信先では写真が一部しか見られません。本サイト(東洋経済オンライン)からご覧ください
かつては日雇い労働者の街として栄え、現在では日本でもっとも生活保護受給率が高いことで知られる、西成区のあいりん地区。「福祉の街」として取り上げられることも多く、日本の社会が抱える問題の一端を示す場所でもありますが、現在では外国人も多く住むなど、変化が生じつつあるようです。
村田らむさんの西成居住ルポ、前編です。
男52歳、西成での物件探し
僕の自宅は東京にあるのだが、ここ数年は大阪への出張が多い。トークライブ出演やインタビュー取材など、毎月のように足を運んでいる。
宿泊費はなるべく安くおさえたいので、西成のドヤ(簡易宿泊施設)によく泊まっていた。だいたい1500〜3000円くらいが相場だった。
コロナが収束してインバウンドが増えてきたあたりから、ドヤの値段もやや値上がりしてきた。2畳でトイレ風呂共同の部屋に5000円以上取られるとつらい。
値上がりしただけならまだいいが、そもそも部屋を押さえるのも結構大変になってきていた。毎月、宿泊予約サイトで予約するのはかなりめんどくさい。
当たり前だがホテルだとチェックイン、チェックアウトがあるし、急に1泊伸ばしたりなどもできない。着替えなどの荷物を置いておくこともできない。
というわけで、大阪に家を借りようかと考えた。
知り合いに大阪の不動産屋さんを紹介してもらい、西成の物件を数件見せてもらった。東京に比べて、大阪の家賃はとても安かった。西成のランドマークである『あいりん労働福祉センター』(そろそろ取り壊されるとの噂アリ)のすぐそばにあるマンションは1階のオートロックに加えて管理人室があり、12畳のワンルーム+風呂トイレという至れり尽くせりでなんと4万5000円だった。
その次に見た物件も同じような価格帯で、どっちにするか迷うような好物件だった。
廃墟のようなシェアハウス
そして、最後の物件に進むのだが、不動産屋さんははにかんで笑って、
「次の物件はちょっと特殊でして。ネタとして見てもらえれば……」
と言う。
動物園前駅から徒歩2分と交通の便はすこぶる良い場所にその物件はあった。
裏通りに現れた建物を見て、一瞬、
「え……廃墟?」
と思ってしまった。
1階部分は元々ベトナム料理店だったらしいが、潰れていたからだ。建物自体は、2軒の建物が無理やり接合したような歪な形をしている。古い建物なのは間違いないが、どこかしゃれた雰囲気を感じる。
「ここはシェアハウスなんですよ。今は日本人は一人も住んでいません。全員ベトナム人です」
恐る恐る玄関を開けると、共用スペースなのだがでかい米粉の袋がいくつも積まれていた。1階のレストランは潰れたが、隣にベトナム料理店があり、そこの物置になっているらしい。共用スペースはそこそこの広さがあった。ソファや冷蔵庫などが置いてある。
廊下の壁には壁紙の代わりなのか、古いスポーツ新聞が貼られていた。見てみると、
『桃井かおりが30歳で一人暮らしをはじめた』
みたいな記事が載っている。ちなみに桃井かおりは今年73歳だ。
「ここ住んでみたい!!」と即決
そして2階へ続く階段が、おそろしく急だった。階段というよりほとんどハシゴだった。
なぜか、このハシゴのような階段を見たときに、「ここ住んでみたい!!」と思ってしまったのである。
2階へ進むといきなりシャワールームやトイレがあった。ドアには、
『This is the door』
と書かれている。ドアは説明しなくても、万国共通でドアじゃないの?と思う。
共用スペースにはベトナム語の名前が書かれた冷蔵庫が適当に置かれていた。
2階からはさらにハシゴのような階段が上に伸びていた。登ると屋上に出た。洗濯機が並んでいて、ロープが張られて洗濯物がかかっていた。
西成を一望……とはいかないが、古い天井やら、隣のドヤやらが見えてとてもいい雰囲気だった。
空き部屋をのぞいてみると、一見きれいだった。畳敷きの上にスポンジマットが敷かれている。壁は白いペンキで塗り倒して、強引に清潔感を出している。もちろん“感”なだけなので、よく見れば全然きれいではなく、小さい虫がチョロチョロと歩いていた。
後日、
「借りたいです」
と不動産屋さんに伝えると、
「本気ですか?」
「大丈夫ですか?」
と何度も聞かれた。
大丈夫ですと答えると、資料が送られてきた。
家賃は2万円から3万8000円まで14部屋あった。3万8000円の部屋は2人で入居ができると書かれていた。
一番安い2万円の部屋は借りられていたので、次に安い2万3000円の部屋にした。管理費と水道代(固定)を足して、2万7000円だ。
西成に住んでみてわかったこと
生活するに当たって、不動産屋さんに、
「ゴミの分別はどんな感じですか? 何曜日が生ゴミ、燃えないゴミとかありますか?」
と聞くと、にっこり笑って、
「西成にはそういうゴミの分別とかないんです!!」
と答えられた。パラダイスじゃないか……と思った。
実際にはゴミの分別はあるらしいのだが、どこにも張り紙などがないし、全員適当に出している。
ただ出されたゴミは、ホームレス的な人や廃品業者が勝手に欲しいものを拾っていくので結果的にやや分別される。
西成に住んでみてわかったのは、
「西成はおそろしく交通の便が良い」
ということだった。
電車の駅だけで、動物園前駅、JR新今宮駅、萩ノ茶屋駅、新今宮駅前停留場(南霞町停留場)とたくさんある。
路線で言えば、御堂筋線、堺筋線、大阪環状線、大和路線、和歌山線、阪和線、関西空港線、高野線、南海本線、阪堺線……と数え切れないくらい多い。
どこに行くのも便利な場所だ。
それは観光客にとっても同じで、関西空港、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン、伏見稲荷大社、など人気の名所に行きやすい。
安い宿が密集している西成はインバウンドの外国人には人気で、つねにさまざまな国の外国人が歩いている。
生活に必要な、コインランドリーや銭湯なども西成にはたくさんあるので問題ない。
「お薬屋さんの通り」と呼ばれる場所
「西成も最近は大人しくなったよ。きれいになったし」
などという人が多いが、実際に住んでみるとそんなこともないな〜と思う。
まず、シェアハウスのある場所は『お薬屋さんの通り』と呼ばれていた。薬局が林立している通り……ではない。
覚醒剤の売人がよく立つ場所だった。コロナの時期は品薄だったらしいが、最近になって大量の覚醒剤が入ってきたらしい。家の前で警察が捕物をしていることも珍しくない。
西成の商店街には、
『居酒屋で覚醒剤を売るな!!』
という張り紙が貼られている。黄色地に緑色の文字というとても目立つ配色だ。
めちゃくちゃ目立つので気になっていたが、この看板を出している地主さんに話を聞くことができた。
「持ってる物件を居酒屋として貸したら、店の中でシャブの取引をやられた。その場でシャブを渡すわけではなく、金を渡すと代わりにメモを渡される。メモには、
『●●駐車場に停まっている、赤色の●●の下』
などと書いてあって、車の下を調べると覚醒剤が置いてあるというシステム。出ていけと言っても出ていかないから、持ってる空き物件に、
『居酒屋で覚醒剤を売るな!!』
と看板を出した。結局出て行かせるのに3年かかって大変だった」
とのこと。
やっと出ていったと思って店内を見たら、2階がぐちゃぐちゃの土まみれになっていたという。どうやら2階では大麻を栽培していたらしい。
西成は全然、大人しくなってない
『西成の火事』のニュースが報道されることもしばしばある。実際に火事の現場を歩いてみて驚いた。ここ数年で起きた死亡事故のある火災現場6軒が、全部シェアハウスから歩いて数分の場所にあった。ここまで火事が多い地域も珍しいだろう。
ちなみに先程の地主に話を聞くと、
「組に鉄火場(裏ギャンブル場)として貸していたんだけど、爆破されたわ」
とサラッと言った。
このご時世に爆破である。
頭がクラクラとしてきた。
知り合った人たちに話を聞いていると、
「あそこは●●組の事務所や」
「そこは3人の心中があった物件や」
などと街の解像度が上がっていく。
結果的に、
「全然、大人しくなってないじゃんか!!」
となった。
貴重品は家に置いておけない
住み始めて数日後、部屋に帰ってくると、ドアが開けっ放しになっていた。
「ギャア!!」
と叫んで慌てて中に入る。
室内にはノートパソコンなどが置きっ放しになっていたからだ。慌てて中に入ると、荷物はそのまま健在だった。どうやら、管理人が空き部屋と勘違いして換気のためにドアを開けたらしい。
……いや開けたとて、中に荷物があるんだから、開けても閉めろよ!!とは思う。
そもそも、鍵が貧弱なのだ。開けようと思ったら、ガラスを割って手を突っ込めば開けられる。というか力いっぱい引いたら、鍵がぶち壊れるかもしれない。
ちなみに部屋には家の外に向けた窓がない。つまり陽光が一切入ってこない。いかにも辛気臭いが、これはわざとだ。
部屋の外は西成なのだ。窓とか開けていたら、何を放り込まれるかわからない。火事の現場も、窓から火を放り込まれて大火事になった物件もあった。
大阪に部屋を借りたのは、荷物を置いておくため、というのがあったが、『貴重品は家に置いておけない』という大デメリットが発生してしまった。
結局、それ以来外に行くたびに、リュックに荷物を詰め込んで出かけている。
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(村田 らむ : ライター、漫画家、カメラマン、イラストレーター)