JR東日本は2024年12月に大規模なSuica刷新計画を発表している(筆者撮影)

首都圏では「Suica」など交通系ICカードが普及し、紙の切符を買う機会はめっきり減った。一方、私鉄や地方の交通事業者はクレジットカードによるタッチ決済やQRコードを読み取るタイプの乗車システムを推し進めている。

そんな状況下、JR東日本は「Suica Renaissance」と銘打った10年計画を打ち出し、従来のSuicaの枠組みを超えるサービスを次々と投入する方針を示した。交通と決済の融合を進め、スマートフォンや新技術を活用したチケットレス利用から地域活性化までを視野に入れている。

交通系ICカードの先端を走るSuicaだが、これからどのような進化を遂げるのか。私鉄や地方交通が別のアプローチで進める新決済との“共存”はどのような形になるのか。その最前線を追ってみた。

新生Suicaが描く未来

2025年3月、訪日外国人を対象にした「Welcome Suica Mobile」(iOS版)が本格稼働する。あらかじめアプリをダウンロードし、海外発行のクレジットカードでチャージしておけば、成田や羽田に到着したその瞬間からSuicaを利用できる仕組みだ。

現行の「Welcome Suica」は物理カード発行のため返却時の煩わしさがあったが、モバイル対応ならカード購入の手続き不要で手軽に使い始められる。

同年秋には新幹線eチケットと在来線特急のチケットレスサービスが一本化され、アプリ内で新幹線も在来線特急もシームレスに予約・決済が完結する。これまで別々に操作する必要があったサービスがようやく1つにまとまるわけだ。

2026年秋にはモバイルSuicaアプリが大規模な機能拡充を迎える。2万円超の買い物にも対応するコード決済機能と、友人や家族間でSuica残高を送受信できる機能などが追加される予定だ。

Suica電子マネーは(店頭などで)数千円程度の決済シーンが多かったが、より高額な買い物にも対応する」とJR東日本は説明する。法令上の制約などを踏まえた上限は今後正式に定める方針だ。

Suicaが単なる交通系ICカードの域を超え、汎用的なスマホ決済サービスとして再定義されることになりそうだ。

2027年春には首都圏(長野含む)・仙台・新潟・盛岡・青森・秋田エリアがすべて統合され、1枚(あるいは1つのアプリ)のSuicaで大きな範囲を乗り継げるようになる。常磐線でいえば、上野〜仙台間を通しで利用しても分割が生じず、一貫してSuicaで行けるわけだ。

それ加えて、Suica未導入エリアや無人駅などでは、スマートフォンの画面提示だけで改札を通過できる「スマホ定期券」が始まる。GPSなど位置情報を活用し、改札機がない駅でも入出場記録を取る仕組みを検討中だ。地方や利用客数の少ない路線で磁気券やICカード機器を整備するよりも、はるかに低コストで済む。

サブスクリプション・プランも登場

2028年度には新「Suicaアプリ」でセンターサーバー管理型の鉄道チケットがスタートする。注目は月額3000円で自宅最寄駅の運賃が半額になるというサブスクリプション・プランだ。使い方や時間帯に応じて運賃を自動割引し、駅ナカの買い物やイベントとも連動した特典を提供する構想が盛り込まれている。

さらに10年以内には「ウォークスルー改札」と呼ばれる、カードやスマホをかざす必要さえない改札システムの導入を視野に入れている。「具体的な技術はまだ検討段階」としており、過去に実証実験で取り上げられたミリ波やNFCチップなどをどう組み合わせるか模索中している状態だ。


Suicaの展望(JR東日本ニュースリリースより)

“分散型”から“クラウド型”への転換

こうした新サービスを支える要となるのが、改札システムの「センターサーバー化」(クラウド化)だ。従来、SuicaはICカードと改札機が入出場情報を書き込んで完結する“分散型”の仕組みを採用してきたが、新システムでは運賃計算や割引適用といった処理をサーバー側で一元管理する。改札機は利用者のIDを読み取るだけで済むため、新たな機能を追加しやすくなるのが利点だ。


センターサーバー方式でSuicaの制約を取り払おうとしている(JR東日本のニュースリリースより)

JR東日本は「2026年度末までに約5000台の改札機を取り換え、QRリーダーを搭載した新システムを整備する」と明かしている。2024年度下期には東北エリアからQRコード乗車券が導入され、えきねっとで予約した新幹線と在来線を一つのQRコードで完結できるサービスが順次広がる見通しだ。サーバーの冗長化やバックアップ体制を整備することで、通信障害時でも最低限の改札機能を維持できる設計としている。

またJR東日本を含む8社(京成電鉄、京浜急行電鉄、新京成電鉄、西武鉄道、東京モノレール、東武鉄道、北総鉄道)は、2024年5月29日に合同で「磁気乗車券からQR乗車券への置き換え」を発表した。

2026年度末以降、順次QR乗車券を導入し、紙チケットを出改札機器へ投入する方式をQRコードをかざす非接触方式に移行するのが狙いだ。さらに、8社共用の管理サーバーでQR乗車券情報を一括して扱い、各社をまたぐ乗車券の発券を可能にするという。

金属を含む磁気券から環境負荷の少ない用紙へ移行する狙いや、券詰まりなどのトラブル低減を見込む点でも、「サーバー管理に集約して新システムを維持しやすくする」というシステム更新もセンターサーバー化が前提として実現できるようになったことだ。

一方、「Suica=FeliCa」という構図は今後も変わらない見通しだ。FeliCaは朝夕のラッシュ時に膨大な乗降客が改札を通る際、極めて高速に読み取りを完了する能力がある。サーバー型に移行して新サービスを追加しやすくしても、FeliCa自体の高速性を損なわず運用できるのがJR東日本の大きな強みと言える。

私鉄各社はクレカタッチとQR導入を加速

Suicaの拡大に並行して、私鉄各社や地方事業者では別のアプローチも盛んだ。特に注目されるのがクレジットカードのタッチ決済(VisaやMastercardなど国際ブランドのコンタクトレス対応)とQRコード乗車券だ。

関西圏では今年の大阪・関西万博に向けて、南海電鉄や大阪メトロ、近鉄、阪急、阪神などが相次いでクレカタッチ決済を導入している。

首都圏でも東急電鉄や京王電鉄、都営地下鉄、京急、横浜市営地下鉄などが追随し、東京メトロや西武鉄道なども準備を進めている。

福岡市交通局では1日に約1万5000人がクレカタッチを利用し、その約27.5%が海外発行カードだったというデータも出ている。


福岡市地下鉄で導入されているクレジットカードによるタッチ決済対応改札機(筆者撮影)

訪日外国人にとっては、交通系ICカードを新規購入する手間やチャージの煩わしさがなく、持っているクレジットカードをそのままかざすだけで乗車できるメリットは非常に大きい。インバウンドの取り込みを重視する鉄道・バス事業者にとっては、魅力的な選択肢と言えそうだ。

QRコード乗車券も本格化しつつある。関西圏では「KANSAI MaaS」や「スルッとQRtto」が複数の私鉄路線をまたいだQR乗車券を提供する予定で、事前チャージ不要の手軽さが売りだ。

地方では熊本市電が2025年度中に全国交通系ICカードを廃止し、クレカタッチとQR決済に完全移行する方針を打ち出した。ICカード機器更新には1台数百万円かかるのに対し、QRやクレカタッチなら3分の1以下の費用で済むケースもある。

このように私鉄や地方でタッチ決済が急速に広がる一方、JR東日本は「Suicaを軸にサービス拡張を図る」というスタンスを貫いている。

同社広報部は「SuicaやモバイルSuica、新幹線eチケットなどですでに一括利用の利便性を整えているため、当面はクレジットカードのタッチ決済を導入する予定はない」と明言する。

訪日外国人には「Welcome Suica」や「Welcome Suica Mobile」を拡張し、海外発行カードからのチャージをスムーズにしていくと説明する。Suicaという形で完結してもらうのが同社の強みという考えだ。

交通系決済の未来はどうなる?

JR東日本の新生Suica、私鉄各社のタッチ決済やQRコード乗車券――こうした動きが同時に進む背景には、磁気券や従来ICカードの保守コストや人手不足、インバウンド対応など、複数の課題が山積しているという現実がある。

それでも、「切符を買う」という行為が大きく減るのは確実な流れだろう。数年後には、「券売機で切符を買う」という文化が急速に廃れ、Suicaやクレジットカード、あるいはQRコードのいずれかをスマホやカードでかざすだけになるかもしれない。さらには、ウォークスルー改札が普及すれば、「何もかざさなくていい」時代が訪れる可能性もある。

こうした転換は、運賃収受の仕組みにとどまらず、“移動”そのものの概念を変えるかもしれない。たとえばサブスク型運賃やポイント還元、駅ビルや地元商店街との連動によるサービス展開など、クラウド化されたデータと決済基盤が連動することで、従来にはない利便性や料金体系が生み出されるだろう。

東京の通勤ラッシュを支えるFeliCaの高速処理は今後も活かされつつ、国際規格のタッチ決済やQRコードが併存していく日本の交通システム――10年後には、今とはまったく違う乗車風景が当たり前になっているかもしれない。

(石井 徹 : モバイル・ITライター)