戦争景気で高級車が飛ぶように売れるロシア 経済は「バブル」状態でもウクライナとの停戦を検討すべき理由
BRICSの課題は中身の充実
10月22日から24日、BRICSの首脳会談がロシア西部のカザンで開催された。ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカなどで構成されるBRICSは今年1月に4カ国が加わり、計9カ国に拡大。今回は拡大後、初の首脳会談だった。
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グテーレス国連事務総長や、NATO加盟国でありながらBRIC加盟に関心を示すトルコのエルドアン大統領などがロシアに集ったことは、ロシアがウクライナ問題によって国際社会から完全に孤立しているわけではないことを印象づける形となった。
また、数年にわたって緊張関係にあった中国とインドがこの場を利用して首脳会談を行い、関係改善に動き出したことも、首脳会談の成果の1つに数えられるだろう。
BRICS加盟に前向きな国を「パートナー国」として認定する制度も創設された。一部メデイアは「その数は13カ国に上る」と報じている。パートナー国の1つとされるインドネシアは24日、BRICS加盟の意向を正式に表明した。
「飛ぶ鳥を落とす」勢いのBRICSにとって、今後の課題は中身の充実だ。
BRICSのプレゼンスは高まる一方
23日に採択された「カザン宣言」では「加盟国間で穀物取引所を創設する」ことが提案された。ロシアが主導したと言われている。
BRICSは農産物分野で強みを持っている。ロシアの2022〜23年の小麦の輸出量は約4900万トンで世界1位、ブラジルは大豆とトウモロコシの輸出量で世界首位だ。ロシアが国際価格指標の形成に乗り出す背景には、自国産の農産物が安値で取引されている現状への不満がある。
ロシアが目標としているのは1960年に設立された石油輸出国機構(OPEC)だ。だが、産油国だけで構成するOPECとは違い、BRICSには中国など穀物の輸入国が含まれており、ロシアの農産物価格引き上げの試みは難航することが予想される。
BRICSはさらに米ドル支配の世界金融システムを回避して相互に貿易できるよう、共通の越境決済システムを構築することを宣言した。ブラジルのルラ大統領が積極的に発言しているが、その道筋はまったく描けていないのが実態だ。
中身の充実は容易でないものの、BRICSは今後も国際社会におけるプレゼンスを高める可能性は高いだろう。
ロシアで起きている「予想外のバブル」
BRICS首脳会談を成功させたロシアは、経済が相変わらず好調だ。国際通貨基金(IMF)は22日、ロシアの今年の実質経済成長率を前回(7月)予測から0.4ポイント上方修正し、3.6%とした。
軍事費を含む政府支出の急増などが引き金となって、ロシアの実質賃金は高騰している。
ロシア政府の試算によれば、ウクライナ侵攻後の実質賃金は14%近く上昇しており、ブルーカラー層でこの傾向が顕著だ。織工の平均月収は3年前の4倍となる1400ドル、長距離トラック運転手の平均月収も前年比で38%増加している(9月30日付クーリエ・ジャポン)。
懐が豊かになったことでロシア人はお金を湯水のように使うようになった。ロシア政府は、財・サービスの消費がウクライナ侵攻後に約25%伸びたとみている。高級自動車は飛ぶように売れ、住宅価格もうなぎ上りだ。西側諸国の厳しい制裁にもかかわらず、ロシアで「予想外のバブル」が起きている。
悩みの種は深刻な人手不足
ITなどテクノロジー業界も我が世の春を謳歌している。ロシア国営タス通信によれば、首都モスクワで活動するIT企業に対する昨年の投資額は735億ドル(約11兆円)に上り、今年に入っても増加傾向が続く。
西側諸国の制裁のせいで海外送金が妨げられたオリガルヒ(新興財閥)が国内に投資を振り向けていることが関係している。多額の資金が注ぎ込まれたおかげで、ロシアのIT産業は短期間で大きな進歩を遂げ、今や世界屈指の水準に達した。
絶好調に見えるロシア経済だが、暗い影は忍び寄っている。悩みの種は深刻な人手不足だ。ロシアの8月の失業率は2.4%と、ソビエト連邦崩壊以降で最低を記録した。
このため、労働市場における学生への依存が高まっており、鉄道建設や農業の分野で学生を組織的に動員する案が浮上している(10月9日付日本経済新聞)。
労働力の制約が顕在化していることから、前述の通りIMFは今年の経済成長率予測を前回(7月)から上方修正したものの、来年については0.2ポイント下方修正し、1.5%とした。
ロシアのインフレリスクは高まるばかり
危惧すべきはインフレが高進していることだ。
9月のインフレ率は前年比8.6%増と高止まっている。4%のインフレ目標を大幅に上回っていることから、ロシア中央銀行は25日、政策金利を2%引き上げて21%にすることを決定した。2003年以降で最も高い水準だ。
「現在のロシアは第1次世界大戦中の状況を彷彿とさせる」との指摘も出ている(10月22日付Forbes JAPAN)。当時のロシア帝国も開戦当初は戦争景気に潤ったが、その後、戦死者の急増などが災いして深刻なインフレが起きた。このことが国民の憤りを招き、革命が起こった結果、滅亡した。
「現在のロシアが100年前と同様の経緯を辿る」と断言するつもりはないが、ウクライナとの戦争が長期化すれば、ロシアのインフレリスクは高まるばかりだ。政情不安を回避するため、ロシアはウクライナとの停戦を真剣に検討すべきではないだろうか。
藤和彦
経済産業研究所コンサルティングフェロー。経歴は1960年名古屋生まれ、1984年通商産業省(現・経済産業省)入省、2003年から内閣官房に出向(内閣情報調査室内閣情報分析官)。
デイリー新潮編集部