「三体はやりすぎた」「消えた33億円はどこへ」…!世界的大ヒットSF小説の担当編集者「逮捕」のウラで蠢いていた「マネロン請負人」
中国共産党の四川省規律検査委員会は10月23日、大ヒットSF小説『三体』の編集者として知られる姚海軍氏(58歳)を重大な規律違反と違法行為の疑いで調査していると発表した。現在、同省科学技術部紀律検査監督委員会紀律検査監督班が、姚氏の取り調べを行っているという。
拘束された中国SF界の名伯楽
そもそもSF小説『三体』とは、中国の作家・劉慈欣によるSF長編シリーズで、全世界累計発行部数は3000万部以上、20ヵ国以上の言語で翻訳されている世界的ベストセラー。アジア圏の翻訳作品として2015年「SF界のノーベル賞」とも形容されるヒューゴー賞長篇部門にも輝いている。
日本でも2019年に日本語版が刊行され、SF小説のファンはもとより、中国ファンも取り込み、三部作シリーズ売り上げ合計100万部を超えるベストセラーとして記憶に新しい。
そのあらすじを駆け足で紹介すると――。
物語は、文化大革命の時代、ある物理学者が偶然にも地球外文明「三体人」と接触するところから始まる。三体人は、地球から4光年ほど離れた恒星系「三体星」に住む知的生命体で、彼らの星は三つの太陽の周りを不規則に公転しており、極端な環境変動に苦しんでいた。
三体星系は「カオス」と呼ばれる不安定な気候変動のため、文明が発展しても何度もリセットされるような運命にあった。地球と異なる環境に悩む彼らは、新たな居住地を求め、地球侵略を決意する。そこで地球の科学者たちが参加する秘密組織が結成され、三体文明の到来に協力する。その一方で、地球防衛のためのレジスタンス運動も起こる。
三体人の脅威が増していくなかで、科学技術や哲学、倫理、信仰、そして人間性について深く掘り下げられていく。そうした緊迫した状況で、どのように地球が対抗していくかが描かれていく――。
失脚した姚氏は、この『三体』が書籍として刊行された際の担当編集者であり、中国SF界を牽引してきた人物である。中国語圏における最も権威あるSF文学賞・華語星雲賞の創始者の一人でもあり、2018年12月からは科幻世界雑誌社有限公司の董事(取締役)を務めていた。
純国産ブランド誕生に嬉々とした中国政府
話題は逸れるが、読者諸兄は“中国ブランド”と聞いたとき、何が思い浮かぶだろうか?
テクノロジーと通信なら『Huawei(華為)』『Xiaomi(小米)』『Lenovo(聯想)』『DJI』、電子商取引サービスなら『Alibaba(阿里巴巴)』『Tencent(騰訊)』、自動車なら『BYD(比亜迪)』『NIO(蔚来)』『Geely(吉利)』、ファッションなら『Li-Ning(李寧)』『Anta(安踏)』、家電なら『Haier(海爾)』『Midea(美的)』『Gree(格力)』といったところだろう。
各ブランド、それぞれ中国国内市場にとどまらず世界市場でシェアを伸ばしながら、知名度を増してきているが、堂々と胸を張っていいはずの中国人はそうしない。その理由は、 北京の経済紙記者によると「自国ブランドの“オリジナル”はすべて海外にあるのを知っているから」だという。
「中国は長期戦略の一環で改革開放政策で外資系企業を誘い入れ、民間企業に生産技術を盗ませ、国内需要を餌にマーケティング技術を吸収させた。ああいう芸当が許されたのは、政府の後押しがあったからです。
今や、あのジャック・マー(元Alibaba創業者)さえお役御免とばかりにCEOの座を追われました。中国が世界に誇るブランドなんて、一皮むけば、政府に“接収”された国策企業にすぎません」(前出・経済紙記者)
ところが、である。『三体』は違う。中国人の作家と編集者によって紡がれた世界に誇る純国産作品である。しかも「SF界のノーベル賞」のお墨付きだ。
中国政府の介入は早かった。即座にアニメシリーズの制作にとりかかり、大手動画共有プラットフォーム『bilibili(ビリビリ)』は準備から制作まで4年かけ「制作費1.5億元(日本円で28.5億円)」(同)を注ぎ込み、2022年の公開にこじつけた。
2023年にTencent(騰訊)が製作した実写ドラマの推定制作費は、「約2.5億元(約50億円)。原作の持つ壮大なスケールを忠実に映像化するための特撮技術やVFX、さらに豪華な俳優陣やスタッフを導入。いずれもSFファンから支持を獲得し、国家の威信を賭けたプロジェクトとして成功させたのです」(同)
消えた33億円の穴埋めか
今年4月3日、中国共産党中央委員会傘下の人民網日本語版に〈中国IPの海外進出がもたらす新たなビジネスチャンス〉という見出しが踊っている。
「IP」とは、「Intellectual Property(知的財産)」の略で、キャラクターや物語、デザイン、発明、商標など、法律で保護される無形の資産を指す。とくにエンターテインメント業界では、漫画やアニメ、映画、ゲームのキャラクターや世界観も「IP」と呼ばれ、これらを活用した商品やサービスの開発・販売が進められている。
もちろん『三体』もすでに様々なメディアで展開されており、多角的なビジネスを展開していた。
前出した人民網の記事は、配信10日目を迎えたNetflix版「三体」の視聴者数は累計1100万人を超えたことを報じている。再生回数が93ヵ国・地域でトップ10入り、1話あたりの平均予算が2000万米ドル(約30億円)、全8話で240億円で「Netflixにおいて史上最高額のプロジェクトの一つ」と謳っている。
姚氏の規律違反と違法行為について、海外企業との交渉過程を知る香港中央紙編集幹部に話を聞いた。
「三体はやりすぎました。現場の編集者にすぎない人物(姚氏)を、国営出版社の董事(取締役)にしたのが失敗です。
じつは四川省政府の肝いりで2017年から映画化が進められていたのです。ところが、その製作費2億元(約33億円)の一部がどこか消えてしまっていた。それからです。姚氏の代理人を名乗る人物が何人も香港に訪れるようになったのは。消えた公金の穴埋めに右往左往するのは、中国では日常茶飯事です。彼らはIPにまつわるあらゆる権利を香港で高値で売ろうとしていました」
そう語る香港中央紙幹部が知るかぎり、以下のような権利に数億〜数十億円単位の価格がついていたという。
・ 映像化権(映画化権・テレビ化権)
・ ゲーム化権
・ 出版権
・ 舞台化権
・ 音楽化権
・ キャラクター使用権
・ デジタル配信権
・ 商品化権
・ プロモーション権
・ NFT化・メタバース権
「正直、歴史が浅いIPにしては強気な値付けでした。収益化以上にブランドイメージの保護も大切なのに、価格だけが独り歩きしていました。
もっと危ないと思ったのは、IPを買い取った外国企業のプロジェクトに対して、自分たちも投資をさせるよう要求していたのです。その話を聞いたとき、もうこれはIPビジネスの枠を超えているとピンときました。人民元の海外送金、つまり洗銭(マネーロンダリング)です」(前出・香港中央紙幹部)
「文学や芸術は市場の奴隷になってはならない」
日本でも『三体』ブームの立役者・姚氏の拘束は、驚きをもって捉えられている
Netflix板における最初の文化大革命シーンで、主人公の父親が公開批判され、聴衆の眼の前で紅衛兵に殺される描写が問題視されたという指摘も多い。国際的な著名作家になった劉慈欣の身を案じる声も少なくない。
「表現の自由に当局が立ち入ったとか、姚氏が過去にSNS上で中国共産党を批判する投稿をしたとか、さまざまな憶測があります。でもそれらは表向きの理由にすぎません。商業的に成功した三体の“IP利権”を関係者が上手に捌きれなかっただけです。
今年6月に開催された第26回上海国際映画祭で行われたフォーラムで、中国映画界の大御所チャン・イーモウが、お蔵入りになっている映画化に挑むことが発表されています。利権はしっかり存続しているわけです。
となると、姚氏とその取り巻きが身分不相応な金儲けに加担してしくじったか、あるいは内輪もめを起こした可能性が高いです。彼らを利用してマネロンを企んだ習一派の政敵があぶり出されるかもしれません」(前出・香港中央紙幹部)
くしくも共産党政治理論誌『求是』は姚氏の事件をうけ、「文学や芸術は市場の奴隷になってはならない。金銭に汚染されてはならない」とする習近平国家主席の過去の発言を改めて報道している。
「中国ではどんなにすばらしい超越的な思想もぽとりと地に落ちてしまう。現実という重力が強すぎるんだ」
そんな『三体』の一節を彷彿させる展開になりそうだ。
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