第37回より「源氏物語」を清書する藤原行成(渡辺大知)
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 吉高由里子が紫式部(まひろ)役で主演を務める大河ドラマ「光る君へ」(NHK総合・日曜午後8時〜ほか)の後半戦の大きな見どころとなるのが、のちに1000年の時を超えるベストセラーとなる「源氏物語」の誕生秘話。本作では、題字揮毫(きごう)および書道指導を務める根本知(ねもと・さとし)の発案から、「源氏物語」の清書をした一人が藤原行成(渡辺大知)だったという解釈がなされ、根本がその理由を明かした。

 根本は、主人公まひろ、藤原道長(柄本佑)、清少納言(ファーストサマーウイカ)ら登場人物の書道指導のみならず、劇中に登場するさまざまな書物や和歌の書(作り物)を手掛けている。そのなかでも根本が「書の神様」とリスペクトするのが藤原行成だ。

 「助監督から“なんで行成だけこんなに遅いんですか?”と言われるぐらい、作り物の中で時間をかけているのが行成です。書くのは速い方なのですが、行成は別。行成案件を抱えている時には、ほかの依頼を受けずに集中するぐらいで。僕にとって行成は“書の神様”なのですが、行成の文字は行成(こうぜい)流と呼ばれて平安後期に大ブームになった。中でも僕が好きなのが『関戸本古今集 伝藤原行成』(※古筆切(古い書物の断片)の伝称筆者による文字)で、これをバイブルとして行成の文字を復元していきました。この書物から『あ』『に』など、さまざまなかなを抜き出してパズルのように組み合わせて草稿をたくさん作りました」

 第37回ではまひろが仕える彰子(見上愛)が、「源氏物語」を美しい冊子にして一条天皇(塩野瑛久)に献上することを母・倫子(黒木華)に提案。行成ら能書家が清書をする設定になっているが、これは史実にないことで、根本は意図をこう語る。

 「監督とも随分お話ししたのですが、どう考えても一条帝に献上する書は一番文字がうまい人が書くはずなんですよ。そうしたら行成しかいないなと。もう1つ提案させていただいたのが、『源氏物語』が流布してからの展開。『源氏物語』がいろんなところで書かれていくにあたって、制作陣からはおのおのの書風は変えてほしいという依頼をいただいたんです。でも、僕は“すべて行成の書風でいきたい”と。“行成が全部書けるはずがない”とも言われましたが、僕が主張した理由は行成が蔵人頭だったことにあります。いわば書記(天皇の秘書官)のトップで、行成は当時女性にモテてもいたし、彼にもらった和歌や手紙を見せびらかしたら誰かに取られちゃったっていう逸話があるぐらい人気があった。そんな人が上司になったら、彼の下で働く人たちは絶対に彼の書を学ぶはずだと。だから『源氏物語』を分担執筆したとしたら、みな行成の書風になっているだろうと仮定しました」

 第37回では「源氏物語」33帖が完成し、彰子が藤壺(後宮の殿舎のひとつ)に渡ってきた一条天皇に献上した。根本はこの豪華版の「源氏物語」の装丁、紙のほか、執筆シーンで登場するすずりなどの小道具にも携わっている。

 「一番こだわったのが装丁です。 糊でつけた粘葉装(和装本の装丁法の一種)なのか、糸で綴じた綴葉装なのか。書くだけではなく、そういったことをスタッフの方々と一緒に考えられるのもすごく楽しいです。難しいのが紙。表紙、中の紙は何を使うのか。実は雲紙も使っているんですけど、史実では装飾料紙(書に使われる用紙のうち装飾されたもの)が出てくるのはもっと後期なんです。ドラマの演出では雅なものにしていきたいということで、時代考証的にはNGなんだけど継紙(色や質の異なる紙を数種継ぎ合わせたもの)も取り入れたり。『源氏物語』の後半は一条帝に合わせて継紙ではなく、金銀の装飾料紙を入れています。ちなみに、『枕草子』は中国から伝わった唐紙を日本で作った設定にして、木版刷りは雲母を塗ったような印刷にしました」

 多くの人が待ち望んだであろう劇中の「源氏物語」に関する舞台裏エピソード。スタッフが一丸となり、世界に一つだけの豪華版が生まれた。(編集部・石井百合子)

根本知(ねもと・さとし)

 立正大学文学部特任講師。教鞭を執る傍ら、腕時計ブランド「Grand Seiko」への作品提供(2018)やニューヨークでの個展開催(2019)など多岐にわたって活動。無料WEB連載「ひとうたの茶席」(2020〜)では茶の湯へと繋がる和歌の思想について解説、および作品を制作。近著に「平安かな書道入門 古筆の見方と学び方」(2023)がある。