自動失職し、出直し選挙に出馬することを表明した兵庫県の斎藤知事(写真:時事通信)

パワハラ疑惑などの告発文書問題をめぐって県議会で不信任決議を受けた斎藤元彦兵庫県知事が9月26日、自動失職して出直し選挙に出馬することを表明した。29日までに県議会を解散するか辞職するかの選択肢もあったが、斎藤知事がいずれも選ばなかったため、30日付でその地位を失うことになった。

なぜか「グッドメモリー」の振り返りから

「3年前に知事に就任した。大きな県民の85万票という負託をいただいて。あの時、沿道にいる多くの方々が手を振っていただいて、『頑張れ』という声をいただいたのを、今でも記憶している」

26日の会見は、「グッドメモリー」から始まった。そしてコロナ対応、知事の給与退職金の削減、公用車「センチュリー」のリースの見直し、県庁整備の中止や65歳以上のOBの天下り、海外事務所の削減や箱もの廃止など「業績」を次々と挙げた後、斎藤知事は「これらには大きな反発があった。県議会もそうだが、職員からもあったと思う。その中でも行財政改革をしっかりやっていくということが、私に与えられた新しい県政のスタート」と述べている。

おそらく斎藤知事にとって、亡くなった元西播磨県民局長が3月に出した告発文書に始まる一連の問題は、「改革を進める私を貶める陰謀」なのだろう。告発を公益通報として扱わず、上智大学の奥山俊宏教授をして「独裁者が反対者を粛清するかのような構図だ」と言わしめた元局長に対する処分に対して「問題なし」の姿勢を始終貫き通し、道義的責任についても認めることはなかった。

兵庫県議会が9月19日に不信任案を決議した翌日から、斎藤知事は次々とテレビに出演し、自己弁護に終始した。不信任決議により斎藤知事には「議会解散」「辞職」「議会解散・辞職」「失職」の4つの選択肢が与えられたが、「失職」を選んだことも自己肯定と保身を意味している。「辞職」は自分の非を認めることになりかねず、「議会解散」ではさまざまな反発を招く恐れがあるからだ。

兵庫県議選は1995年1月に発生した阪神・淡路大震災の影響で投票日と任期に「ずれ」が生じていたが、関係者の努力で2023年4月の統一地方選でようやく解消されたという経緯がある。にもかかわらず県議会を解散すれば、また「ずれ」が発生しかねない。

解散を避けたのは「維新」のため?

そして何より斎藤知事が重視したのは、16億円かかるといわれる県議選の選挙費用の問題だろう。公用車をセンチュリーからアルファードに替えるなど「身を切る改革」をアピールしてきたにもかかわらず、県民に不要に多大な負担を強いることになるからだ。

またあえて県議会の解散を避けたのは、2023年4月の県議選で4議席から21議席に躍進した兵庫維新の会のためではなかったか。

維新は自民党とともに、2021年7月の兵庫県知事選で斎藤知事を推薦。投票日前日には、吉村洋文大阪府知事と松井一郎大阪市長(当時)が三宮駅前で応援演説を行った。そして一連の告発文書問題で維新は当初、百条委員会設置に反対した。維新が斎藤知事に最も近い政党であることは間違いない。

しかし世論はそれを許さなかった。8月25日に行われた箕面市長選では、維新の現職がダブルスコアに近い票差で惨敗した。維新を激震させたこの敗北は「箕面ショック」と名付けられ、その原因は隣県で発生している斎藤知事のパワハラ問題と見なされた。

だから兵庫維新の会は9月9日、斎藤知事に辞職と出なおし選挙を申し入れたのだ。すでに自民党やひょうご県民連合、公明党や共産党などが9月12日に辞職の申し入れを予定していたが、それに維新が先駆けたのは、それだけ「箕面ショック」が大きかったからだろう。しかしドミノは止まらなかった。9月22日に行われた大阪府議摂津市選挙区補選でも、維新の公認候補が敗北した。

このような状態で斎藤知事が県議会を解散すれば、維新は壊滅的な打撃を受ける。それにとどまらず、近く行われるとされる衆院選にも少なからず影響するはずだ。

維新は2021年の衆院選で11議席から41議席に躍進したが、この「告発文書問題」に加えて衆院京都4区では「スパイ疑惑」が発覚し、候補者が公認を辞退する騒動に発展した。また千葉県千葉市議会では請願偽造問題も発生し、党勢の衰えは著しい。

最大の問題は斎藤知事がその地位に執着していることだろう。だが、2021年の県知事選で斎藤知事が得た85万人の兵庫県民の負託は、2023年の県議選で選ばれた86名の県議全員による不信任で上書きされている。

また斎藤知事は、これまでのパワハラ体質を反省して「生まれ変わる」と言っているが、「兵庫県は今も違法状態」と専門家をして言わしめた公益通報に関する考えを改めようともしていない。

維新は独自候補を擁立する考え

斎藤知事が9月30日付に失職すると、それから50日以内に知事選が行われる。現在のところ斎藤知事を支援しようとする政党は皆無だが、ひょうご県民連合などは「他の政党も乗れる候補」として、稲村和美前尼崎市長の擁立に意欲的。独自候補擁立を目指す維新からは、朝日放送の元アナウンサーで、次期衆院選で兵庫8区に鞍替え予定の清水貴之参院議員の名前も挙がっている。

清水氏はその知名度に加え、兵庫県内で自動車販売や飲食店経営、アパレル事業など広く展開するジーライオングループの創始者である田畑利彦氏を岳父に持ち、菅義偉前首相の実弟・秀介氏が同社の役員を務めるという関係にある。

昨年行われた清水氏の結婚披露宴では、菅前首相や松井前大阪市長夫妻、西村康稔前経済産業相などが主賓テーブルを囲んだ。もし清水氏が出馬するなら、維新は斎藤知事を庇ってきた汚名から解放されるかもしれない。ただし今のところ、清水氏側から知事選に向けた積極的な話は伝わっていない。

9月27日の会見で、大阪維新の会代表を務める大阪府の吉村知事は、「(斎藤知事の)改革の実績、方向性は間違っていなかった」と断言した。維新流の「身を切る改革を続行せよ」ということだが、次の兵庫県知事は「兵庫県や県職員、県民をもぶった切る改革者」であってはならない。

(安積 明子 : ジャーナリスト)