Apple Watchが生活の質を高めるために欠かせない道具になっていくかもしれない(写真:アップル)

“大幅刷新”のApple Watch Series 10

毎年、この時期になると「今年のApple Watchは買いなの?」といった質問をよくされる。

この質問はなかなか難しい。なぜなら、Apple Watchは毎年秋になれば新モデルが登場し、ラインナップが刷新されることは明らかだ。

一方でApple Watchはすぐに陳腐化しないよう、計画的に開発されている。少し前のApple Watchでも最新OSが動作し、新しい価値が可能な限り受け取れるよう、ハードウェアの違いによる“乗り越えられない壁”を除き、機能を担保してくれる。

これは毎年のことであり、どのタイミングで買っても将来的な発展は、ある程度保障されていると言ってもいい。冒頭の問いに対する答えは「欲しい時が買い時だ」という、ありふれたものになってしまう。

とはいえ、大きなモデルチェンジの年を迎えることもある。今年、発表されたSeries 10も“大幅刷新”と言って間違いない。

Apple Watch Series 10は、このジャンルの製品を次のステージへと引き上げる新しいスタート地点になるはずだ。Apple Watchはアップル製品のポートフォリオの中でも、AirPodsに並んで売り上げが順調に増加しているジャンルでもある。

言い換えるなら、アップルにとっても今後の成長余力がさらに見込める製品だ。そして、Apple Watchは、ほかのスマートウォッチと異なりiPhoneとの組み合わせでしか利用できない。すなわち、アップルブランドの製品の価値を高めるうえでも、極めて重要なのだ。

ディスプレイと装着感の"要"となる要素を変更

アップルは過去において第3世代と第4世代の間に大幅な設計の変更、形状の刷新を行った。以降、第9世代までの間はメカニカルな設計はほぼ変更されず、Apple Watchの全体を覆う"高級ケース"市場を生み出した。

しかし、今回は形状が久々に変更された。従来は、ジルコニアで作られたバックケース、すなわち裏蓋を取り付ける方式だったが、センサー部の一体部品を除き、裏蓋全体をアルミとしたうえで、その接合部をプラスチック素材で埋める処理が施された。


これまでも薄型化されてきたが、Series 10では構造から見直された(写真:アップル)

この設計手法はiPhoneでも使われている。アンテナの埋め込みと金属ケースを薄いデザインで実現するための手法だ。アップルはこれにより1ミリの薄型化を可能にしたと話している。もちろんその言葉に嘘はないのだが、装着感の向上はもっと細かな設計の工夫によって行われていた。

まず、よく見るとストラップの取り付け溝が、以前はほぼ中央だったのが裏蓋により近い位置に移動している。これによりストラップと本体の接合部と手首の間の隙間が小さくなった。密着度が向上し体感的にも判別できる装着感の向上につながった。

無論、手首の上に装着して、1日を過ごしたときの1ミリの薄型化は決して小さなものではない。フィーリングの向上は明らかだ。

加えてステンレスを廃止し、チタンを採用したモデルが登場した。以前からチタンモデルは存在していたが、今回は特別なエディションではなく、ステンレスの置き換えとして通常モデルの中に組み込まれている点が異なる。

このチタンモデルは、丁寧に磨き上げたうえで、ダイヤモンドライクコーティングを施すことにより、深みのあるグロス仕上げも実現している。そのうえで、ステンレスからの変更により、より軽量なモデルに仕上がった。

およそ10年前、Apple Watchを最初に提供したとき、彼らは高級腕時計文化をリスペクトすることを示すため、18金ケースのモデルまで用意し、伝統工芸的な美しいグロス仕上げの技術を持つサプライヤーと契約し、18金はもちろん、ステンレスケースも磨かせた。

もちろんそうした仕上げを好む一定層もいるだろうが、10年を経て、アップルは本質を見直し、Apple Watchを求めるユーザーがどのような製品を望んでいるのかを、理解したということだと思う。

アップルは今年、低価格なアルミニウムモデルにもグロス仕上げのケースを用意した。


上位モデルと見間違えるほど美しいアルミのジェットブラック(写真:アップル)

ジェットブラックモデルでは、シリカナノ粒子を使用したケミカルポリッシュでの研磨を経て、微細な孔を表面に付けるマイクロパーフォ処理が行われる。そこに染色処理を施し、アルミの深い部分までブラックで染め上げたうえで、数段階の陽極酸化プロセスを経て、最後にDLCコーティングが施される。

その工程は全40段階に及ぶが、価格はリーズナブルに抑えられている。

本格的なAI技術の導入に向けて

この大幅刷新のタイミングで、将来を見据えた設計がいくつかある。

1つはディスプレイの拡大だ。ディスプレイの縦横比は、若干横方向が伸ばされたうえで、サイズも拡大された。

この違いは意外にも体感的に異なるもので、特にタッチ操作を伴うような操作では違いを大きく感じるはずだ。あるいは、ディスプレイサイズの拡大に伴い、従来よりも小さいサイズのApple Watchを選ぼうというトレンドも生まれるかもしれない。

ディスプレイの改良には、斜め方向から見たときの視野角が広がっているなど細かな点もあるが、Apple Watch Ultraの導入に伴って画面サイズの縦横比が自由になったことに伴い、Ultraではない通常のApple Watchもディスプレイの形状を見直したと考えるべきだろう。

つまり、アップルは、ここ数年にさかのぼった時点から、Apple Watchのソフトウェア開発環境を次の世代に移すべく準備を進めてきていたのだと思う。

例えば、今年の製品に採用されているシステムインパッケージ(SiP)のS10には、4コアのNeural Engine、すなわち推論エンジンが搭載されている。コア数だけで判断するのは危険だが、4コア化されたのは昨年のS9からで、ここでダブルタップという新しい操作性が加わった。

ほかにも推論エンジンが活躍するApple Watchの機能は決して少なくない。将来的にはApple Intelligenceの搭載も見据えているはずだ。

しかし、それまでの経過において、いくつかの機能追加が行われるだろう。今年導入されたのが睡眠時無呼吸症候群の診断機能。腕時計には日々の活動の状況や、細かな人体の動きなど、雑多な情報が集まってくる。センサーが増えたり、性能が上がれば、その情報はより膨大なものになっていく。

そして、AI技術が最も得意としているのが、そうした雑多な情報を集約し、そこに文脈を見つけていく推論や、正しい結果を学習する処理だ。スマートウォッチとAIは、本質的に相性がいい。

メディカル領域に踏み込んだ機能を提供

睡眠時無呼吸症候群の診断機能も、推論エンジンを用いて加速度センサーが検知している情報を複合的に判断し、中等症から重症までの睡眠時無呼吸症候群を警告するというものだ。


睡眠時無呼吸症候群の診断機能は、オプションから有効化する(写真:アップル)

睡眠時にApple Watchを装着しておくと、診断された際にユーザに警告が出され、ドクターに渡すためのレポートを出力できる。もちろん、実際に病院へ行ってドクターによる診断を受け、治療開始するかどうかは本人次第だ。

アップルによると、日本には睡眠時無呼吸症候群の患者は900万人ほどいると推定されているが、その80%以上が病院での治療を受けていないという。

睡眠時無呼吸症候群は、深刻な事態を招くこともあるうえ、日常生活の質も大きく下げることが知られている。筆者が診断を受けて、寛解するまでの間治療器を使って睡眠していたことが数年間あった。Apple Watchをきっかけに病院に足を運ぶ人が増えれば、社会全体としての健康の質は向上するに違いない。

特筆すべきは今回、厚生労働省の認可を受け、正式に診断を下す機能としてアナウンスされることが決まったことだ。まだ北米でも提供されていないが、年末までにFDA(食品医薬品局)の認可を受けて提供が開始予定で、それから時を置かずに日本でも提供される見込みだ。

すでに心電図の計測や、血中酸素濃度センサーの搭載、心房細動の検出など、ヘルスケアとメディカルの領域をつなぐための機能がApple Watchにはいくつも搭載されているが、日本での導入は年単位で遅れるのが通例だった。

それが今回、タイムラグなしで日本でも利用可能になったのは喜ばしいことだ。

日本を含む各国の保健当局とのコミュニケーション窓口が、これまでの経緯からクリアになったこともあるのだろうが、アップルが先導して、こうした認可を取り付けることによって、ライバル企業も類似する機能を搭載しやすくなる。

Apple Watchの次の10年

ビジネスの観点で、Apple Watchはアップルにとって極めて重要な製品であるのは冒頭でも述べた通りで、Apple Watchが生活の質を高めるために欠かせない道具になっていくほど、消費者はiPhoneから離れられなくなっていく。

Apple Watchは、iPhone、iPad、Macといったアップル製品の価値を高めてくれる意味で単体製品にとどまらない価値を出しているうえ、アップルのエコシステムを支える大きな要素になっている。

しかし、それだけではない。

アップルがフォーカスしているヘルスケアとメディカルの領域を結びつけ、常に身に着けているデバイスを通じたバイタル情報を活用し、ユーザーの健康と生命を守るコンセプトは、AIの発達によってさらに多くの領域に広がっていく。

そして、それはアップルだけにとどまるものではなく、iPhoneが世の中にある携帯電話を進化させたように、世の中にあるスマートウォッチ、ウェアラブル製品の数々が、Apple Watchの切り開いた道を道を行くことで、社会全体に前向きな影響を与える。

今後、アップルはApple Watchの中により強力な推論エンジンを組み込んでいくだろう。Apple Intelligenceが賢くなっていけば、Apple Watchの中とiPhoneの中、さらにその先にあるクラウドを結びつけた3レイヤーによるAI処理も可能になるだろう。


Apple Watchが登場してもうすぐ10年。Apple Intelligenceの登場で、その可能性はさらに広がっていくだろう(写真:アップル)

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)