長野県伊那市の市内循環バス「イーナちゃんバス」として導入された、カルサン社の小型ノンステップ電気バス「e-JEST」(筆者撮影)

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長野県伊那市の市内循環バス「イーナちゃんバス」として導入された、カルサン社の小型ノンステップ電気バス「e-JEST」(筆者撮影)

日本では持続可能な社会を目指し実現に向けたさまざまな活動が進められているが、地方公共団体においても同様の取り組みが行われている。住民が使用する電力の再生可能エネルギー化を目指したり、エネルギーの地産地消化を促進したりするのはその一例だ。

加えて、全国の市町村では業務で使用する車両(主に普通車)の電動化も進む。エンジン+モーターのHVモデルに加えて、二次バッテリーに蓄えた電力で走行するBEVモデルの導入もここ10年で増えてきた。

こうした流れを受け2024年8月、長野県伊那市が全国初の取り組みとして、住民の移動を確保する循環型バスにBEVである電気バスを導入した。

【写真】長野県伊那市と栃木県那須塩原市で導入されたトルコの商用車メーカー「カルサン社」の小型ノンステップ電気バス「e-JEST」とは?(80枚)

伊那市が導入したe-JESTとは

導入した電気バスは、トルコの商用車メーカーである「KARSAN/カルサン社」が設計および製造する小型ノンステップ電気バス「e-JEST/イージェスト」だ。現在、全国で活躍する国産のコミュニティバスよりも全長が短くて背も低く、取りまわしがしやすい(最小回転半径は6.9m)。さらにe-JESTはノンステップ(≒乗降部に段差がないので乗り降りしやすい)タイプでバリアフリー化が図られており、あわせてガラスエリアも広いので車内は明るく、開放的なことが特徴だ。

サイズは全長5900mm、全幅2120mm、全高2800mm。乗車定員は22名(固定10席+折りたたみ2席+立ち席)で最高速度は70km/h。搭載する二次バッテリーはリチウムイオンタイプで容量は88kWh。前輪駆動でモーター出力/トルクは184PS/290N・m。乗車定員を含めた車両総重量は5000kgだ。


「イーナちゃんバス」として導入されたe-JESTの外観(筆者撮影)

ちなみに駆動用モーターは、BMWのBEVとして2022年まで生産されていた「i3」と同タイプで、カルサン社ではBMWからライセンスを取得したうえでe-JEST用にセッティングを変更して搭載している。充電はAC(普通)/DC(チャデモ準拠)の両方式に対応しており、0%→80%までの充電時間は日本仕様のカタログによるとACで4時間(22kW)、DCでは65分(80kW)。

なお、カルサン社ではEVバスだけでなく、燃料電池バスの開発にも力を注ぐ。パワートレーンとなるFCスタックはトヨタ自動車の技術を用いることが2024年9月に公表された。

そのカルサン社と総販売代理店契約を結び、日本での販売業務を担うアルテック株式会社(東京・中央区)では、2023年2月に伊那市に対してe-JESTを提案。1年半後の2024年8月19日にe-JEST日本導入第1号車を伊那市へ納車した。

伊那市では長らくの間、市民の移動向けに市内循環バス「イーナちゃんバス」を3台体制で運行していた。車両にはディーゼルエンジンを搭載した小型バスを使用していたが、2024年にそのうちの1台が入れ替え時期となるためe-JESTが選ばれた。

EVバスに期待を寄せる伊那市


伊那市の市役所で開催されたEVバス出発式の様子(筆者撮影)


伊那市長の白鳥孝さん(筆者撮影)

同日、伊那市の市役所においてEVバス出発式が開催された。開催にあたり伊那市長である白鳥孝さんは、「地方公共団体の循環バスとしてのEVバスは全国初の試みです。周辺地域のEV化を促進したい、これが導入のきっかけでした。市民の移動時に発生していたCO2をEVバス導入により削減できるとして大いに期待しています」と語り、続けて「伊那市では2025年に一般家庭で使用する電力のうち53%を再生可能エネルギーにしようと取り組んでいます。小水力発電、薪ストーブやぺレットストーブなどを積極的に導入することで、すでに40%台まで達しました。EVバスはこうしたCO2削減に向けた取り組みと足並みを揃えるという意味でも期待しています」と伊那市の取り組みとe-JESTの関連を説明する。

e-JESTを用いた市内循環バスであるイーナちゃんバスの運行は、これまで同様、ジェイアールバス関東が担当する。

「我々は2019年4月からイーナちゃんバスの運行を担当しています。e-JESTは走行時のCO2排出がないという点で環境にやさしいわけですが、それだけでなくバリアフリー化/ノンステップ化を実現しており、さらに車いすの乗降時に活用するスロープが標準装備となっている点でも利便性が大きく向上しています。車両整備に関してはアルテックさんと連携を図りながら進めていきます」と語るのは、ジェイアールバス関東の代表取締役社長である小塙輶一さんだ。

車両の販売を行うアルテック社長の池谷寿繁さんは、「EVバスであるe-JESTの導入は、持続可能な都市交通の実現を目指す伊那市のビジョンに合致し市内の環境保護にも貢献します。クリーンで快適な移動手段であるとともに“伊那市から減らそうCO2”という伊那市のお考えにも当てはまります」と、伊那市のスローガンとe-JESTの特徴が合致することを強調した。


トルコから来日したカルサン社のリージョナルセールスマネージャー・ギョルケム・ジナさん(筆者撮影)

この出発式には、トルコから来日したカルサン社のリージョナルセールスマネージャーであるギョルケム・ジナさんも同席した。

「伊那市のe-JEST出発式に同席できて光栄です。今後長きにわたるパートナーシップのはじまりです。白鳥市長のフロンティアスピリットに感銘するとともに、e-JESTがクリーンな移動の手段としてだけでなく、持続可能社会へと繋がっていくと確信しています」と力強く述べた。

車両デザインは公募から採用


車両デザインを手がけたヤマシタタケシさんと、白鳥市長(筆者撮影)

伊那市に導入されたe-JESTの車両デザインは応募総数101点の中から、商業デザインを手がけているヤマシタタケシさんの案が採用された。大胆に白とピンクで塗り分けられ、乗員の乗降ドアのある車両左側(主にピンク色)と右側(主に白色)では非対称のデザインを用いるなど、自然豊かな伊那市の街並みとの親和性が高かった。

イーナちゃんバス仕様のe-JESTは2024年9月からすでに市内循環バスとして活躍している。

伊那市に続く第2弾として栃木県那須塩原市においてもe-JESTが市内循環バスに加わった。「eゆ〜バス」と名づけられたe-JESTは、CO2排出量実質ゼロを宣言する那須塩原市の意向に合致するとして導入された。

2024年9月1日、eゆ〜バスの出発式がJR那須塩原駅の駅前広場で開催された。開催にあたり那須塩原市長である渡辺美知太郎さんは、「那須塩原市では現在、サステナブルビジョンを推進しています。その一環としてカーボンニュートラル、ネイチャーポジティブ、サーキュラーエコノミーなどさまざまな環境施策を取っています。今回、公共交通でも脱炭素を進めていきたいと考え市民の方々になじみのある“ゆ〜バス”のEV化(= eゆ〜バス)が実現しました。市民の皆様にはeゆ〜バスの導入により脱炭素を身近に感じていただけるものと期待しています」と、市の取り組みと導入のきっかけ、そしてeゆ〜バスへの期待を語った。

那須塩原市のEVバス導入について


栃木県那須塩原市の「eゆ〜バス」(筆者撮影)

では那須塩原市において、市内循環バスはどのような目的で活用されるのか。またEVバスの運用面はどう考えているのだろうか。市の担当者に一問一答形式で状況を伺った。

ーーバスを用いた「ゆ〜バス」、乗用タクシーを用いた「ゆ〜タク」はいつから、どんな目的で導入されたのか?

ゆ〜バスは、2007(平成19)年10月から従来の市営バスに代わり運行を開始しました。一方、ゆ〜タクは2013(平成25)年10月から導入された予約ワゴンバスを、2018(平成30)年10月に車両をワゴンバスからタクシー車両に変更して、ゆ〜タクとして運行しています。いずれも市民の生活の足として利用することを目的に導入しています。

ーー「ゆ〜バス」と「ゆ〜タク」には、それぞれどんな特徴があるのか?

ゆ〜バスは定時定路線で運行しています。ゆ〜タクについては予約があった際に運行するスタイル(運行形態は区域運行で乗合バス)です。ゆ〜バス、ゆ〜タクはいずれも停留所から停留所の移動に利用できます。

ーー導入から現在まで「ゆ〜バス」利用者数の推移は?

導入から利用者は増加傾向にありましたが、新型コロナウイルス感染症の影響により利用者数は一時低迷しました。2023(令和5)年度には、利用者数がコロナ禍以前の9割程度まで回復しており、それを踏まえると2024(令和6)年度はコロナ禍以前と同等の利用者数になると想定しています。

ーー「ゆ〜バス」に対し市民からどんな要望があるか?

他市町や各事業者の運行する、地域バスや路線バスとの接続(アクセス)の改善や、運行本数の増便についての要望があります。

ーー観光ルートを走行する「ゆ〜バス」は?

ゆ〜バスの塩原・上三依線については、塩原温泉街を循環する路線となっています。

ーー「eゆ〜バス」は、既存の「ゆ〜バス」1台との入れ替えか?

はい、そのとおりです。入れ替えになります。なお、既存のゆ〜バスについては予備車として保管します。

ーー電気小型バス(e-JEST)を選択したきっかけは?

e-JESTについては、国内での導入実績がない中で、導入することで話題になるとともに、那須塩原市の取り組み(2050 Sustainable Vision〜環境戦略実行宣言〜)について、広く皆様に知っていただくきっかけになると思い導入しました。

EVバス導入への期待感と将来の展望

ーー「eゆ〜バス」の台数を増やす計画はあるか?

今回購入したe-JESTの実績等を勘案して、増車について検討していきたいと考えています。

ーー「eゆ〜バス」としてのe-JESTに、どんな活躍を期待しているか?

市内を走行することで、市民の2050 Sustainable Vision〜環境戦略実行宣言〜に対する意識の向上や、長期的な燃料コストの削減を期待しています。

ーー「eゆ〜バス」に充電される電力は再エネ由来のグリーン電力か?

現時点、通常の電力会社から供給を受けているものです。

ーー電気小型バス(e-JEST)導入でもっとも伝えたいメッセージは?

2024年も非常に暑い夏となりました。地球温暖化対策の重要性は今後、一層高まってきます。e-JESTの導入を含め、那須塩原市では環境施策に注力していきますので、応援をよろしくお願いします。

今回、伊那市、そして那須塩原市がEVバスであるe-JESTを市内循環バスとして導入した。いずれもCO2削減、循環型社会の実現に向けた具体策であるとして捉えつつ、EVバスに市民の皆さんが乗車することにも大きな期待が寄せられていることがわかった。

スローガンや宣言でCO2削減などを声高に叫んだだけでは、やはり自分ごととして捉えにくい。よって市民の足をEVバス化することで電動化社会を市民一人ひとりが身近に感じやすくなる。そう考えると、地方公共団体が積極的にEVバスを導入する意義と意味はわかりやすい。

一方で、既存の移動体である内燃機関車両との共存も地域によっては不可欠だ。極寒地では実質的な走行可能距離の低下がどんなBEVであっても物理的に避けられないからだ。

導入への障壁と補助金の活用


伊那市役所から出発するe-JEST(筆者撮影)

また、導入費用の捻出も地方公共団体からすれば懸念事項だろう。e-JESTの車両本体価格は税抜きで4300万円と、内燃機関の小型バスよりも高額になる。

しかし現在、e-JESTの場合は国からの補助金として1722.3万円が交付される。これは環境省の令和5年度脱炭素成長型経済構造移行推進対策費補助金によるもので、商用車の電動化促進事業(タクシー・バス)対象車両に対する補助金だ。

加えて東京都の場合は、環境省補助金の併用として861.1万円の助成金が上乗せされる。差し引きすると概算額ながら、実質的な出費は1700万円程度に収まり、これは内燃機関の小型バスよりも安価になる計算だ(仕様により異なる)。


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また現時点、伊那市、那須塩原市とも電力会社から充電のための電力を購入しているが、いずれは再生可能エネルギー由来の電力、しかも市内で生み出された電力であればひとつの究極系であるエネルギーの地産地消化が目指せる。道のりは長いが、循環型社会実現へのきっかけ作りとしてe-JESTに託された役割はとても大きい。

(西村 直人 : 交通コメンテーター)