『ラストマイル』(C)2024 映画『ラストマイル』製作委員会

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 ドラマ『アンナチュラル』(2018年)と『MIU404』(20年)の世界線(ユニバース)を共有(シェアード)した、完全オリジナル映画『ラストマイル』が、公開32日間の累計成績は、動員315万人、興収45億円を突破(興行通信社調べ)する快進撃を続けている。大ヒットの要因は何か。塚原あゆ子監督へのインタビューからひも解いてみたい。

【動画】LAST MILE -Premium Talk−〈Episode.2 MIU404編〉

■人気ドラマの映画化ではないけれど

 それぞれ大ヒットした『アンナチュラル』『MIU404』を手がけた、監督=塚原あゆ子×脚本=野木亜紀子×プロデューサー=新井順子のタッグで実現した、『ラストマイル』。事の発端は、2020年の年末。「次は映画を作ってみないか」という塚原氏と野木氏の何気ない会話から始まった。

 「野木さんの中で、『アンナチュラル』『MIU404』のキャラクターがずっと生き続けていて、両作の延長線上にあるオリジナル作品をやりたいとおっしゃった。連続ドラマは、最終回を見終わった時の達成感や満足感が大事だと思っているんです。紡いできた物語に、ちゃんとピリオドを打ってあげる。でもそこで終わりではなくて、ドラマの放送が終わっても、その世界線で彼らは生き続けている。ミコト(石原さとみ)や中堂(井浦新)は今日も死因究明のために解剖をしているのかな、伊吹(綾野剛)と志摩(星野源)はどこかの現場に駆け付けているのかな。そんなことを想像するだけで楽しいじゃないですか。久しぶりに会えたらうれしいじゃないですか。私はそう思ったし、同じように思ってくれる視聴者がいてくれたらいいな、と思っていました」(塚原)

 テレビドラマを映画化した『踊る大捜査線 THE MOVIE』(1998年、興行収入101.0億円)が大成功し、2作目の『踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年、興収173.5億円)が、いまだに実写邦画No.1の座に君臨し続けている。以来、人気ドラマの映画化はヒットが見込める優良株となり、いくつものヒット作が生まれてきた。

 「例えば、中学生の頃に見ていたドラマの話が出たり、主題歌を聴いたりすると、ドラマのことだけでなく、ドラマを見ていた時期のことをいろいろ思い出すことがあります。週に1回、ドラマの続きを見るのを楽しみに過ごした3ヶ月があったとして、そのドラマは生活の一部になり、ほかの思い出と結びつきながら自分の中に残っていく」。それだけ連続ドラマには人を惹きつける力がある、と塚原監督は語る。視聴者との間に強い結びつきができあがっているドラマの続編がヒットするのは当然だ。

■配信サービスを介したドラマと映画の好循環

 『アンナチュラル』や『MIU404』の登場人物が出てくるという情報は、主役級ヒーローたちが一堂に会する映画シリーズにちなんで、“アベンジャーズキャスティング”とも言われ、公開前から大きな話題を呼んでいた。ドラマの続編を待ち望んでいたファンが映画館に押し寄せ、動員ランキング初登場1位(興行通信社調べ)の大ヒットスタートを飾った。

 実際に本編を見ると、『アンナチュラル』や『MIU404』のキャラクターは本筋にあまり絡まず、出演シーンも多いわけではない。その点についてはSNSで賛否両論があったが、結果として2週目、3週目も動員ランキング1位を維持し続けた。

 「野木さんとは『それは嫌だなぁ』と思うことが似ていて、一緒に仕事をする上での柱になっています。お互いにやりたくないと思っていたことの一つが、ご都合主義でキャラクターを動かすことでした」と、人気者たちを無理やり出演させた感が出ないようにこだわったという。

 「ショッピングサイトから配送された段ボール箱が爆発する事件が起きたら、まず機捜(機動捜査隊)が動くし、遺体を解剖することになって『不自然死究明研究所(UDIラボ)』に依頼するのは自然な流れです。『アンナチュラル』の毛利刑事(大倉孝二)と『MIU404』の刈谷刑事(酒向芳)が、連続爆破事件を捜査するのは、それが彼らの職分だからです。世界線はシェアしているけれど、元の作品のキャラクターや役割からはみ出さない形で、みんなが元気に働いている姿を映画で見せられたらいいね、と。もちろん、ドラマ2作を見ていない人でも楽しめる映画にしたかった、という思いもあります」(塚原)

 もう一つこだわっていたのが、ドラマファンと同じ時間の経過を“シェア”する仕掛け。『アンナチュラル』でバイトとしてUDIラボで働いていた久部六郎(窪田正孝)は東央医大の研修医になっており、『MIU404』第3話でイタズラ通報をしていた高校生・勝俣奏太(前田旺志郎)は、警視庁刑事部・第4機動捜査隊(通称:4機捜)の隊員として働いていた。『アンナチュラル』第7話の高校生、白井一馬(望月歩)の登場もドラマファンには感慨深いものがあったはず。

 映画を観て(映画を観る前に)、ドラマを観たくなった人のために、動画配信サービス各社で2作とも全話を視聴できる環境も整っていた。Netflixでは、新着作品に混ざって『アンナチュラル』と『MIU404』が視聴ランキングのトップ10に入る日がしばらく続いたほど。そして、配信サービスを介して、ドラマも映画も見たくなるという好循環が生まれたことが、45億円越え(9月23日現在)の大ヒットにつながったのではないだろうか。

■結果的に旬の題材を扱った社会派エンターテインメントに

 作品がヒットする要因に欠かせない物語の面白さでも、観客の期待を裏切らなかった。『アンナチュラル』『MIU404』で身近な社会問題を扱いつつ、エンタメに着地させ、臆することなく“痛み”を描き切った塚原監督×野木氏×新井Pの最強タッグの真骨頂が、『ラストマイル』にもある。

 「家に届く荷物が爆発する話」にしたいと言い出したのは塚原監督だった。奇しくも、運輸の分野でも「働き方改革」が始まった2024年に公開され、結果的に旬な題材を扱った作品になったことも、ヒットの要因として考えられる。野木氏も塚原監督の「慧眼(けいがん)」を称賛していた。

 塚原監督は「コロナ禍で宅配需要が高まって、生活の根幹が変わった感じがすごくあります。夜中にポチると翌日に商品が届いているじゃないですか。すごく便利でありがたいですが、どういう仕組みでそれを可能にしているんだろう、と興味が湧いたんです。『2024年問題』(ドライバーの労働時間に上限が設けられたことで生じる問題全般)が浮上する前でしたが、限りある人や時間の中で、誰も無理をせずに、うまく回っていく仕組みづくりが必要になることは容易に想像できました」と、振り返った。

 監督の意向を受け、野木氏が各所に取材し、物流について猛勉強して、脚本の初稿を書き上げたのは21年6月のことだ。

 「最初に脚本を読んだとき、私の中で浮かんだイメージは、体の中をめぐる血流でした。物流というと、拠点があって、そこから散らばっていくイメージがありますが、行きっぱなしではなく、循環しているのです。だけど、心臓がどこにあるのかわからない。

 タイトルの『ラストマイル』は、物流においてお客様へ荷物を届ける過程の最後の区間のことです。それを担う委託ドライバーの佐野親子(火野正平・宇野祥平)の話かと思いきや、彼らを中心に描かず、女性の中間管理職が主人公のクライムサスペンスになっているところが、いかにも野木さんらしいと思いました。

 そして、物語を俯瞰したときに、物流を循環させている“心臓”は、主人公のエレナ(満島ひかり)や梨本(岡田将生)が勤める世界規模のショッピングサイト「DAILY FAST(デリファス)」でも、その倉庫・配送拠点でもない。八木(阿部サダヲ)の運送会社でも、佐野親子でもない。私たち一人ひとりの「ポチ」なんだということに気づかされる。観客が最終的に“自分ごと”としてとらえてくれたら、いいなと思います」(塚原)

 人気ドラマの続編を映画化するメリットを取り入れつつ、自由度の高いオリジナル脚本で、より多くの人がシェアできるような社会派エンターテインメントを作り、興行的に大成功を収めた『ラストマイル』。一朝一夕に真似できるものではないかもしれないが、シェアード・ユニバースという発想は、新たなヒットの方程式になるかもしれない。