〈VTuberブーム大失速〉新人育たず、転生問題も深刻化… 業界の2大巨頭ANYCOLORとカバーは人気YouTuberが大量離脱したUUUMと同じ道を辿ることになるのか

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国内有数のVTuberプロダクションで、「にじさんじ」を運営するANYCOLORが9月11日に衝撃的な決算を発表した。2024年5-7月の売上高が前年同期間比で17%近くも減少したのだ。大幅な減収によって3割超の営業減益となっている。度重なる上方修正で市場を驚かせてきたANYCOLORだが、ついに息切れ状態に陥った。そして、ANYCOLORやカバーの決算からは、VTuber市場そのものの失速も見て取れる。

【図表】ANYCOLOR ビジネス領域別売上高

グッズの販売と動画配信で得られる収益が軒並み減少

2024年5-7月のANYCOLORの売上高は、前年同期間比16.9%減の74億3600万円だった。同社は同期間の売上高を、81億円から83億円というレンジで予想していた。それを大幅に下回っている。

ANYCOLORは不調の主な要因として、期初に計画していたイベントのうち、1件を延期、1件を中止したためだと説明した。

延期されたのは、6月15日に開催が予定されていた「さんばか 5th Anniversary LIVE ~3!参!SUN!~」。メンバー1名の体調不良が原因で延期となったが、12月6日に再開催が予定されている。

中止になったのは初のアメリカ公演となるはずだった「NIJISANJI EN SUMMER JAM」と「"Welcome to Wonder Wander World" Concert in L.A.」だ。

イベントは事業全体で5億円近い売上を予想していたが、延期と中止によって2100万円ほどに留まっている。

しかし、今回の決算で注目すべきはコマース(グッズの販売)の売上減が著しい点だ。

2024年5-7月のコマースの売上高は46億2800万円で、前年同期間比で2割(11億円)の減少となった。期初に出した予想の下限である50億円よりも4億円あまり少ない。

ANYCOLORは2024年7月に販売したグッズの売上が、第2四半期以降へと期ズレを起こしたと説明した。

ところが、その影響は2億円から3億円ほど。特殊な要因を考慮してもなお、予想の下限に届かなかったということだ。コマースは売上全体の6割を占めるANYCOLORの生命線。早くもそれが弱含んだことを示している。

また、収益を下支えするライブストリーミングが減収となっている点も見逃せない。ライブストリーミングは動画の投げ銭や広告費などで稼ぐ、「にじさんじ」の人気のバロメーターだが、2024年5-7月は前年同期間比で1割の減収となった。

熱狂的なファンを持つ「ホロライブ」とライト層を開拓した「にじさんじ

ここで改めてANYCOLORという会社が辿った道を振り返りたい。

にじさんじ」は、最大のライバルである「ホロライブプロダクション」の弱点を克服するようにして成長したVTuber事務所だ。

「ホロライブ」は、兎田ぺこらや宝鐘マリン、星街すいせいなどに代表される、女性VTuberが主体となっている。当然、ファンは男性が大半を占める。

「ホロライブ」は熱狂的なファンを多数抱えており、それが喜ばしいことであるのは確かだ。一方、ファンが固着化しているのも事実。

大型イベントや受注生産グッズの販売など、推し活に資金を惜しまない人々を満足させ続ける仕掛けを作らなければならない。すなわちそれは、利益率を高めづらい弱点でもあるのだ。

その対極にある「にじさんじ」は、VTuberのライト層を開拓して成長した。それはファンの属性の変化によく表れている。

2022年4月末時点のANYCOLOR IDは、60%が男性だった。しかし、2023年4月末時点では、女性が65%となっている。

2021年に人気男性VTuberユニット「ROF-MAO(ロフマオ)」を結成するなど、ANYCOLORは女性ファンの開拓を戦略的に進めたのだ。

VTuberのライト層は、アクリルスタンドやアクリルパネル、デジタルボイスなど、手軽に手に入るものを好む傾向がある。

ファンは推し活に多額の資金を必要とせず、運営側は原価率の低い商品をバラ撒けるために利益率が高い。両者にとってメリットの際立つ構図が成り立っていた。

つまり、ANYCOLORの急成長ぶりと高収益体質は、焼畑農業のように草地を開墾し続けることができるかどうかにかかっていたというわけだが、そのビジネスモデルが限界に達しているように受け取れたのが、決算での釣井CFOの以下のコメントだ。

“足元では、ぬいぐるみ系商材の売上が非常に高い一方で、従前から我々が定番商品としているアクリルスタンドなどの商材は売上がやや落ち着いています”

売れる商材が変化しているため、ファンの固着化が進んでいると受け取ることができる。

アクリルスタンドは原価が安く製造期間も短いため、提供側にとっては都合のいい商品だ。

しかし、製造工程が複雑なぬいぐるみは納期や数量のコントロールがしづらくなる。不良在庫を積み増せば、評価損というANYCOLORの業績が急悪化する事態も招きかねない。

海外の顧客開拓を進めようとしたが…

C-stationの調査「《2024年調査》 YouTuberVTuberファンの、マンガ・アニメ・キャラクターへの反応を分析する」によると、VTuberのファンはマンガやアニメ好きであり、YouTuberアイドル、お笑い芸人などが好きな人と比べて、その比率は圧倒的に高い。

しかし、CCCマーケティングが行なった「マンガに関するアンケート調査」の中で、マンガを毎日1冊以上、週1~3冊程度読むマンガ好きの人の割合は全体の2割程度に過ぎず、これはVTuberのファンになる潜在層は母数が限られていることを示している。

また、YouTuberであれば、流行りのスポットやスイーツの食べ歩き、キャンプ、釣りなど、リアルな体験を見せることが可能だが、バーチャル空間で活動するVTuberは、歌やゲーム配信が主体であり、企画やジャンルの幅が極めて限定的となる。

VTuberはファンの潜在的な属性と、挑戦できるジャンルが限られるという2つの面から、裾野を広げられないという根本的な問題を抱えている。

開拓者だったANYCOLORは早い段階でそれに気づいていた。「NIJISANJI EN」を立ち上げて海外展開を急ぎ、物理的に顧客開拓エリアを広げようとしていた。

しかし、人気VTuberだったセレン龍月(Selen Tatsuki)の炎上と契約の解除、社長自ら謝罪に追い込まれたことでその勢いが失速。海外攻略は中断となった。

海外VTuberをマネジメントしきれなかったことが露呈したこの出来事は、ANYCOLORの転換点であり、最大の失敗だったと言えるだろう。

売れっ子VTuberの離反に悩まされるカバー 

「ホロライブプロダクション」を運営するカバー株式会社も状況は厳しい。

2024年4-6月の売上高は前年同期間比24.8%増の64億1600万円だったが、営業利益は同6.8%減の8億3400万円だった。増収、営業減益である。

上半期の業績予想に対する進捗率は、売上高が44.5%で営業利益が34.7%だった。特に利益面での進捗が遅れている。

営業利益率が17.4%から13.0%に下がった主な要因は人件費だ。カバーは2024年4-6月の人件費が8億9400万円で、前年同期間の1.4倍に膨らんでいる。

人材への投資は成長戦略に盛り込まれており、計画的なものだが、これほどの減益となったのは、予想よりも売上が伸びていないためではないのだろうか。

今年、VTuberファンに衝撃を与えたのが、「ホロライブ」に所属していた湊あくあの卒業だ。8月28日に活動を終了した。会社との方向性の違いが理由だという。

湊あくあはチャンネル登録者数が200万を超えた超売れっ子である。兎田ぺこらの260万、星街すいせいの240万に匹敵する数だった。

湊あくあは、SNS上で転生の噂が絶えない。転生とは、“中の人”がキャラクターや活動拠点を変えて活動を再開することだ。

カバーはVTuberに付随するIPそのものを保有している。しかし、本人の活動を制限できるのかは微妙なところだ。

本人に同様の活動を行なうことを禁止する競業避止義務契約というものがあるが、数か月から1年ほどで効力を失うケースも多い。

この出来事で思い出されるのが、2020年に起こったYouTuber事務所UUUMから大量の離反者が出たことだ。

離反者からは、「マネジメント料20%を会社に取られることに対してメリットがない」というビジネスモデルの根幹を揺るがすコメントが溢れかえった。

人気YouTuberの大量離反に加え、ショート動画の台頭で広告収入が落ち込んだUUUMは、タイアップ商品の販売に注力。

逆にそれが不良在庫となって評価損を計上し、業績は急悪化した。今も回復しきっていない。VTuber事務所も似た道を辿っているように見えてならない。

取材・文/不破 聡