自民党総裁選に注目が集まっている。どんな人が日本のリーダーにふさわしいのか。スピーチライターの千葉佳織さんは「政策の中身だけでなく、言葉の力、発信力をもったリーダーが必要だ。かつてのリーダーの中にも、人々に日本の現状を伝えながら『未来に進める』と期待させるスピーチの達人がいた」という――。

■リーダーの「話し方」が日本の命運を左右する

自民党の総裁選挙を通じて、次の日本のリーダーが誰になるのか注目が集まっています。これまでの歴代総理大臣たちは、政策だけでなく、その「話し方」でも大きな影響を与えてきました。

強いリーダーシップを感じさせる力強いスピーチから、国民の共感を呼ぶ柔らかな語り口まで、話し方はリーダーの印象を大きく左右します。総理大臣にはスピーチで、時に国の方向性を示し、国民に希望や安心を与える役割があります。

時代に即した柔軟なコミュニケーションは、日本を導く鍵となるでしょう。

歴代のリーダーたちの「話し方」を振り返り、これからのリーダーに求められる素質や能力をひもといていきましょう。

国民の心をつかみ、時代を導いてきた3人の総理の話し方を振り返りながら、次期リーダーに求められる話し方について考えてみたいと思います。

■柔らかい表現で「親近感」を印象づけた

第3位は安倍晋三氏です。

首相官邸ウェブサイトより

戦後最年少52歳で総理大臣となり、憲政史上最長となる約8年8カ月の間(第1次政権、第2次政権の通算)、政権を担いました。

安倍氏は、「自分らしさ」を状況に合わせて自然と出すことができる人です。彼が初めて自民党の総裁選に立候補し、のちに当選した2006年の所見発表演説は、こんな冒頭から始まりました。

「尊敬する同僚議員の皆様の前で、所信を述べさせていただくこと、大変光栄に存ずる次第であります。

私はこの場に立ちますと、11年前の総裁選挙を思い出します。小泉総理がはじめて、総裁に挑戦したあの選挙であります。

当時私は光栄にも、推薦人を代表して、小泉候補の推薦演説を述べる機会を与えていただきました。11年前ですから、今よりはだいぶ若く、それなりに初々しく、ですから、膝が震えたのを思い出すわけであります」

(2006年9月9日 安倍晋三氏 自民党総裁選の所見発表演説)

過去の自分を「初々しい」と評し、笑いが起きています。こういった、少し柔らかい表現をも、適切に配慮しながら話している印象を受けます。柔らかい表現を加えてお話をすることで、人柄を示して聞き手に親近感を感じさせることができるのです。

■特徴は「短いキーワード」「イメージしやすい表現」

聞き手の印象に残る言葉を使っているところも特徴的です。例えば、「先送り待ったなし」「美しい国、日本」「日本を、取り戻す」。言いたいことをパッとわかるような言葉にまとめています。

安倍氏の話す姿をこのようなキーフレーズと共に思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。「アベノミクス」もまさにキーフレーズのひとつです。

また、キーワードを短くすることも意識していました。政治家の方は、「1つ目は〜、2つ目は〜」といわゆるナンバリングを使用しますが、過不足なく説明することを優先してしまい、そのあとの言葉が長くなりがちです。

例えば「1つ目は、持続可能な社会保障の実現と、安心して暮らせる社会づくりについてです」という話し方です。せっかくナンバリングをしていても、これだと聞いている側にはなかなか情報が入ってきません。

安倍氏はこのナンバリングについても、「1つ目は人材の育成、2つ目はイノベーション」といった形で、あとに続くワードがシンプルで短いことが特徴的でした。

話す内容自体も、文字に起こしてみるとひらがなと漢字のバランスが絶妙です。難しい言葉や表現を多用すると漢字ばかりが並ぶ文章になるのですが、そうはなりません。聞き取りやすく、わかりやすい話し言葉を話しています。

「特定の団体、既得権を持つ人達、あるいは特定の考え方を持つ人達のための政治を行おうとは考えていません。

毎日真面目に汗を流して働き、家族を愛し、地域を良くしたいと願っている、私達の国、日本を、その未来を信じている、普通の人たちのための政治をしっかりと行っていきたい、そのように考えています」

(2006年9月9日 安倍晋三氏 自民党総裁選の所見発表演説)

安倍氏の話し方を分析してみると、話し言葉の性質というものをよく理解されていたのだろうと感じます。

話し言葉は時間とともに消えていき、聞き手の記憶からも薄れていきます。なので、短いキーワードやポイントを示したり、頭のなかにイメージが浮かびやすい平易な表現を用いることが重要なのです。

総じて安倍氏は、「聞き手が受け取りやすい」言葉を使うことを意識していたのではないでしょうか。

■憲政史上最長の実績につながった

わかりやすさや、人の良さという点はもちろんのこと、状況に合わせて強さを表現できる点が印象的です。その背景として、声の大きさと高さの使い方のバリエーションが広いことがうかがえます。

今回も、前半の笑いを起こすようなところではやわらかい話し方をし、そこからより強めの話し方に変えていることがわかります。

また、解散時の街頭演説では、また一段階高い声のトーンへと変化させていました。声の高低を味方につけることができると、自分の気持ちを前面に出すことができます。

安倍氏は、決して滑舌がクリアなほうではなかったものの、そのような細かい部分が気にならないくらいの迫力を感じられます。

2006年、安倍氏は高い支持率の中で総理大臣になりましたが、政権運営の不調や体調の問題が重なり、1年で退陣を余儀なくされました。その後、2012年には再び自民党総裁に返り咲き、総選挙で大勝。通算で、憲政史上最も長く政権の舵取りを担いました。

また、安倍氏は外交政策に関してスピーチライターを起用していたことも有名です。

スピーチを手掛けた谷口氏は著書で「安倍総理には、自分のスピーチで日本外交の地平を切り拓こう、広げようとする強い意欲があった。おのれの演説で、日本の国益を守りかつ育て、天下に日本の姿を知らしめたい――と、発信へのそんな強い熱情があった」(谷口智彦『安倍総理のスピーチ』文藝春秋)と語っています。

ここからも、安倍氏が“伝える”ということに対して情熱を持っていたことがうかがえます。伝えることへの前向きな気持ちが、結果をつくっていったとも考えられます。

■“メディアの切り取り”を意識した総理大臣

第2位は、小泉純一郎氏です。

首相官邸ウェブサイトより

囲み取材などでの話し方を通して、メディアを味方につけてきた人間といっても過言ではないでしょう。彼の演説には、独特なコミュニケーション術が組み込まれています。

郵政解散のタイミング、衆議院解散を受けての記者会見の演説は、明らかにメディアに切り抜かれることを意識した構成になっていました。

「私は本当に国民の皆さんが、この郵政民営化は必要ないのか、国民の皆さんに聞いてみたいと思います。言わば、今回の解散は郵政解散であります。郵政民営化に賛成してくれるのか、反対するのか、これをはっきりと国民の皆様に問いたいと思います」
(2005年8月8日 小泉純一郎氏 衆議院解散を受けての記者会見)

読点や句点での区切りが多く、映像上で「切り取り」しやすい構成です。

また、「聞いてみたいと思います」「問いたいと思います」といった容易な言葉が並んでいます。テレビを見ている視聴者を意識して、やわらかい表現を選んでいるのです。

■特徴は「比喩」と「である調」

「約四百年前、ガリレオ・ガリレイは、天動説の中で地球は動くという地動説を発表して有罪判決を受けました。そのときガリレオは、それでも地球は動くと言ったそうです」
(2005年8月8日 小泉純一郎氏 衆議院解散を受けての記者会見)

故事成語や比喩表現、偉人の言葉などの「引用」して自分のスタンスを示すのも、小泉氏がよく使ったレトリックでした。ここではガリレオ・ガリレイの言葉を引いて、「何があろうと主張を曲げない」ことを表現しています。

語尾の表現の使い分けにも特徴があります。

「総理になって、衆議院選挙においても、参議院選挙においても、この郵政民営化は自民党の公約だと言って闘ったんです。

にもかかわらず、いまだにそもそも民営化に反対だと。民間にできることは民間にと言った民主党までが公社のままがいいと言い出した。公務員じゃなければ、この大事な公共的な仕事はできないと言い出した。おかしいじゃないですか」
(2005年8月8日 小泉純一郎氏 衆議院解散を受けての記者会見)

このように、「である」調と「ですます」調が混在しているのです。

一般的に、しっかりとした場で話す場合はていねいな語尾、つまり「ですます」を使うのが普通です。小泉氏は基本的には「ですます」調で話しながらも、ところどころ、あえて「である」調を用います。

少しラフに、ぶっきらぼうに話すことで、気持ちを全面に表現しているのですが、その後はまた冷静な「ですます」口調に戻ります。これは、緩急をつけることにより単調にならず、メッセージの重要な部分を際立たせる効果があります。

小泉氏のこの手法は、感情を込めた部分と冷静な説明を巧みに使い分けることで、相手の共感を引き出しつつ、説得力のある話し方を実現しているのです。

このように、「である」調と「ですます」調の使い分けは、話し手の意図や感情を的確に伝えるための高度なテクニックといえます。

■「沈黙」の表現が巧みだった

小泉氏の話し方でも最も特筆すべき点は、「惹きつける力」にあります。これは、「沈黙・間の確保」が奏功したものです。

今回の例では、

「本日、衆議院を解散いたしました。(間・3秒)それは、私が改革の本丸と位置づけてきました、郵政民営化法案が参議院で否決されました。(間・3.5秒)言わば、国会は郵政民営化は必要ないという判断を下したわけであります」
(2005年8月8日 小泉純一郎氏 衆議院解散を受けての記者会見)

という形で、約3秒の沈黙の時間を取っています。

これにより、聞き手は次にどんな話につながるのか気になり、否が応でも注目します。さらに小泉氏は、その間を取っているときにまっすぐと前を向いていました。こうした工夫で聞き手の注意をひきつけ、説得力のある話を生み出していたのです。

その後の結果は記憶にある方も多いと思いますが、郵政解散選挙では、自民党と公明党で327議席を獲得、3分の2の議席を占める結果となりました。

■“絶妙なバランス”で聴衆をひきつけた総理大臣

第1位は田中角栄氏です。

首相官邸ウェブサイトより

1972年の街頭演説では、冒頭の1分程度だけでもたくさんの工夫が詰まっていることがわかります。

まず、ポジティブな情報とネガティブな情報の分量のバランスが絶妙です。自分たちの実績や経歴、成果などは、語りすぎても自慢のように聞こえてしまいますが、日本社会の杜撰(ずさん)さや課題に言及しすぎても、暗いニュースを聞くような気持ちになってしまいます。

ですから、総理大臣の演説で大切なのは、その話を聞いて日本の状態を深く知ることができるか、その人が政治に関われば未来が前に進むと期待できるかどうかということなのです。

田中氏の演説はこの目的をしっかりと達成できています。冒頭では

「さあ、働くところも出来てきた。さあ、お互いが月給も上がった。まだこれ以上、上げられる。しかし、これからただ働く、ただ月給が上がるだけでは済まないんです」
(1972年 田中角栄氏の街頭演説)

と話し、ポジティブな現状変化を伝えながら、まだ課題が溜まっている事実を織り交ぜつつ、未来へのビジョンを描いています。

■「自分の信念」や「価値観」を大事にした

その後、以下のように続きます。

「皆さん。人間というものは生きている間は短いんです。せめてその短い生きている間、今よりも良い生活環境を作って、人生を楽しみながら、この世に生まれた喜びを感じながら、親も子も孫も一緒に楽しい人生が送られるような社会を作ることが大事であります」
(1972年 田中角栄氏の街頭演説)

政治演説でありながら、まるで自らの人生哲学を示すかのような語り口です。このように、演説のなかで、自分の信念や価値観を入れて話すことはとても重要だと私は考えています。

話を聞く市民の政治認識にはばらつきがあり、より多くの人にリーチしようと思えば思うほど、具体的な話だけでは届きにくくなります。

田中氏のように「自分の信念や価値観」を話すことができれば、聴衆は「いい価値観に触れられた」と前向きに話を聞き進めることができるのです。

写真=共同通信社
6000人にのぼる超満員の聴衆を前に熱弁を振るう田中角栄首相=1972(昭和47)年11月22日、青森県立体育館 - 写真=共同通信社

■「早口」「ゆっくり」を巧みに使い分けた

演説の中盤、田中氏はわざとはやく話しはじめます。彼の演説というと早口でまくしたてるように話す場面を思い起こす人も多いと思いますが、まさにその象徴のような場面です。

これは明らかに意図的に行われているもので、あえて早く話すことで、言葉が止まらないほどの熱量があることを示しています。

それだけでなく、間をまったく空けずに早く話すことで、聴衆に反応する隙を与えません。これにより、その場に緊張感を生み、話を真剣に聞く雰囲気を作り出しています。

惹きつけて早く話すパートの後、重要なことを伝える部分では、それまでとは対照的に太い声を使ってゆっくりと話すのです。そして、間もたっぷり取りながら拍手を促します。この速さの緩急によって聞き手はさらに惹きつけられ、ついつい「聞き入って」しまう演説になっていたのです。

この演説を発表した総裁選を経て、1972年7月7日、田中角栄氏が54歳で、第64代内閣総理大臣に就任しました。

こうしたポイントからもわかるように、田中氏の人を惹きつける力は絶大で、選挙での勝利に繋がっていたのです。選挙での大勝により、田中氏のリーダーシップはさらに強化されたことでしょう。

彼のリーダーシップと実行力は、今なお日本の政治史において特筆すべきものとして語り継がれています。

■“次のリーダー”に求められる話し方

ここまで歴代総理大臣3人の話し方について振り返ってきました。

安倍晋三氏のような人柄を生かした親しみやすいリーダーシップ、小泉純一郎氏のような個性的で心に残る表現、田中角栄氏のような時代を捉えた文脈での先導は、それぞれの時代にマッチしていました。

これまで、私自身もたくさんの政治家の方の原稿ライティングや話し方トレーニングを担当してきました。その中で日頃から実感していることが、「“政治家本人“が演説を極め、やり切る気持ちを持つことが、何よりも重要である」ということです。

千葉佳織『話し方の戦略 「結果を出せる人」が身につけている一生ものの思考と技術』(プレジデント社)

演説は、本気で言葉を届ける覚悟や気概があれば、どこまででも上達します。逆に言うと、まわりに指摘されている段階では、どんなに強力なサポート(例えばSNS発信など)があったとしても伸び悩んでしまうのです。

次期リーダーには、国際社会との対話力や、多様な意見を尊重しながらも軸を持つ発信力が求められます。

それだけではなく、デジタル時代に合わせたメディア戦略やコミュニケーション設計も不可欠です。誠実で透明性の高いコミュニケーションが新時代の信頼を築く鍵となるでしょう。

話し方を通じて自分の言葉をどう届け、響かせられるかどうか。そして、コミュニケーションを大切にできるかどうか。そういったことを考えられるリーダーを求めたいです。

----------
千葉 佳織(ちば・かおり)
株式会社カエカ代表、スピーチライター
1994年生まれ、北海道札幌市出身。15歳から日本語のスピーチ競技である「弁論」を始め、2011年から2014年までに内閣総理大臣賞椎尾弁匡記念杯全国高等学校弁論大会など3度の優勝経験を持つ。慶應義塾大学卒業後、新卒でDeNAに入社。人事部にてスピーチライティング・トレーニング業務を立ち上げ、代表取締役のスピーチ執筆や登壇者の育成に携わる。2019年、カエカを設立。AIによる話し方の課題分析とトレーナーによる指導を組み合わせた話し方トレーニングサービス「kaeka」の運営を行う。経営者や政治家、ビジネスパーソンを対象としてこれまで5000名以上にトレーニングを提供している。2023年、週刊東洋経済「すごいベンチャー100」、Forbes「2024年注目の日本発スタートアップ100選」選出。著書に『話し方の戦略 「結果を出せる人」が身につけている一生ものの思考と技術』(プレジデント社)がある。
----------

(株式会社カエカ代表、スピーチライター 千葉 佳織)