「大谷って化け物やな…」野村監督からも信頼絶大だった元楽天盗塁王が、大谷翔平との勝負だけは諦めた理由
※本稿は、聖澤諒『弱小チーム出身の僕がプロ野球で活躍できた理由』(辰巳出版)の一部を再編集したものです。
■足という武器を活かすために相手投手の癖を徹底研究
プロに入って2年目に、盗塁の数字を大きく伸ばせました。一年目の5から15に大きく伸ばし、失敗は二つだけ。自分の足という武器を生かすために相手ピッチャーの癖を徹底的に研究したことが結果につながりました。
全体ミーティングでは相手ピッチャーのクイックの秒数、盗塁をしやすいのかどうか、牽制が速いかどうかなど、盗塁に必要な基本情報がコーチから野手全員に共有されます。そういった情報ももちろん大事なのですが、ピッチャーの癖の情報まではコーチから与えてもらえません(球団によって違うかもしれませんが)。
ピッチャー一人ひとりの癖は何度もビデオを繰り返して見て、自分で見つけるしかないのです。
そのピッチャーの牽制集、それも一塁、二塁別であったり、一塁側から見た映像、三塁側から見た映像などいろんなバリエーションがあるのですが、それを何度も何度も見て研究するのです。
■間違い探しのように全体を見て違和感を探す
どういうことを研究するかというと、まずはそのピッチャーのクイックのタイムと牽制のタイムを計ります。次はそのピッチャーが1シーズンで連続牽制が何回まであったのか、セットに入ったらすぐに牽制するタイプか、セットから2秒以上経ったら牽制をしてこないタイプなのかを調べます。
その次にサインにうなずくときの首の動かし方、肩の呼吸の仕方、背中から感じる雰囲気などもチェック。さらに投球と一塁への牽制の映像を繰り返し見ます。間違い探しのような感覚で全体をまずはぼやっと見て、そこから違和感を見つけ出し、その違和感が何かを追究していきます。僕の場合はそうやって癖を探していました。
その他にもセットポジションのときの足幅の広さ、ユニフォームのシワの入り方などチェックするポイントはたくさんあるのですが、そうやって得た特徴、癖を対戦するピッチャー全員分のノートを作って、そこに書き込んでいました。ノートも一度書き込んだら終わりではなく、常に新しい情報を書き足しながら使っていました。
ちなみに1人のピッチャーの癖に気付くまでは、だいたい1時間もかからないくらいでした。
■ユニフォームのズボンにシワが入ったら牽制してくる投手
癖が盗みやすかったピッチャーはソフトバンクで抑えをやっていたファルケンボーグ投手。牽制をしてくるときは1回首を下げて、上げてから投げるという癖を持っていたピッチャーでした。当時オリックスだった西勇輝投手(現阪神)も、ちょっとユニフォームがブカブカ気味だったのですが、ズボンにシワができたときは一塁に牽制をしてくる、できなかったときはしてこないという、シワの有り無しで判断をしていました。
癖を見抜くと当然良いスタートが切れるようになります。そうやって1、2度盗塁を決めると今度は相手バッテリーが「癖が盗まれている」と次の対戦では対策を講じてきます。前回まではあった癖がなくなっていることもあるのですが、そうなるとまた研究。ノートにも赤字が増えていきます。ピッチャーとバッターもそうだと思いますが、プロ野球という世界は研究と対策の繰り返しなのです。
■野村監督からの「30%でもいいから行ってくれ」
野村(克也)監督からは走塁に関して特に技術的なことを言われたことはありません。ただ代走で出ることが多かったので、試合終盤に呼ばれて「このピッチャー、行けるか?」と聞かれることは多くありました。癖を把握しているピッチャーであれば「行けます!」と答え、そうなると野村監督からは「じゃあこのバッターが出たら代走に出すから、1、2球目で盗塁してくれ」などと言われていました。
逆に「このピッチャーはクイックが速いので行けません」という返事をすることもありました。行けないと思ったときははっきり言っていました。2年目の若手が野村監督に「行けません」と断ることは勇気が要ることだと思われるかもしれませんが、「このピッチャーはクイックが○秒です」「この投手は癖がありません」と理由も話した上で「行けません」と答えていたので、野村監督も「そうか」と納得してくれていたようでした。
行けるときでも「70パーセントくらいです」「100パーセント行けます」「行けても30パーセントくらいです」となるべく数字を含めて話すようにもしていましたし、「30パーセントでも良いから行ってくれ」と言われることもありました。
ちなみに「行けます!」と言って失敗したことは一度もありません。
■ダルビッシュは走りやすいタイプだった
癖が盗めなかった、盗塁が難しかったピッチャーで真っ先に思い浮かぶのは久保康友さん(元ロッテ、阪神など)と内海哲也さん(元巨人、西武)。久保さんはクイックがとにかく速かった。内海さんのクイックは特別速いわけではなかったのですが、上手くランナーと目を合わせたり、ランナーとの駆け引きが抜群に上手かったです。そういったテクニックに長けていて走りにくいピッチャーでした。
体の大きいピッチャーは癖が出やすくて走りやすい傾向にありましたが、日本ハム時代のダルビッシュ有投手(現サンディエゴ・パドレス)もそんなピッチャーの1人でした。クイックのタイムもそんなに速くなかったので何個か盗塁を決めていますし、走りにくいという印象はありません。でもそれ以前に塁に出ることが難しいピッチャーでしたが。
■徹底研究しても大谷翔平の癖は見つけられなかった
同じ体が大きいピッチャーでも大谷翔平投手(現ロサンゼルス・ドジャース)は盗塁が難しいピッチャーでした。大谷投手は日本ハムで3年目となるシーズンで開幕投手を務めたのですが、僕はそこに照準を合わせてシーズン前から彼の癖を徹底的に研究していました。でもその研究結果は「自信を持って盗塁ができない」でした。
クイックも速くて細かな動きも速い。癖を見つけることもできませんでした。あの体のサイズで盗塁ができなかったピッチャーは大谷投手ただ1人だけ。二刀流というだけでもすごいことなのに、ピッチャーとしての細かな部分まで神経が行き届いているのです。そのときも「大谷って化け物やな……」と思いましたが、そんな“ピッチャー”がメジャーに移籍したあとはホームラン王も獲っているのですから、ちょっともう次元が違いすぎてわけが分からないですね(笑)。
■一回刺されたことでスイッチが入り、1試合3盗塁
牽制で刺されたことは何度かあります。2秒以上経ったら牽制が来ないはずなのに牽制が来たり、自分の中で掴んでいた癖を改善されてしまったことが理由のほとんどです。そこはもう仕方がないと割り切るしかありません。
研究には自信を持っていますが、とはいえ100パーセントではないですから。パーセンテージ的に確率の低いことが起こったと思うしかありません。「また新しいデータをもらったな」と気持ちを切り替えて、そのピッチャーを研究し直すだけです。
アウトになってベンチに戻っても監督、コーチから叱責を受けることはありませんでした。僕が早くから球場に来て相手ピッチャーの癖の研究をしていることを監督、コーチ、選手も知ってくれていましたから「聖澤が刺されたのなら仕方ない」そう評価してもらっていたと思います。
変な言い方ですけど、アウトになるとちょっと嬉しくなってニヤニヤしていました。「違うパターンもあったのか!」「よし! また研究して走ってやる」そんな、ちょっとワクワクする部分もありました。
ワクワクするといえば2010年のオリックス戦。1試合で三盗塁したことがあったのですが、そのときのピッチャーが木佐貫洋さん。癖を完全に把握していたので自信を持って初回に二盗を試みたのですが、このときはキャッチャーの日高剛さんの送球も良くアウトになってしまいました。
そのときもちょっとワクワクしたというか「3倍返しにしてやる」みたいなスイッチが入って、その後に三つ盗塁を決めることができました。初回に刺されてもビビらず、そのあとも盗塁を立て続けに決められたことは大きな自信になりました。
■リードをとるときはいつも「自信100、不安0」
塁に出て、ベースから離れてリードをとる。ほとんどのランナーには不安な気持ちもあると思います。でも僕は投手がセットポジションに入って第一リードをとったとき、不安は全くありませんでした。2秒後に牽制がくる、ここでうなずく、3秒後には投球をしている。試合開始前の準備段階で相手ピッチャーのことを丸裸にしているので自信を持っていました。「自信100、不安0」。そういった心の状態でリードをとっていました。
「このピッチャーの癖を教えてください」と後輩や若手に聞かれたこともよくありました。
「このピッチャーは連続2球までは牽制あるよ」「クイックは○秒程度だよ」くらいの情報は教えますが、自分が見つけ出した癖の核心部分までは教えませんでした。その情報は自分がプロで飯を食っていくための貴重な財産ですからやすやすとは教えられません。いくらチームメイト、後輩とはいえ自分のポジションを脅かすライバルになるかもしれないですからね。そこはプロの世界ならではの生存戦略だと思ってください。
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聖澤 諒(ひじりさわ・りょう)
元プロ野球選手
1985年11月3日生まれ。長野県出身。長野県松代高校、國學院大學を経て2007年に大学・社会人ドラフト4巡指名で東北楽天ゴールデンイーグルスに入団。背番号は「23」。2012年に54盗塁で盗塁王のタイトルと12球団トップの得点圏打率を記録。守備の巧さに定評があり、2014年に連続守備機会無失策のNPB新記録を樹立。2018年に現役引退、「楽天イーグルスアカデミー」のコーチに就任。180cm80kg。右投左打。
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(元プロ野球選手 聖澤 諒)