9月20日に新宿で開催された招待制イベント、「PIXIV DEV MEETUP 2024」に参加してきました。イラストレーション投稿サービスとしては言わずと知れた、国内最大手の「pixiv」を運営するピクシブが主催しており、去年の開催に続いてこの手の大規模なイベントは2回目だそう。今年はタイトルに“Dev”と付したことで開発者向けを志向していたようでしたが、いちpixivユーザーにとっても興味深いお話をいくつか聞くことができました。

「PIXIV DEV MEETUP 2024」に参加。画像生成AIと“棲み分ける”発想、創作文化にコミットし続ける教育事業

○AI生成コンテンツと“あえて”棲み分けることにしたpixiv

技術的な内容についてもたくさん触れられたイベントでしたが、筆者のような一般ユーザーにとって卑近な話題である画像生成AIについてpixivがどう考えているかについての言及がありました。イラスト投稿サイトであるpixivにとって、画像生成AIはただの便利ツールではありません。ここ数年で「これは人が描いたイラストなのか?」という疑念はpixivに限らず、どこにでもついて回るようになりました。

そんなpixivが取りうる選択肢としては、AIが生成したコンテンツに対して「排除する」「分離する」「棲み分ける」「放置する」が存在していたといいます。ユーザーにとっては既知の通り、今のpixivはAI生成コンテンツと「棲み分け」ています。

この決定の背景には、AI生成コンテンツを完全に排除・分離することが、必ずしもプラットフォームにおけるユーザーの安心感に繋がらないのでは……という懸念が検討の中で見えてきたとのこと。「AI生成コンテンツを完全に締め出すと、今度は人間生成コンテンツのように見せかけて混ざろうというモチベーションが生まれてくる。加速度的・競争的に進化し続けるAI技術は、どこかの段階で人間のものとは見分けがつかなくなる……ことすらあるかもしれない。最終的に人間生成・AI生成コンテンツの境界線が曖昧になり、垣根が消えてしまうことも予想された。AIの進化が、人間を騙そうとすることに特化していくリスクを避けたかった」と話します。

ここ数年の画像生成AIの勃興で、クリエイターの方々としては「もっと強硬な態度でユーザーの保護に努めてほしい」という気持ちもあるのではと思っていましたが、pixivはこの「棲み分ける」という一種のダメージコントロールによって一定の秩序を維持し、手書き作品を投稿するユーザーがAIを用いたかどうか常に疑われてしまったり、手書きかAI生成かの境界線が曖昧になることでコンテンツが混沌に帰してしまうような破綻シナリオを回避しようとしているそう。pixivは常にプラットフォーム全体、ひいてはユーザーの安心を守ろうと努めていることが改めて強調されていました。

なお、今のpixivでは棲み分けとしてAI生成コンテンツに自主的なフラグ設定を呼びかけているほか、ユーザー側でAI生成コンテンツを表示・非表示するグローバル設定が提供されています。一連の話を聞いて、コンテンツモデレーションはいつもプラットフォーム提供側の悩みの種ですが、生成AIという黒船はやはり特に難しい決断を強いてきたものだったように感じました。

○入学者が想定の数十倍、pixiv提携の京都芸術大学イラストレーションコース

pixivといえばイラストや小説などをたくさん眺められるサービスですが、よく見るとさまざまなサービスが裾野に広がっています。ファンコミュニティ「pixivFANBOX」で私生活ブログを読んだり、データからグッズまで幅広く取り扱える「BOOTH」でマグカップやアバターを買ったり、インターネットでよく見るワードについて知れる「ピクシブ百科事典」で文脈を勉強したりすることはいちユーザーとしても馴染み深いものですが、昨今では教育事業にも力が入れられているそう。

今回の講演では、2021年春に京都芸術大学 通信教育部に設置されたイラストレーションコースについて発表がありました。完全にオンラインで入学・受講できるというもので、学費がわずが35.5万円/年と大幅に抑えられている点が特徴。卒業すると4年生大学の卒業資格である学士も取得できるとのことで、これは志望者にとって進路について考慮するうえで魅力的な要素として映っていそうだなと感じました。

カリキュラムでは現役のイラストレーターの方々が講師を務めており、動画教材で実際の制作過程からイラストレーションを学べるそう。イラストレーション技術以外にも業界知識やキャリア論の授業も用意し、イラストレーターとして生きるために必要な素養についても現役講師から聞くことができます。

開講してみると入学者数は想定を数十倍も上回ったとのことで、課題やレポートの添削体制、サポート環境に改善が必要だったと話します。セッションでは非エンジニアの担当者がGoogle AppSheetを活用して乗り切った苦労について語られていました。

京都芸術大学 通信教育部 イラストレーションコース。日付等は2021年当時のものです

○言語化でビジョンを明確に、PIXIV DEV MEETUP 2024

PIXIV DEV MEETUP 2024の中で、主に筆者の関心のある内容についてさらっと取り上げてきた本記事。生成AIへの対処や教育事業のほかにも、多様な支払方法を実現する独自通貨「pixivcoban」、広告出稿場所としての適切なコンテンツモデレーション手法の改善、iPadで使える無料お絵かきアプリ「Pastela(パステラ)」の開発、さまざまなコンテンツを横断して眺められる「ホームタブ」をアプリ内に設置するにあたっての苦労など、いちユーザーにとっても興味深い内容が多数扱われました。完全にビジネス寄りの内容でしたが、基調講演で登壇されていたコーポレート部門の方のお話も強く印象に残りました。

今回参加してみて、開発者向けのイベントながら筆者のような一般ユーザーでもpixivの全体的なビジョンについて知ることができ、とても充実していたように思います。それだけに、エンドユーザー向けとはいかないまでも、もう少し広く同社の考えを伝えられる場があってもいいのではと感じました。今回のイベントなどにも、イラストレーターの方をもっと呼んでみたりしてもいい気がします。

もちろんpixivがクリエイターファーストを掲げて創作文化の発展に力を尽くしていることは知られているはずですが、これだけ明確な考えがあって運営されていることがもう少し広く伝われば(筆者が今回のイベントで初めて知ったのもあります)、ユーザーの安心感につなげていくことにより役立てられるはずです。

完全に余談ですが、今回のイベントを通して「ピクシブ」のイントネーションが外部の人間と社員の方で違った点が印象的でした。筆者は今まで「ピクシブ」を「品川」と同じアクセントで発音していましたが、社員の方々は「ピ」にアクセントを置いて「新橋」のように発音していました。