『虎に翼』米津玄師の歌詞が予告していた、「本当の自分」に戻った寅子の重要な気づき

写真拡大

『虎に翼』振り返り日記:第25週「女の知恵は後へまわる?」

X(旧Twitter)に日々投稿する『虎に翼』に対する感想がドラマ好きのあいだで人気のライター・福田フクスケさん(@f_fukusuke)。毎週末にその週の内容を振り返る連載「『虎に翼』振り返り日記」では、週を通して見えたものを福田さんが考察と共に伝える。

少年法の改正をめぐる審議会、尊属殺は違憲かを問う最高裁への上告、星朋一(井上祐貴)らに対する左遷人事など、佐田寅子(伊藤沙莉)の周辺には相変わらず問題が山積みだ。

司法の独立を守るために孤立していく桂場等一郎(松山ケンイチ)と寅子の対比を通して、「声を上げる」とは何か、「本当の自分」とは何かを問いかける第25週を振り返っていく。

「孤高」のつもりが「孤立」していた桂場

第25週は、司法の独立を守ろうとするあまり強権的になり、周囲の声を遠ざけて孤立していく最高裁長官・桂場等一郎の姿と、対話やヒアリングによって周囲の声を拾い上げていく寅子の姿を対比させていた。

そうすることで、「声を上げたという事実は人々の心の中に残り続け、決して無駄にはならない」ということが強調された週だったように思う。

「最近のお宅らは、とても司法の公正を守っているとは言い難いんじゃないのか?」と桂場に圧力をかけ、裁判所への調査特別委員会の設置を再び匂わせてきた政民党幹事長・寒河江弘幸(外山誠二)。そして、少年法改正を前提に一方的に話を進めようとする法制審議会の少年法部会幹事・豊谷(中山祐一朗)。

今週は、周囲の声に耳を傾けず、強権的/一方的に物事を押し進めようとする人々が登場する。

その極め付けが、勉強会を開いて団結・連帯する星朋一らに対して左遷人事を突きつけた桂場である。

桂場は、司法の独立を守るため、政治家に介入される隙を作るまいと「孤高の存在」になろうと意固地になり、周囲の声を聞かずに自らを孤立へと追い込んでしまう

唯一の楽しみであり、休息の場であったはずの寿司&甘味の店「笹竹」に姿を見せなくなるのは象徴的だ。

桂場の孤立とは裏腹に、その「笹竹」が、家裁の補導委託先として大五郎(増田怜雄)という青年を引き受けたり、優未(川床明日香)や斧ヶ丘美位子(石橋菜津美)の働き先として、さまざまな人を包摂する居場所になっているのは対照的で皮肉である。

そんな桂場に、「純度の低い正論は響きません」とかつて桂場に言われた言葉を返す寅子。「あの日話した穂高イズムはどこに行ったんですか?」と、穂高重親(小林薫)が遺した思いを引き合いに出して説得を試みるが、桂場は「二度と用もないのに訪ねてくるな」と寅子を拒絶する。

しかし、痛いところをつかれて図星だったのだろう。その後、多岐川幸四郎(滝藤賢一)の幻影であるイマジナリー多岐川が現れて「お前の掲げている司法の独立っちゅうのは、ずいぶんさみしくお粗末だな」と批判されるところに、桂場自身の葛藤が表れている。

雨垂れの一滴はやがて石を穿つ力になるという“穂高イズム”

一方で、寅子が大事にしているのは、周囲の声を拾い上げ、対等な対話を試みることだ。

家裁の職員や調査官たちに、少年法改正に関する意見を求め、調査官の音羽綾子(円井わん)から「裁判官の意気込みに差があり、調査官の負担が大きい」「人員不足を個人の努力で補ってきた責任は、佐田判事の代にある」という本音を引き出した。

また、猪爪家でも討論会を開いて、最近の少年犯罪についての実情を聞き出そうとしている。その結果、横浜家裁の判事補をしている直人(青山凌大)からは「どの少年が凶悪犯罪に手を染めるかなんて審判と面接だけじゃわからない」、教師の玲美(菊池和澄)からは「毎日顔を合わせていても、その子の心の中まではわからない」という現場の悩みを聞くことができた。

彼らが正直な意見を述べることができたのは、「すべて正しくなきゃ声を上げてはいけないの?(中略)萎縮したりせずに思っていることを言ってくれてありがとう」と受け止める寅子の姿勢があったからだ。

たとえ雨垂れの一滴のような小さな声であっても、その声に耳を傾け、かき集めることで、やがては石を穿つ大きな動きとなる。声を上げたという事実は決して消えない。これこそ、寅子が受け継いだ“穂高イズム”であり、桂場が見失いかけていたものではないだろうか。

久藤頼安(沢村一樹)が「頭の中のタッキー」に怒ってもらうことで心を落ち着けたり、桜川涼子(桜井ユキ)が「心のよねさん」に叱咤してもらうことで自分を励ましてきたりしたのも、誰かが声を上げたという事実は人々の中に残り、心の拠り所として生き続ける、ということを示している。

そして、“穂高イズム”の継承を色濃く感じさせたのが、尊属殺の重罰規定は憲法違反かどうかをめぐる争いだ。20年前に、穂高が「違憲である」と上げた声は、山田よね(土居志央梨)と轟太一(戸塚純貴)に受け継がれた。

そんな彼らの決死の訴えを聞いて、失われていた自分を取り戻したのが星航一(岡田将生)である。

「どの自分も自分であり、損なわれることはない」というメッセージ

第25週で描かれたもう一つのテーマは、「本当の自分を取り戻す」ということ、そして「どの自分も自分であり、損なわれることはない」というメッセージだと思う。

尊属殺の重罰規定が違憲かどうかを、今一度最高裁の大法廷で判断するべきだと訴えた航一を、桂場は「時期尚早だ」と跳ねのける。

一旦は「なるほど。わかりました」といつものように飲み込んだ航一だったが、ここで思い直した彼は、「いや、やっぱりわかりません」と反論に出る。そして、「たとえどんな結果になろうとも判決文は残る!」と珍しく声を荒げ、桂場に改心を迫るのだ。

長い間、航一の心の重しになっていたのは、かつて総力戦研究所で日本は敗戦するという分析結果を得ていながら、戦争を止めることができなかった責任感と無力感だった。

彼は、「なるほど」と飲み込むのをやめ、声を上げて判例を残すことの重要性を訴えることでその重しを下ろし、戦争以来止まっていた時間と自分自身を取り戻したのだ。

寅子もまた、「実は私、一周回って心が折れる前の、いえ、法律を知った若い頃の本当の自分に戻ったようなんです」と語り、“本当の自分を取り戻した”ことを明かす。

ただし、その後ですぐに「いや、でもどの私も私。つまり全部含めてずっと私なのか」と付け加えていることに注目したい。

かつて学生時代に、花岡悟(岩田剛典)が「どの自分も嫌いで、どれも偽物というか、本当の俺じゃなくて……」と竹原梅子(平岩紙)に打ち明けたことがあった。すると梅子は、「どれもあなたよ」「たとえ周りに強いられていても、本心じゃなくて演じているだけでも全部、花岡さんなの」「花岡さんが思う“本当の自分”があるなら、大切にしてね」と諭した。寅子のセリフは、このときの場面を想起させる。

生まれたときから自分は自分であり、誰からも奪われたり損なわれたりしない。そして、どの自分も自分であり、どんな自分でありたいかを選ぶ権利がある代わりに、その責任もまた自分にある

これは、本作が繰り返し提示してきたメッセージの一つである。

「生まれた日からわたしでいたんだ」という本作のテーマ

このメッセージは今週、他の登場人物たちからも繰り返し語られた。

たとえば、晴れて司法試験に合格したものの、あえて司法修習は受けない道を選んだ涼子は、司法試験に挑んだ理由を「世の中への私なりの股間の蹴り上げ方」と表現し、「弁護士になれなかったんじゃない、ならなかった。この先弁護士になるもならないも私の手の中にある。せめてそうしたかったの」と語っている。

どの道を選んでも、それが自分で主体的に決めた道であることが重要なのだ、という意思の表れだ。

また、父親からのおぞましい虐待を受けてきた美位子に対して、よねは「(お前の身に起きたことは)お前の父親が、この世界が、法律が、どうしようもなくクソなだけだ。お前がかわいそうなわけでも、不幸で弱いわけでも決してない」と諭す。

自分の身の上を彼女に重ね合わせた上で、どんなに理不尽な境遇にあっても、決して自分自身の尊厳は損なわれないと彼女を激励したのだ。

おそらく、最終週で語られるであろう美佐江とその娘・美雪(どちらも片岡凛)の物語も、このテーマと繋がっているはずだ。

美佐江はサイコパスでもなんでもなく、「特別な私」という呪縛に絡め取られたありふれた女性だったのだろう。彼女に必要だったのは、「私は特別」であることを証明しなくても、「私は私であるだけで尊重されるし、価値があるのだ」と誰かが言ってあげることだったのだと思う。

生まれたときから自分は自分として尊重されるべきであり、誰からも奪われたり損なわれたりしない。

実はこれは、本作の主題歌『さよーならまたいつか!』の中の、「生まれた日からわたしでいたんだ 知らなかっただろ」という歌詞の中に、最初から組み込まれていたメッセージでもあったのだ。

【連載一覧】

・第24週:『虎に翼』が示した、「若者世代」に対する「大人世代」の「理想の態度」とは

・第23週:夏休み最終日なのに宿題が終わらない…!そんな小4の息子をママが「安心して見守れる」理由

・第22週:『虎に翼』寅子が後輩の女性にかけた「優しい言葉」は「優三の言葉」と重なっていた

・第21週:『虎に翼』が人の「曲げられないこだわり」を「人権」として扱ったことの重要性

・第20週:『虎に翼』が「結婚」と「戦争」の問題を同時並行で描いた意味

・第19週:『虎に翼』寅子と航一はなぜ「滑って転んだ」あと「永遠を誓わない、だらしない愛」に進んだのか

・第18週:『虎に翼』航一が苦しむ「戦争責任」は「無自覚な差別」と地続きの問題だった

・第17週:『虎に翼』玉が涼子に、あえて「英語」で親友になってくれる?と聞いた理由

・第16週:『虎に翼』寅子が直面した「境界線」の問題。越えていい・越えてはいけない一線とは

・第15週:『虎に翼』直明は「もう一人の優未」だった?家族会議で「子供のような発言」をした理由

・第14週:『虎に翼』寅子の穂高への怒りは「父殺し」? 寅子を待ち受ける「復讐」される未来

・第13週:『虎に翼』梅子が「家族を捨てた」理由と、花江が「家族を支える」理由の意外な共通点

・第12週:『虎に翼』寅子が母・はるとの別れで子供のように泣きじゃくった「大事な理由」

・第11週:『虎に翼』の寅子と多岐川にある、「逃げた」過去以外の「大きな共通点」

・第10週:『虎に翼』寅子の「はて?」を復活させたのが神保教授ではなく穂高教授だったことの秀逸さ

『虎に翼』が示した、「若者世代」に対する「大人世代」の「理想の態度」とは