(※写真はイメージです/PIXTA)

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老老介護や介護離職といった事態を避けるため、老人ホームの利用者が増加する昨今。一方、その陰では安易な選択を「後悔」する人も増えているといいます。実際に介護施設での勤務経験もある株式会社FAMORE代表取締役の武田拓也FPが、具体的な事例をもとに、高齢者施設選びの注意点を解説します。

高齢の母との同居を望むが…妻が猛反対

年収950万円のAさん(56歳)は、都内のある上場企業に勤務する会社員です。自宅は千葉県にある一軒家で、35歳の昇進時に「千葉にある妻の実家にいつでも行けるように」という理由で購入したものです。

一方、Aさんの実家は栃木県にあり、現在は84歳の母親(Bさん)が1人で暮らしています。父親を病気で早くに亡くし、女手ひとつで息子を育ててくれた母。大学進学時も奨学金は利用せず、学費は全額母が出してくれました。Aさんはそんな母親のことを心から尊敬しています。

Aさんはある日、妻に次のように相談してみました。

「母さんも高齢になってきて、家のことを1人でするのが大変になってきたみたいなんだ。迷惑はかけないと思うから、俺たちのところで一緒に住んでもらうのはどうかな?」

「迷惑はかけないって、なにを根拠にそんなことが言えるの? あなたは仕事で日中家にいないでしょうけど介護もゆくゆく必要になるだろうし、そうなれば私はつきっきりでお世話することになるのよ。お義母さんだって、慣れ親しんだ実家を離れるのはかなりのストレスだと思うわ。どうしてもと言うなら、あなたが1人で実家に戻って母親の面倒を見たら?」

予想外にも、妻には冷たくあしらわれてしまいました。

Aさんが思いついた“理想”の選択肢

そんなある日のことです。Aさんは新聞広告で、自宅の近くに老人ホームが建てられたことを知りました。

「なんていいタイミングなんだ! これは運命に違いない」

想像を膨らますうちにすっかりその気になったAさんは、早速パンフレットを請求後、下見へ行きました。すると、Aさんの予想以上に施設は綺麗で、スタッフの対応も丁寧です。

Aさんは帰宅後、満を持して妻へプレゼンをしました。

「実はな、すぐそこにできた老人ホームに見学に行ってきたんだ。やっぱり、栃木の実家に母さんを1人にしておくのは心配で……。老人ホームならスタッフがいるし、食事の準備や掃除もしてもらえてお前にも迷惑はかけない。いいかな?」

妻は、夫が母に相談しないまま見学に行っていることに不安があるようでしたが、最終的にはAさんの熱意に気圧され、「あなたがそこまで熱心に勧めるなら」とAさんの母を老人ホームに入居させることを許可。

Aさんは同じ調子で母本人も説得し、Bさんはその老人ホームへ入居することになりました。望みが叶い、Aさんは大満足です。

入居後、たった数ヵ月で起きた悲劇

それからほんの数ヵ月後のことです。Aさんが母親の様子を見に施設を訪れると、母親のBさんは明らかにふさぎ込んでいる様子です。

「どうしたの? 元気ないみたいだけど、なんかいやなことでもあった?」とAさんが尋ねても、ハッキリとした返答はありません。「なにかの病気かもしれない」心配になったAさんは、母親を病院へ連れて行きました。

そこで医師から告げられたのは、予想外のひと言でした。「お母様は、ホームシックになっているようです」。

医師によると、Bさんは慣れ親しんだ思い出の我が家を離れ、長年の近所づきあいがいきなり絶たれたこと、さらに知らない土地で知らない人たちとの共同生活が始まったことによる寂しさとストレスでふさぎ込んでいるそうです。それを聞いたAさんは、愕然とするほかありません。しかたなく、母は老人ホームから退去させ、新たな“終の棲家”を探すことにしました。

「自分だけ熱くなってから回って……悔やんでいます。これからどうすべきでしょうか?」Aさんは、「介護経験もあるファイナンシャルプランナー」とネットで見つけた筆者のもとに、相談に訪れました。

“よかれと思って”が大誤算…施設入居前に確認したいポイント

筆者はまず、Aさんから一連の話を聞きました。

「私もできることなら仕事を辞めて母親の面倒を見たいという思いはありましたが、辞めてしまうと収入がなくなり、生活が立ちゆきません。母親を心配し、よかれと思って施設に入れたんですが……」

Aさんがそう言うように、介護離職によるデメリットが叫ばれる昨今、親の“終の棲家”の選択肢として「老人ホーム」を選ぶ人が増えています。

内閣府がまとめた「令和6年版高齢社会白書」によると、要介護者等から見た主な介護者の続柄は「同居している家族」が45.9%です。また、家族の介護や看護を理由とした離職者数は令和3年10月から令和4年9月までの1年間で約10.6万人と、前年の令和2年10月から令和3年9月の約8.8万人より20%ほど増加しています。

しかし実際のところ、家族の考えとは別に、自宅での介護を望む高齢者が多いという実態もあります。

日本財団が、67歳〜81歳の高齢者に対して、 人生の最期の迎え方に関する意識調査を実施したところ、最期を迎えたい場所として、58.8%が「自宅」、次いで33.9%が「医療施設」と回答しました。

一方、絶対に避けたい場所は、42.1%が「子の家」とし、最期に重視することについて、95.1%が「家族の負担にならないこと」と回答しています。

今回の事例のように、安易な考えで老人ホームに入れてしまうと、あとになって「合わなかった」ということになりかねません。したがって、老人ホームに入居する前に、下記のようなポイントを踏まえ慎重に検討する必要があるでしょう。

1.老人ホームへ入居する前に事前の話し合いをする(本人の意思を尊重する)

⇒最期をどこで過ごしたいのか?/誰に介護をしてもらいたいのか?/お金の準備はできているのか?/どのような生活を送りたいのか?

2.自宅の近くの施設へ入居する(住み慣れた街で友人がいる場合)

3.老人ホームが合わないなど、途中で退去する可能性を見越して支払い方法を検討する

介護施設もさまざま…状況に応じて「ベスト」は変わる

超高齢社会の日本では、介護問題や利用者の身体的・経済的な個別の状況に対応するため、昨今では下記のようにさまざまな種類の介護施設が存在します。

<老人ホームの種類>

介護老人福祉施設(特養) 介護老人保健施設(老健) 介護医療院介護療養型医療施設 認知症対応型共同生活介護(グループホーム) 養護老人ホーム 軽費老人ホーム 有料老人ホーム サービス付き高齢者向け住宅 など

それぞれの施設でかかる費用は、ざっくり分けると入居時に支払う「前払金(入居一時金)」と毎月支払う「月額利用料」の2つです。

有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅など多くの老人ホームでは、一定期間の居住費(家賃)を入居一時金として前払いする仕組みがあり、立地や設備によって数十万円から数千万円まで幅があります。都市部や豪華な設備があるほど高額です。

月額利用料の主な内訳は、家賃や食費、管理費、介護サービス費、上乗せ介護費などです。管理費には、人件費、ホームの維持・運営費などが含まれています。

前払金(入居一時金)の支払い方法も“先々を見据えて”検討

1.居住費を一括して支払う「前払い方式」

2.居住費の前払いはせずに毎月支払う「月払い方式」

3.居住費の一部を前払いして残金を毎月支払う「併用方式(一部前払い方式)」

なお、入居一時金の支払い方法には、上記の3種類があります。

「前払い方式」では、家賃相当額である「前払金」を入居時に全額支払います。すでに終身分の居住費を支払っているため、居住期間が長くなっても追加で居住費を支払う必要はありません。ただし、入居時の負担が大きく、もし早期退去すると前払金の一部が返還されないことがあるので注意が必要です。

「月払い方式」は、前払い方式と比べて入居時にかかる初期費用を抑えることができます。家賃相当分の月額料金が割高に設定されていることがありますが、短期入居や途中退去がしやすい支払い方式です。長期間の入居となると将来的に支払う費用の負担が大きくなります。

「併用方式」は、前払金と月額利用料の両方をある程度抑えることができるので、まとまった初期費用が用意できないものの前払金が必要なホームに入居したい場合の選択肢となります。ただし、前払い方式と比べて総額が高めに設定されていることがあります。

今回のBさんのように、途中で退去することを想定する場合には月々の支払いは多くなりますが「月払い方式」を選択するといいでしょう。

注意したいのは、自宅を売って入居資金に充てる場合です。ホームに入居したけれど想像と違ったというケースはBさんのように少なからずあります。自宅を売ってしまうと戻りたくても戻ることができません。自宅を売却する場合は、入居後しばらく過ごしてホームとの相性を確かめてからのほうがいいでしょう。

また、支払い方式を途中で変更することは原則できません。現在の経済状況だけでなく、先々まで考慮したうえで選ぶことをおすすめします。

老人ホーム選びは「慎重に」

老人ホームなど前払金が発生する施設では、入居後90日以内であれば無条件で契約を解除できる「クーリングオフ制度(90日ルール)」があります。

この制度によって、契約から解約までの期間中に実際にかかった費用以外の前払金が返還されます。入居後に「こんなはずではなかった」と感じたら、我慢するより少しでも早く、90日以内に契約解除を判断しましょう。

今回のケースのように、後々後悔しないためにも、家族間での“腹を割った”話し合いが大切です。施設見学は家族だけでなく、入居する本人も一緒に見学し、「こんなはずではなかった」とならないようにしたいものです。

武田 拓也

株式会社FAMORE

代表取締役