「国家による密輸」が経済を破壊…意味不明な金正恩政策
北朝鮮では「国家密輸」という奇妙な言葉が存在する。
朝鮮労働党などの国家機関が介入して、主に中国などから品物を輸入するのだが、通常必要な通関の手続きをすっ飛ばすものだ。それも保衛員(秘密警察)、安全員(警察官)、さらには税関職員や道の貿易局職員の立会の下で行われる。
そうやって北朝鮮に持ち込まれるものが、国連安全保障理事会の対北朝鮮制裁決議で禁制品に指定されたものなら、理屈としてはわかるが、今回輸入されたのは果物だ。
両江道(リャンガンド)のデイリーNK内部情報筋によると、恵山(ヘサン)市内の市場では、中国から国家密輸で取り寄せられた果物が、密輸業者の手で販売されている。
コロナ前までは、密輸業者が個人単位で、または地域の貿易会社や国境警備隊とグルになって、密輸を行っていた。ところが、コロナ禍で国境統制を厳格化したのを機に、すべての貿易を国が司る「国家唯一貿易体制」に戻そうとしている。国家密輸もその一環として行われているようだが、何をどれだけ輸入するかを把握すると同時に、輸入に伴う利益を国庫に入れ、さらには何日もかかる面倒な通関手続きを省略するのが目的と見られる。
(参考記事:「気絶、失禁する人が続出」北朝鮮、軍人虐殺の生々しい場面)
いずれにせよ、国が率先して国の法律を破るというのは、理解に苦しむところだ。
密輸された果物だが、旧暦8月15日の秋夕(チュソク、今年は9月17日)の日に先祖へのお供え物用だ。気候的に農業に適していないこの地域では、ジャガイモともち米で作った餅、ワラビの炒め物、そしてよその地方から取り寄せられた果物がお供え物として使われてきた。
例年なら、秋夕の10日ほど前から直前までが市場の書き入れ時だが、今年はあまり売れないという。
「秋夕のお供え物に必要な物資を中国から国家密輸で取り寄せられ、恵山市場には輸入の果物や加工食品など様々な輸入食品が売られている。しかし価格が高くて金持ち以外の一般庶民は購入を躊躇している」(情報筋)
市場にやってくる人はいるものの、値段を尋ねるだけで買おうとしない。いや、買えないのだ。
「人々は1日3回の食事もまともに取れないので、秋夕のお供え物の準備に大きな負担を感じている」(情報筋)
市場で果物を販売している50代男性は、「元々この時期になれば客が押し寄せて品物が飛ぶように売れていたが、今では秋夕を負担に感じる女性たちの表情が険しくなるばかり」と述べた。
ちなみに梨は1キロ6500北朝鮮ウォン(約65円)、りんごは9500北朝鮮ウォン(約95円)だ。梨数個とコメ1キロがほぼ同じ値段なのだから、手が出せないのも当然のことだろう。お供え物として人気のあるソーセージも1本2500北朝鮮ウォン(約25円)で売られているが、金持ちしか買えない。
コロナ前までは市民の多くが密輸そのものや、密輸された品物を他の地方に送り出す仕事などに関わっていた恵山だが、コロナ禍をきっかけに密輸はもちろん、正式な貿易すら遮断されてしまった。
恵山では最近になってようやく、国家密輸の形で貿易が再開された。ただ、以前のように誰もが関わるものではなく、地域住民の多くが現金収入が断たれた状態だ。それでも、多少は生活がよくなり、市場も活気を取り戻すのではないかと期待が持たれていた。
しかし蓋を開けてみると、状況は全く変わらずで、せっかく取り寄せた果物もあまり売れない。国家密輸に紛れ込ませる形でキャンディを取り寄せた業者もいたが、これもあまり売れない。
輸入を国のコントロール下に置いて、必要最低限のものだけ輸入し、加工食品、生活必需品は輸入品ではなく、国産品を使わせる。「国家唯一貿易体制」は理屈として正しいかも知れないが、消費者はどこから収入を得るかという観点を欠いている。