「なぜみんな父に気を遣うのか…」シャイだったIMALUが幼少期にハマった”ある番組”

写真拡大 (全6枚)

2022年8月、東京と奄美大島の二拠点生活をスタートしたタレントのIMALUさん。コロナ禍でリモートワークが進み、サラリーマンであっても勤務地に縛られずに住みたい場所に住むことが夢ではなくなってきた昨今。実際に都会から拠点を移したIMALUさんの離島ライフを、ご本人に綴っていただきます。(以下、IMALUさんによる寄稿です。毎月1回更新予定)

台風にお祭り、小さなお客様…今年も夏が終わっていく

今年の奄美の夏はムシムシして雨も少なく、去年より暑かったように感じます。先日奄美に台風が来た時は、いろんな方から「大丈夫!?」と心配のラインをいただきましたが、私は仕事で東京にいました。奄美の友達はみんな、台風が来る前に船を陸にあげたり、家にこもるため準備をしているストーリーズを上げていて「やっと台風が来たのか〜」と思うと同時に、一緒に台風の準備をできなかったこと、台風を理由に家でダラダラ過ごすことができなかったことに少し残念な気持ちにもなりました。

島に台風が来ないと「台風来なくてよかったね〜」とよく言われますが、島の人たちは「台風来なくて心配だよ〜」と言っています。私も奄美に来て知ったことなのですが、台風が来ると海の中がかき混ざり、水温を下げてくれるので、白化が進んでいるサンゴにとっては良いことだそうです。海の近くに住み、自然を大切にしている人たちならではの心配事だな〜と思います。

みなさんの夏はいかがでしたでしょうか? 奄美では5年ぶりに奄美祭りが開催されたり、テレビロケがあったり……。更にうちには内地から色んな人が遊びに来てくれて、なんだかバタバタしておりました。8月はパートナーの甥っ子、関西に住む9歳の男の子が飛行機に一人で乗って、奄美に遊びに来てくれました。到着後、JALの飛行機のおもちゃを片手に、CAさんが渡してくれたであろうポストカードを見せてくれました。「〇〇くんの保護者様へ」と書かれていて、機内での彼の様子、CAさんとの会話や感謝のメッセージがポストカードにみっちりと書かれていて、こんなサービスがあるのかとビックリしました(さすがJAL!)!

滞在中は、毎日学校や塾の宿題を午前中にして、海に入りたい時は入り、島の子供達ともいっぱい遊んでいました。8月のペルセウス流星群があった日はみんなでBBQをし、夜はうちのベランダから流れ星を見ていました。流れ星が流れ始めると、島の男の子は「サッカー選手!サッカー選手!」と大きな声でお願い事をしていました。それに便乗した9歳の甥っ子は「カスカスカス……」と何か小声で言っていて「ねぇカスって言ってる〜?」と聞くと「違う! 歌手!!!」とちょっと照れくさそうに怒りながら言い返され、誰も知らなかった彼の夢を聞くことができました。なんという平和な時間……。

9歳の夏休み。滞在中は一人で寝るのが怖いと言って一回も一人で寝れなかったけど(笑)、自然にいっぱい触れた島の経験がいい思い出となってくれたらいいな〜と思います。

IMALUが洋楽にハマった理由

そして、今年も私は夏フェスに行ってきました。フェスに通い始めて10年ちょっと? フェスに行かないと体がソワソワする体質になってるようで、去年は奄美→東京→北海道と移動しライジングサンへ。そして今年は千葉で開催されるサマーソニックに行ってきました。奄美から成田の直行便があるので、奄美→成田空港→幕張メッセと、今年は意外とスムーズな移動でした(ちなみに奄美は羽田と成田の直行便が1日1本飛んでいます)。

奄美に住んでから、フェスに行く時は飛行機代がかかるので、恐らく夏に一番お金をかけているのはフェスだと思います(笑)。今回のお目当ては私が小学生の頃から大好きなアメリカのシンガー、クリスティーナ・アギレラのライブ。デビュー当時から20年以上のファンで、ずっと憧れている人です。

私は昔から海外のアーティストが大好きでした。大きなきっかけは音楽専門チャンネル「MTV」を見始めたことだと思います。なぜ海外に憧れていたのか、大人になって自分なりに分析してみたのですが、自分がいた環境が影響してたような気がします。

私は小さい頃、元々シャイだったこともあり大人と接するのが苦手でした。特に両親と一緒にいると、両親の周りにいる人たちが父や母に気を遣っている姿を見るのが嫌でした。父が席を立つとみんなが立つ、外に出ていくとみんながホッとした表情に変わる。父が何を言っても共感や反応をする。自分にとってはただの”お父さん””お母さん”なのに……なぜみんなこんなにも気を遣うのか不思議で、両親とその周りにいる業界の人が集まると、独特な空気に変わる気がして、居心地がとても悪かったのを覚えています。今は自分も大人になり、社会に出ると目上の方に気を使ったりすることはもちろん理解できるのですが、子供の頃は繊細に感じてしまったのかもしれません。

アギレラやデスチャから学んだ“フェミニズム”

そんなことを思っていた幼少期の私が、目を輝かせて見ていたのがMTVが主催する「MTV VIDEO MUSIC AWARDS」。毎年行われるミュージックビデオの授賞式で、出演するプレゼンターやアーティストがステージで自分の意見をハキハキと言う姿がかっこいいと思っていました。YESとNOも、好き嫌いもハッキリ言う。日本の気を使い合う文化とは真逆に見えて、「私はこの世界にいたい!」と思い、海外の憧れが芽生えたんだと思います。

中でもクリスティーナ・アギレラは歌が抜群に上手いのはもちろん、アイドル的存在から自分で殻を破り、世間に何を言われようが自分のやりたいスタイル貫き、弱い自分も強くなった自分も曲で表現し、様々なファッションやメイクに挑戦し楽しむ姿は、多くの女性やゲイコミュニティーに大きな影響を与えたと思っています。私が初めて買った洋楽のアルバムはデスティニーズ・チャイルドの「Survivor」だったことも思うと、今の私が持っている”フェミニズム”も彼女たちの影響は絶対にあると思っています。

海外に憧れ英語が喋りたいと思い、当時小学校高学年だった私は好きなCDを買っては、その中のお気に入り曲の歌詞をノートに写し、自分だけの歌詞ノートを作っていました。意味は全く分からなかったけど、英語を書いたり、聞いたり、そのノートを見ながらCDを流して歌の練習するのが好きでした。私の両親や兄は特別英語に興味があったわけではないのですが、私の母方のひいお婆ちゃんは大昔、女子英学塾(後の津田塾)に進学し、アメリカに留学したメンバーの一人だったことを大人になってから知りました。英語を勉強したいという気持ちは、音楽きっかけだけでなく、DNAも関係しているように感じ、会ったことのないひいお婆ちゃんに不思議とシンパシーを感じています。

サマソニでは無事に大好きなクリスティーナ・アギレラのライブを見ることができました。中学生以来(恐らく21年ぶり!?)の生アギレラ。人は興奮するとこんなにも声が出るものなんだと、自分でもビックリするぐらい歓声というかもはや悲鳴?をあげていました(周りにいた人ごめんなさい)。子供の頃、アギレラをテレビで見て憧れていた自分に言いたい。「将来は奄美大島からアギレラのライブ行ってるよ」って(笑)。

奄美に住みながら東京でお仕事をしたり、こんな思い出を作ることができ、私は本当に幸せだな〜とつくづく思います。さぁ、来年の夏フェス資金のためにも(!?)またお仕事頑張ります〜。

IMALU「スカートを履くのが苦手だった」離島ライフで考えた“違和感”の正体