飲酒運転と「当て逃げ」ですべてを失ったキム・ホジュン

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 いま韓国の芸能ニュースで、“NewJeansの母”ミン・ヒジン氏の騒動に並ぶ関心を集めているのが、韓国の人気歌手キム・ホジュン(32)の飲酒運転である。

 事件は5月9日の23時40分頃、ソウル市江南区狎鴎亭洞(アックジョン)付近で起きた。停車中のタクシーに白いベントレーのSUVが衝突し、そのまま逃走したのだ。

【写真】停車中のタクシーに“激突”し、逃走…キム・ホジュンの事故を報じるニュース映像

 タクシー運転手から通報を受けた警察の照会により、SUVはキム・ホジュンの車であると判明。ところが、その数時間後に、キムのマネージャーが警察署に出頭した。「キムの車であることは確かだが、事故発生当時は自分が運転していて、タクシーに衝突した直後、慌てて逃走した」と“自白”したのである。そしてこの事故の2日後、何事もなかったようにキムは予定されていたコンサートに出演した。

飲酒運転と「当て逃げ」ですべてを失ったキム・ホジュン

 この事故を察知したマスコミがこぞって報道しはじめると、5月14日に、キムはメディアを通じ「心配をかけてすまない」とメッセージを発表した。ところがその後、防犯カメラの映像から、運転していたのはキム本人であったことが明らかになり、その嘘はばれてしまった。

嘘をつかなければならなかった金銭事情

 キムに飲酒運転疑惑があったことが、さらに報道に拍車をかけた。キムは警察の調査を受けているが、それは発生から17時間後のことだった。当然ながら、体内から基準値を超えるアルコール濃度は検出されなかった。

 警察は、キムの車両に付いているはずのドライブレコーダーのメモリーカードがなくなっていたことに疑惑を抱いた。5月27日には、マネージャーのスマホに保存されていたキムとの通話記録を警察が入手したと報じられた。キムは「俺が運転してたけど君(マネージャー)が代わりに警察に出頭してくれ」と頼んでいたという。

 こうした工作がばれ、世間からの非難は激しくなった。所属事務所の社長は「事故当時、キムは飲酒運転をしておらず、単にパニックを起こしていただけ」とメディアに語り、マネージャーの自首も自身が指示したと釈明した。

この社長には、事件の隠ぺいを指示せざるを得ない事情があった。5月18日から数日間にわたって開催されたコンサートに、キムの出演が決まっていたからだ。チケットは、VIP席が23万ウォン(約2万6,400円)、最も安い席でも10万ウォンという高額なもので、公演の収益は少なくとも90億ウォン(約10億円)と推定されていた。さらに事務所は出演料として約125億ウォン(約14億円)を前払いで受け取っていたことが後に明らかになった。

 キムが飲酒運転のうえ当て逃げしたことが明るみに出て、コンサートが中止になれば、事務所は前払金の返金にとどまらず、莫大な違約金も支払わなければならない。そのため嘘をついてでも、コンサートの中止だけは食い止めなければならなかった。

しかも「はしご酒」だった

 だが嘘は通らなかった。警察の取り調べでキムが「酒が入ったグラスを口にしたが、酒は飲んでいない」という荒唐無稽な供述をしたことがメディアによって暴露され、さらに彼が事故直前に数店をはしごし、酒を飲んでいた事実を伝えた。

 報道によると、キムは事故当日の午後4時頃からスクリーンゴルフを備えた店で知人と酒を飲み、さらに午後6時には別の飲食店で焼酎およそ5本を注文し、知人と共に飲んだ。その後、高級居酒屋に移動し、さらに酒を飲んでいた。マスコミが公開した防犯カメラの映像には、事故発生の50分前に、この居酒屋からよろめきながら出てくるキムの姿が映っていた。その後、セダンに乗っていちど家に帰り、SUVに乗り換えて別の居酒屋に向かっている途中に、タクシーと衝突したというわけだ。

 また事故直後、キムはソウル郊外のホテルに赴き、コンビニでビールを買って飲んでいる。「飲酒したのは事故後」という隠ぺい工作のためだ。だが、5月17日、キムの飲酒運転の有無を精密分析した「国立科学捜査研究院」は“飲酒したのは事故直前だと見られる”という結果を発表した。

 証拠は十分に揃い、立件も時間の問題だった。それでもキム側は5月18日と19日のコンサートを強行し、約23億ウォン(約2.6億円)の収益を上げた。この公演の直後、「僕は飲酒運転をした」「後悔し反省している」と語ったキム。しかし、23日と24日のコンサートも決行することが発表されると、世論は「なにも反省していない」とより冷ややかになった。

 さすがに警察も寛容ではいられなかったのだろう。キムと事務所社長らに令状を申請し、23日のコンサート後に拘束した。キムは裁判所に「24日にコンサートがあるので捜査を延期してほしい」と要求するなど、最後まで公演開催に踏み切ろうとしていたという。

ファンの必死の抵抗

 キムは「逆転人生」を成し遂げたスターだった。子供のころは問題児と呼ばれ、高校生の時からすでに暴力団に入って活動していたという噂もあった。2020年にTV朝鮮の「ミスタートロット」という、トロット(韓国版歌謡曲)歌手のサバイバル番組に出演すると、優れた歌唱力とパフォーマンス、他の出演者に対する礼儀正しさが視聴者に感動を与え、一躍人気者になった。出演後、キムはさまざまなCMや番組に出演し、大規模コンサートを開くまでになっている。

 韓国国民の多くは彼に厳しい見方だが、キムのファンは違った。

 マスコミの取材に「人が死んだわけでもないのに、やりすぎ」と語ったほか、強行されたコンサート会場を訪れ「メディアが若者を押しつぶす」とキムを擁護。取材陣に抗議をおこなった。

 6月初めには、キムのファンコミュニティ「アリス」が「100億ウォンを寄付するからキム・ホジュンを寛大に処分してほしい」と、虐待被害児童を支援する団体へ募金すると予告した。75億ウォンほどが集まり、寄付したと発表されたが、実際は現金として75億ウォンではなく「キムのアルバム52万8,430枚」を“75億ウォン相当”として、団体へ送ったことが、ある新聞社の取材で明らかになった。

 堕ちた歌手のCDにそれだけの価値があるはずもない。寄付された団体は「キム・ホジュンの事故以後、アルバムをくれという人がいないので丸ごと残っている。廃棄処分しなければならない」と話した。ファンコミュニティはまだキムのCDに価値があると信じていたのだ。

 7月10日にソウル中央地方裁判所で行われたキムの最初の裁判には、女性ファン数十人が傍聴に訪れた。刑事裁判の被告人になった姿を見て涙を流すファンも……。

「大統領候補にだって飲酒運転歴がある」

 ここ数年、韓国では飲酒運転に対する処罰が厳しくなっていただけに、キム・ホジュンの事件は衝撃を持って迎えられた。芸能業界の関係者は次のように明かす。

「キム・ホジュン事件をきっかけに、事務所は所属タレントに『飲酒運転は人生を滅ぼす』と厳しく伝えるようになりました。本人に運転をさせないようマネージャーの人数を増やした事務所もありますし、大手では専任の運転手を雇い、プライベートで食事に行くときや、少しでも酒を飲むときは、代わりに運転するようにしたプロダクションもあります」

 韓国国民にとって少しだけ悩ましいのが、キムを擁護するファンの〈社会の模範となるべき国会議員にも飲酒運転や前科を持つ人が大勢いる。たった一人の芸能人に、それ以上の道徳的な基準を要求するのは納得できない〉(SNS投稿より)という意見に、反論しにくいからだ。

 知人はこんな感想を漏らしている。

「現在、左翼野党『共に民主党』の代表、李在明(イ・ジェミョン)議員だって飲酒運転で逮捕されています。そんな前科があるのに、次期大統領候補の声もあるわけです。キムのファンの文句を、受け入れる気はありませんが……」

 今年4月に行われた総選挙でも、全立候補者587人中144人に何かしらの前科があり、そのうち52人には飲酒運転歴があった。罪を犯した人間は、いかに赦されるべきなのか――キム・ホジュン事件が、思わぬ波紋を呼んでいる。

ノ・ミンハ(現地ジャーナリスト)

デイリー新潮編集部