「16歳下の夫」と結婚した51歳彼女の"偉大な勇気"
16歳下の夫と結婚することになった女性。彼女の現在とはーー?(イラスト:堀江篤史)
北関東のターミナル駅近くにある中華料理店で担々麺を食べている。テーブル席で向かい合っているのは、涌井英子さん(仮名、51歳)。
白いTシャツの上に水玉柄のシャツを羽織り、大きな銀色のイヤリングをつけ、左薬指には結婚指輪が光っている。小づくりな整った顔立ちで、かすかに鼻にかかった声は若々しい。丁寧語なのにフラットな雰囲気が漂う女性で、学生時代のオシャレな女友だちと話しているような気分になる。
16歳年下の男性と49歳で入籍
英子さんから初めて連絡をもらったのは今年2月のこと。筆者のメールマガジンに登録してくれて、自己紹介欄に<婚活中、大宮さんの文章に心が温かくなりました。49歳で無事入籍。^^>とのメッセージが書かれていた。ほぼ確実に本連載の読者なので、取材協力にも快諾してくれるはずだ。すぐにメールを送り、英子さんが夫の和之さん(仮名、35歳)と一緒に暮らしている町でランチタイムに会ってもらった。
16歳年下の男性との出会い方を早く聞きたいところだが、関西にある芸術系の大学を25歳で卒業した英子さんの経歴から確認しておきたい。九州出身の英子さんは恋人にも家族にも「尽くすタイプ」だったようだ。
「大学を卒業してからは東京で働いていました。職場は、自分が専門にしていた分野のモノづくりの会社です。仕事では肩肘をはっていたし、精神的に不安定だった姉の世話もしていました。学生時代からの友だちとはよく遊んでいて、その中に元恋人もいましたが、恋愛は10年近くしていなかったと思います」
そのうちに姉は元気になり、英子さんは東京郊外にある古民家を借りて一人暮らしを始める。36歳のときに生計を維持するために見つけたのが国公立大学の非正規スタッフの仕事だった。そこでは「不毛な恋愛」もしたと英子さんは言いにくそうに振り返るが、結果として和之さんと結ばれることができた。当時、彼はその大学の博士課程に在籍していた。
「もちろん、学生さんに手を出すようなことは一切していません。当時は教授も学生もスタッフも一緒になって研究室に机を並べていて、私は学生と同じ目線のおせっかいお姉さんという感じで過ごしていました。彼は博士課程を修了して就職し、県外に出ていたのですが、実家が関東にあります。帰ってきたときはお酒を飲んで近況を伝え合う友人になりました」
その頃、英子さんの九州の母親が大病を患い、看病する父親のフォローに追われていた。その苦労話を和之さんはウンウンとうなずきながら聞いてくれていたという。付き合っていたわけではないが、深い話もできて「美味しくないものは食べたくない」という点で共鳴し、いつも笑顔の和之さんを尊敬するようになったと英子さんは明かす。
「2018年の夏に母が亡くなりました。父は大変だったと思います。私も関東でやるべきことはやり尽くした気がしたので、西のほうに戻ろうかと考えていました。心残りは彼だけでした」
ドライブ帰りに思いを伝えたが
このままでは関東を離れられない。英子さんは一緒にドライブをした帰り道に、「年齢のことがあるので子どもは無理かもだけど、あなたのことが好きです」と思い切って伝えた。
北関東にある大手メーカーの開発拠点で働いていた和之さん。英子さんは遊びに行って飲食店で「しこたま飲み」、和之さんの家に泊まらせてもらうこともあった。ただし、ガツガツしたところがない和之さんと男女関係にはならなかった。
「告白したときも『僕は英子さんとはそういう感じじゃないと思う』とふんわり振られました(笑)。でも、45歳になっていた私は自分の気持ちが久しぶりに動くこと自体が嬉しかったです」
これで吹っ切れたと思っていたところ、翌々日になって和之さんからLINEでメッセージが入った。<やっぱり付き合いましょう。いろいろ考えた結果、僕には英子さんが必要だったみたいです>というのだ。その半年後、英子さんは和之さんが住む北関東の1DKに引っ越した。
「私の人生で一番無謀で、もしかしたら尊い衝動と行動だったかもしれません。でも、和之さんのご両親のことを考えると心配でした。29歳の息子のところに、16歳も年上の無職の女が転がり込んだのですから……。私と9歳しか離れていないお義母さんは以前から私のことをときどき聞いていたようですが、お義父さんのほうがとにかくビックリしていたそうです」
モノづくりが大好きで、テレビはほとんど観ないという和之さん。老成した雰囲気があり、同じような趣味嗜好を持つ英子さんは年齢差を感じたことがない。
「でも、私はできれば和之さんの子どもを産んでみたかったです。結婚したときは閉経していなかったのですが、彼は食生活をはじめとするすべてに『自然』を望む人で不妊治療には賛同しませんでした。私の体を気遣ってくれたのかもしれません。彼に子育てをさせてあげられないことは申し訳なくて、最近は里親になる研修を受けたりしています」
直感でつかんだ深い安心感
子どもに関してはまだ割り切れない想いがある英子さんだが、いつも穏やかでときどき面白いことを言う和之さんが毎日隣に寝てくれることに深い安心感を覚えている。日常生活では主婦として家事を担い、和之さんに毎朝お弁当を作って持たせつつ、新天地で学び直した芸術分野に打ち込んでいる英子さん。現在は仲間と共同で作業場を構えるまでになった。
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「私は意外と真面目なところがあって、仕事に打ち込みすぎて腱鞘炎になったりすると気持ちがキュッと狭くなったり集中できなくなったりします。和之さんはそんなときに『制作を楽しめばいいんじゃないかな』と肩の力が抜けるような言葉をかけてくれるんです。土日は得意の納豆料理を作ってくれたり(笑)。しんどいときは必ず手を差し伸べてくれます」
苦しいことがあってもなんとか前向きに生きていると、仕事でもプライベートでも変化や成長のチャンスがごくたまに訪れる。ただし、それはなりふり構わずにつかみ取って数年経ってから「あれが自分にとっての好機だったんだ」と知るにすぎない。予告も気配もなくやって来る幸運の女神が一瞬だけ差し出す手は目には見えないのだ。英子さんは直感に従い、勇気を振り絞ってその手をつかんだからこそ今がある。
ランチの後、英子さんの車で山の中にある静かな作業場に行き、優しそうな仲間とその愛犬を紹介してもらった。英子さんが果敢な行動で得た喜びと安心は、和之さんだけでなく、移住先で出会った人たちにも温かく影響していると感じた。
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(大宮 冬洋 : ライター)