●18年前にEXILEオーディション参加

今年3月、ウソしか言わない唯一無二の“ファンタジー漫談”で『R-1グランプリ2024』王者に輝いた、芸歴21年目のピン芸人・街裏ぴんく。その優勝を記念したカンテレ・フジテレビ系バラエティ特番『街裏ぴんくの職業・漫談家 絶対おもろいって言わせたんねん!』が23日(25:10〜26:10)に放送される。

番組では、3つのシチュエーションでオリジナル漫談を披露。「はとバス」のガイドとなって東京の名所を巡り、乗客を漫談でもてなすバスツアーを行うほか、自身の母校である大阪・上宮太子高等学校で全校生徒を前に凱旋漫談を。さらに“因縁の相手”というEXILE TAKAHIROのソロライブに潜入し、TAKAHIROをテーマにした漫談と一夜限りのスペシャルデュエットにも挑戦する。「全部がやってみたかったこと。夢でした」と語る街裏ぴんくに、番組の見どころとさまざまな夢を叶えつつある“今”を聞いた。

街裏ぴんく


○マジで臨んだオーディションで「僕がEXILEだった可能性」も!?

――バスツアーに母校凱旋、そしてTAKAHIROさんのライブと、用意されたシチュエーションが豪華ですね。

そうなんです。ホンマに優勝ってしてみるもんやなと(笑)。全部がやっぱり夢でしたからね。出演者も豪華で、はとバスツアーにはカズレーザーが来てくれたりとか、上宮太子高校ではサルゴリラと一緒に校内を回って楽しかったし、ライブではとろサーモンの村田(秀亮)さんと初めてご一緒できたりとか。そしてやっぱり、僕が一方的に因縁を感じていたTAKAHIROさんですよね。







優勝記念特番『街裏ぴんくの職業・漫談家 絶対おもろいって言わせたんねん!』より=カンテレ提供

――その因縁というのは、TAKAHIROさんがEXILEに加入することになった18年前のオーディション「EXILE VOCAL BATTLE AUDITION 2006 〜ASIAN DREAM〜」に、実はぴんくさんも参加していたという……。

そうです。だからね、僕がEXILEだった可能性もあったんですよ。

――可能性はゼロではなかったと(笑)。どんな経緯でオーディションを受けたのですか?

僕が大学生のときに漫才コンビを組んで1年くらいのときですかね、EXILEの新しいボーカリストを探すオーディションがあるというのを知って。もともと芸人をやりながらクラブとかでR&Bを歌ってたりもしたので、「ちょっと受けてみようと思うんやけど」って当時の相方に言ったら、「いいんじゃない?」って。

――そんなにあっさりと?

絶対に受からんわと思ってたんでしょうね、たぶん(笑)。でも自分としては結構マジでしたね。入れるなら入りたいなと。もうEXILEになれるんやったらね、これは受けとかな! と。実は正直、漫才コンビもこれからちゃんと続いていくのかなっていう不安もありましたし……結局その後、結成3年で解散することにはなるんですけどね。





――3次審査まであったようですが、どこまで進まれたんですか?

それはもう、栄誉ある“1次予選敗退”です(笑)。でも一応ね、全力で歌うっていう雄姿だけは見せられたかと思います。

――そのとき、会場でTAKAHIROさんとたまたま顔を合わせていた、なんてことは?

いや、まったくないです(笑)。 でも後に振り返ってみると、あのオーディションでTAKAHIROさんと僕の人生が一回交差してたんですよね。僕とTAKAHIROさんは同い年で、当時は20歳くらい。あのときは同じ道を志したけど、こっちは結局違う道に進んで、そこからいろいろありながら歩んできたんやという事実を、TAKAHIROさんにお伝えできたことがめちゃくちゃうれしかったですね。

――番組では、TAKAHIROさんと一緒に歌われたそうで。

これは本当に感慨深かったです! ライブに乱入という形やったんで、もう最高に緊張しましたけど(笑)。TAKAHIROさんはもちろん、会場のファンの方々がすごく温かくてありがたかったです。

●先輩芸人の激励に喜び「見てくださってたんやな」

○爆笑問題太田・くりぃむしちゅー上田が芸風に太鼓判

――『R-1』で優勝が決まったとき、「R-1には夢があるんですよ!」と絶叫されていたのがとても印象的でした。優勝からおよそ3カ月、夢を叶えている最中だと思いますが、現在の状況は?

ありがたいことに、仕事の量はホンマに増えましたね。あと、これまで会うことができなかった方にたくさんお会いできてるのがすごいことやなと。特番で共演させていただいたとろサーモンの村田さんは、「おもしろいな〜」ってずっと思っていて、いつかご一緒したかった先輩ですしね。爆笑問題の太田(光)さんとくりぃむしちゅーの上田(晋也)さんの『太田上田』(中京テレビほか)という番組で漫談をやらせていただいたときには、初めてお会いした上田さんが「そのネタ知ってるよ」と。僕のいろんなネタをすでに見てくださっていたそうで、「お前はウソがおもしろいから、もう事実は言わなくていいよ」「お前のプライベートなんて聞きたくないから、ずっとウソついとけよ」みたいなことをおっしゃって。

――ぴんくさんのファンタジー漫談をすごく褒めてくださってるんでしょうけど、それはそれで……。

はい、ここまではっきりとプライベートに興味ないって言われると、それはそれで複雑なんですけど(笑)。でも、見てくださってたんやなってことがわかって、めっちゃうれしかったですね。





○急増したテレビの仕事に「まだ赤子のように右往左往してます」

――優勝直後からオファーが殺到。いろんな番組に出演されていますが、手応えはいかがですか?

まだ赤子のように右往左往してる状態で(笑)。吐くくらいの思いをして手応えをつかんでいかなアカンなと思ってます。これまで20年、お笑いの活動といえば“漫談”で、ほとんどそれだけでやってきましたからね。テレビもスポット的にちょこちょことは出していただいていたんですけど、だいたい1回限りで終わってた。でもこれからは、2回目、3回目と呼んでもらわなアカンという“使命”みたいなもんが自分の中に芽生えてきたこともあって、次につなげる大事な1回目をどうすればいいかを、先輩とかうちの嫁さんに相談しながらやっているという状況ですね。

――奥様にも相談を?

高校生くらいからずっとガチでお笑いを見てきた人で、僕と感覚も近かったりするんで、嫁さんの意見はめちゃめちゃ参考になりますね。僕の持ちネタで「有名人の目撃談」というのがあって、いろんな有名人が街でこんなことしてましたっていうのを、それこそ“ファンタジー”で話すというものなんですけど……大きい声では言えないですが、中には嫁が丸ごと全部考えたネタもあって、それがめっちゃウケたこともあります(笑)。

――奥様、才能ある!

だからやっぱりね、信頼してるんですよ(笑)。



――最後に、これからやってみたいことを教えてください。

メディアでいうとラジオですかね。ラジオはもともと好きやし、漫談と親和性があるのかラジオの番組に呼ばれることが多いんですよ。だから自分のラジオ番組を持てるとうれしいなと思います。あとはやっぱり独演会。みなさんを驚かせるような、漫談の見せ方の可能性を広げていくようなことがやりたいんです。

――“見せ方の可能性を広げる”とは、具体的には?

僕は過去にいろんなコンセプトで独演会をやらせてもらっていて、たとえば架空の告別式という設定でやった独演会は、お客さんに喪服で集まっていただいて、そこで僕が読む弔辞が漫談になっていて……というものやったり。だから今回の優勝特番のような、ただネタをやるだけじゃなくて、あるシチュエーションで進むストーリーの中心に漫談を入れ込むという方法はまさに僕がやりたいことだったので、こんなふうに見せたら伝わりやすくなるのか! とか、発見もあったしすごく勉強させてもらいました。これからいろんなことを企てていけたらと思ってます。

■街裏ぴんく

1985年2月6日生まれ、血液型:B型、大阪府堺市出身。2004年、大学在学中に漫才コンビを結成。解散後、2007年にピン芸人に。『R-1グランプリ2024』優勝、「Be-1グランプリ2022」優勝。