DeNA南場智子会長と、ハイセンスジャパン李文麗社長(写真:ハイセンスジャパン提供)

2024年3月4日に日経平均がバブル後最高値を更新したが、生活ベースでの景気回復の実感が薄い。少子化に伴う人口減で、市場縮小や労働力不足への対応も差し迫った課題だ。

経団連副会長も務めるディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子会長と、販売台数世界2位のテレビメーカー「ハイセンス」の日本法人トップを2011年から務め、東芝のテレビ事業を買収して経営再建も指揮したハイセンスジャパンの李文麗社長が、日本企業の競争力やダイバーシティ、女性登用の取り組みについて、自身の体験を交えながら直言した。(前後編の後編。前編はこちらから)

日本にはダイナミズムがない

――経団連の副会長でもいらっしゃる南場会長は、日本企業の競争力をどう評価していますか。DeNAの属するIT業界ではアメリカのスタートアップが開発したChatGPTがゲームチェンジの火ぶたを切りました。他の業界も含めてイノベーションにおける日本の出遅れが気になります。

南場:日本の競争力はこの30年右肩下がりで、いろいろなランキングも順調に落ちています。1989年には時価総額ランキング世界トップ50社のうち32社が日本企業だったんですね。今は1社だけですよ。1人当りGDPの順位もずっと下降しています。

中国やアメリカにあって日本にないのがダイナミズム。スタートアップが次々に生まれて、今ある会社に追いつき追い越して、リーダーが入れ替わっていくというダイナミズムが米中にはあるんですよね。特に中国は数年前まですごかった。シリコンバレーの人たちがみんな中国にスタートアップのエコシステムを見に行っていました。

最近はその点における中国の勢いも陰りがありますが、日本は中国のダイナミズムから学ぶことが多いです。

日本は資源のない小さな国ですから、オープンな交易をして経済圏を開いていかないと先がないんですよ。今の分断とか内向きの状態は日本には決してプラスにならないので、オープンな世界にするリーダーシップを日本は発揮していかないといけない。

:南場会長はそうおっしゃるけど、十数年日本にいる私は最近の日本がとても元気だと感じます。物価が上がり賃上げも始まった。東京には麻布台ヒルズ、虎ノ門ヒルズのような高層ビルが続々と建ち、地方だってそう。広島の真ん中に大きなスタジアム「エディオンピースウイング広島」が建設され、TSMCの熊本工場が稼働しました。TSMCはこれからも日本に投資するでしょう。

バフェット氏が日本株を買い、日経平均が4万円に乗り、不動産価格もずっと上昇している。

日本のニュースやインターネットで経済が悪いという意見をたくさん見ますけど、経済が悪ければビルやスタジアムは建たないし、私にはビジネスチャンスにあふれた国に見えますよ。それに教育の質も高いし、人々のマナーもいい。だから世界中から外国人が日本に旅行に来たがるんですよ。

中国では失敗を気にしない

南場:李社長が外から見た視点で、日本のこういうところがすばらしいと言ってくださるのは非常に嬉しいですが、中にいるとどうしてもやきもきして足りないものばかり目についてしまいます。

:多くの人が自分の国に対しては厳しい目でみがちだけど、南場会長もそうですが、日本人は特に厳しいですよね。順調なときも危機感を忘れない。

資源が少なかったり国土が小さいから、生存のために危機感が強くなるのでしょうか。中国人は国が大きくて人口も資源もあるので、チャンスの大きさに目が行って、失敗も気にしません。芸能人だってそうですよ。日本はスキャンダルが出たら、タレント生命が終わりって感じですよね。中国は人も事件も多すぎて忘れちゃいますから、すぐ復活できます(笑)。

日本人の自身への要求の高さは、製品やサービスの質に反映されているし、人々の礼儀正しさにつながっています。世界でいちばんのものが多くあって、ノーベル賞受賞者だってたくさん輩出しているじゃないですか。

中国企業は急速に成長しましたが、技術の蓄積はまだ足りていないし、製品品質の基準なども日本企業との差は大きいですよ。

――中国の経営者や研究者は日本の研究開発はもちろん、100年、200年続く企業が多いことを高く評価します。

南場:会社が200年続くのはもちろんすばらしいことだと思うんだけれども、社会全体としては主役が入れ替わるダイナミズムがあったほうが、そういう経済のほうが成長していることは間違いなくて。

それにノーベル賞とおっしゃるけど、30年後には、いや10年も経たないうちに日本からノーベル賞は出なくなるかもしれない。中国からたくさん出るかもしれない。

:でもノーベル賞は中国ではまだ2人しかいない。だいぶ差がありますよ。

南場:日本も課題を認識して研究開発に国のお金を注ぎ込むようになっています。なので期待をしたいですし、やっぱり日本のいいところを大事にしつつ発展していかないといけないと思います。

李社長は本当に日本のことをよく言ってくださるんです。嬉しいですけど、事実として日本の地位はどんどん下がっていますし、生産性もG7で最下位ですし。

あと、これは中国もいずれ日本以上に大きな問題になるでしょうけど、少子高齢化が進んで市場がこの規模感で縮小していくこともかなり深刻です。日本を対象とした事業では頭打ちで、世界を相手にした事業でないと発展性がなく、企業価値もなかなかつきません。

世界で活躍できる人材じゃないと日本を救えない

――中国も最近はアフリカや南米にどんどん出ていく。

南場:中国の企業はガッツがありますよね。

:日本企業の海外進出は30年前に始まり、こちらも蓄積があります。中国はまだ始まったばかりですから。

南場:国内市場が縮小の方向にあるので、日本の大企業が世界に目を向けているのは間違いないです。海外で収益を上げて海外で再投資をしてしまうので、国民総生産(GNP)にはなるけど国内総生産(GDP)にはならないってのを懸念する人もいますけど、私はそれでも日本の企業が世界で勝つことはすごく重要だと思います。


南場智子(なんばともこ)/1986年、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。1990年、ハーバード・ビジネス・スクールにてMBAを取得し、1996年、マッキンゼーでパートナー(役員)に就任。1999年に株式会社ディー・エヌ・エーを設立し、現在は代表取締役会長を務める。2015年より横浜DeNAベイスターズオーナー。2019年デライト・ベンチャーズ創業、マネージングパートナー就任。著書に「不格好経営」(写真:ハイセンスジャパン提供)

世界で活躍できる人材じゃないと日本を救うことはできない時代になってくるでしょうし。いかに愛国心があっても、国に閉じている人が国を救えることはないと思うんです。

そういう意味だともっともっと世界を見据えて、世界で勝負しようというハングリーさが必要で、中国の方々のほうがずっとハングリーだと思います。スタートアップの世界でもそうです。例えばYコンビネーターというアメリカ最大のアクセラレーターは中国人や韓国人の参加がとても多いです。

最近は米中関係の影響で中国人が減っていますけども、日本人はYコン(Yコンビネーター)にも入っていないし。日本はとても居心地がいいと言っていただいて、それは日本人にとってもそうで、アメリカの西海岸で起業する人も、アメリカのトップの大学院で学ぶ人も少ないです。

だから出たがらなくなってしまっているのは懸念するところです。もう一世代前はまだハングリーさがあったように思います。

:生活が豊かになると欲求も低下するかもしれない。中国もそうですよ。1990年、2000年代生まれと1970年、1980年代生まれは全然違います。

中国は1980年ごろまでみんな貧乏だったから、家庭の経済状況を改善するために頑張って働いて、給料を多くもらうために競うのが当然でした。


李文麗(りぶんれい)/1972年生まれ、中国・青島出身。1995年、青島大学電子工学科卒業、Hisense国際有限公司入社。2001年、Hisense USA、2003年、Hisenseオーストラリア、2007年、Hisenseヨーロッパ、2011年、Hisense韓国オフィス、ハイセンスジャパン代表取締役社長・CEOに就任(写真:ハイセンスジャパン提供)

その結果、1990年代に入ると都市部は豊かになってきて、そんな環境で育った今の若者は総じて欲求が強くなく、仕事や出世もほどほどでいいと考える人が増えています。7〜8年前に、中国では「仏系青年」という言葉が流行しました。

日本の「草食系」に近い言葉ですね。今は経済が悪くなって、格差も広がって「頑張ってもどうにもならない」という「躺平(寝そべり族)」状態になっていますけど。

日本の課題は30年遅れで中国でも起こる

――南場会長が少子高齢化を懸念されていますが、中国も同じ道をたどっていますね。

:そうですね。日本の課題は30年くらい遅れて中国で起こりますね。中国はまだ定年が60歳で、60歳以上も働くという考えがないんです。80歳になると周りの人が世話してくれないと生活できないイメージです。


DeNA南場智子会長と、ハイセンスジャパン李文麗社長(写真:ハイセンスジャパン提供)

そうそう、それで日本のいいところをまた思い出しました。日本に来て一番驚いたのが80、90歳になっても自転車に乗っている人がいたこと。60、70歳で仕事をしているのも普通ですよね。こういった元気な高齢者を見て、頭と体を使い続けるから日本人の寿命が長いのだと納得しました。

私は以前、会社を定年退職したら仕事は終わりだと思っていましたが、今は90歳、いや100歳まで運動と仕事を続けるのが目標です。日本に来ないとそういう気持ちにはならなかったです。

前編:「管理職目指す女性が少ない」日本が直面する現実

(浦上 早苗 : 経済ジャーナリスト)