岸田首相と大谷翔平(写真:時事)

自民党の巨額裏金事件で揺れる政治改革国会は、2月末から3月2日にかけての異例ずくめの与野党攻防で新年度予算の年度内成立が確定。守勢一方の岸田文雄首相ら与党幹部は安堵したが、その後も国民の自民不信は強まるばかりで、内閣と自民党の支持率は過去最低の更新が続く。このため、4月28日投開票の衆参統一補選をにらんでの「年度末衆院解散説」も浮上するなど、政局の混迷度は拡大するばかりだ。

そうした中、永田町で話題となっているのが、岸田首相とアメリカ大リーグドジャース・大谷翔平選手との不可思議な因縁だ。国民の怒りを増幅させた2月29日の衆院政治倫理審査会での質疑の最中に飛び込んだのが「大谷結婚」情報。すぐさまNHKや民放テレビ各局は大々的に速報し、その後の各情報番組も「大谷結婚特番」となって、政倫審情報は片隅に追いやられた。

これに対し、自民党内には「大谷は自民大ピンチを救った」(若手)との声が相次ぎ、岸田首相周辺も「大谷サマサマ」と相好を崩した。確かに、岸田首相と安倍、二階両派幹部5氏に対する2日間の政倫審質疑は、「見え透いたウソばかり」(立憲民主)にみえ、大々的に報道されれば「国民の怒りは沸点に達したはず」(同)だが、「報道量の激減」で岸田政権へのダメージが最小化されたからだ。

「2人と1匹」情報が政倫審を吹きとばす

政治史を振り返ると、有力政治家らの不祥事が、有名人の逮捕などでかき消された事例は少なくない。ただ、今回のように、政治改革国会最大のハイライトの「政倫審での疑惑解明」が始まったときに、日本が世界に誇るスーパースターの結婚という大ニュースが飛び込むというのは「誰も予想しなかった展開」(自民長老)だ。しかも、与党内には「首相の強運はまだ続いている」(同)との見方も広がるなど、異様な状況を呈している。

そもそも、裏金事件の真相究明のための政倫審の開催日程が、公開の可否を巡る自民党内の混乱で、当初予定の2月28、29日から1日間ずれ込み、しかも野党の出席要求の対象外だった岸田首相が突然、「全面公開での出席」を宣言したことが、今回の想定外の展開につながった。

当初の予定通りの開催なら、出席を申し出た安倍、二階両派の事務総長経験者5氏の弁明と質疑は、「『2人と1匹』に象徴されたビッグニュースが飛び出す前の29日午後までに終わっていたはず」(政倫審幹事)だった。もちろん、それでも各情報番組の政倫審報道の大幅減は避けられなかったとみられるが、「少なくとも28日は政倫審情報が最優先された」(民放テレビ幹部)ことは間違いない。

事実、29日夕刻以降の各種情報番組はいずれも「内容を変更してお伝えします」という但し書き付きで、急遽「大谷結婚特番」に衣替えした。加えて、3月1日早朝の「大谷インタビュー」などで同日以降の情報番組も「大谷特番一色」となり、政倫審でのやり取りは“雑報”扱いに。さらに異例ずくめの1日の「深夜国会」と2日の「土曜国会」という“与野党泥仕合”も、その週末の情報番組などのメインテーマとはならなかった。

その中で、2月29日に自民党本部に集まり、手に汗を握る形で政倫審テレビ中継を見守っていた同党幹部らは、夕刻に「大谷結婚」の報が伝わった途端「予算案採決のチャンス到来と拍手喝采」(党事務局)だったという。確かに、ネット上では「大谷結婚」関連情報がトレンド上位を独占し、「政倫審」情報はあっという間に姿を消した。「その状況が与野党攻防の構図を変え、予算の年度内成立確定につながった」(自民国対)のは間違いない。

WBCが消した「ウクライナ電撃訪問」

そこで、これまで約2年半の岸田首相の政権運営を振り返ると、なぜか重大な節目での「大谷関連ニュース」との絡み合いが際立つ。

その典型が、1年前の2023年3月21日に岸田首相が極秘でウクライナを電撃訪問、ゼレンスキー大統領と初の対面での首脳会談が実現したときだ。岸田首相にとって「乾坤一擲の大勝負」だったが、なんと、日本中が沸き返ったWBC(ワールドベースボールクラシック)準決勝の日本対メキシコ戦にぶつかったのだ。

この準決勝は敗色濃厚だった最終回に、大谷選手の鬼の形相での二塁打のあと、絶不調だった日本の主砲・村上宗隆選手がセンターオーバーのタイムリー二塁打で大逆転のサヨナラ勝ちに。日本中がこの場面に大興奮し、テレビ各局の画面は一日中このシーンばかりを繰り返し、「岸田首相の“快挙”の報道は二の次三の次」(民放テレビ幹部)になったため、岸田首相周辺が「WBCさえなければもっと国民の評価を得られたのに」と愚痴をこぼすなど、今回の政倫審とは真逆の展開だった。

ただ、岸田首相が乗り込んでウクライナに向かった最新鋭のビジネスジェット機は、大谷翔平選手がWBCのキャンプ参加で3月1日にアメリカから日本に帰国する際に使ったものと同じ機種だった。このため、今になって官邸サイドも「何という因縁」(側近)と振り返る。

そもそも、岸田首相にとっては、政権発足当初から大谷選手との“因縁”が始まっていた。2021年10月4日の政権発足後、同月末の衆院選で勝利して政権基盤を固めたが、丁度その時、当時大リーグ4年目だった大谷選手が打者で46本塁打・100打点、投手で9勝2敗・防御率3・18と投打二刀流で大活躍し、日本人として初めて満票でのア・リーグMVPに選ばれていた。

これに着目した岸田首相は大谷選手に対する国民栄誉賞授与を秘かに打診したが、大谷選手側は「まだ早いので今回は辞退させていただきたい」と回答したとされる。このやり取りをあえて明らかにした当時の松野博一官房長官は「国民栄誉賞に値する大変な活躍で、祝意を表したかった。さらなる高みに向けて、精進に集中するという強い気持ちと受け止めている」と説明したうえで、今後の授賞への期待もにじませていた。

ソウルで「開幕戦」に合わせた訪韓は延期に

その一方で、岸田首相は昨年末から外交ルートを通じて、3月20日前後の韓国訪問、日韓首脳会談開催を検討していたが、これにも大谷選手が絡んでいた。というのも、ドジャースとパドレスによる大リーグ開幕戦が3月20、21両日夜にソウルのドーム球場で開催されることが決まっていたからだ。

これに関して、官邸周辺では「韓国政府は岸田首相の訪韓に合わせて、大リーグ開幕戦にも招待するのでは」との噂が飛び交ったが、ネット上には「そんな特別扱いは許せない」との書き込みがあふれた。結果的に韓国政府が日程延期を決めたことで、騒ぎは立ち消えになったが、日程的にこの開幕戦は新年度予算の成立時期とも重なる可能性があり、「またも政局絡みとなる」(政治ジャーナリスト)との見方も出ている。

“完全な末期症状”でも「とにかく明るい岸田」の謎 

そうした中、政治改革国会は参院予算委や衆参政倫審を舞台とした与野党攻防が激化し、政府与党内には予算成立後の国会運営への焦りや不安が広がる。しかも、昨年11月に自民党青年局が開催した地方会合での「過激ダンスショー」での自民国会議員らの醜態が先週末に発覚したことで、「国民の自民嫌悪はもはや対応不能」(自民長老)とされる状況だ。

岸田首相が神経を尖らせる各種世論調査の数字も、最新の調査で内閣支持率と自民党支持率が過去最低記録を更新し、「数字上も政権は完全な末期症状」(同)となりつつあり、自民党内でも「岸田降ろしがいつ始まってもおかしくない」との物騒な声も飛び交う。

にもかかわらず岸田首相自身は、「事ここに至っても『とにかく明るい岸田』として振る舞っている」(側近)ようにみえる。永田町では「“翔タイム”に助けられた強運が、株高などでまだ続くと思っているのでは」(自民長老)との呆れ声も広がるが、「孤高の独裁者」となった岸田首相の行く末は、「まだまだ予想がつかない」(同)のが実態だ。

(泉 宏 : 政治ジャーナリスト)