認知症の親を追い詰める「記憶の確認クイズ」
認知症の方への否定的な言葉は、本人にとって苦痛でしかありません。自分から行動しようという意欲を失わせたり、症状を悪化させてしまうこともあります(画像:『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』より/マンガ・中川いさみ)
認知症の家族に対して、ついやってしまいがちなのが「これわかる?」という質問。でも、これは本人の自尊心を傷つける行為なのだと、理学療法士の川畑智さんは言います。不要なクイズで試したり、頭から否定したり、思考停止してしまうような「スピーチロック」を投げかけたり……。認知症の人についやってしまいがちなNG行為とその対策法を、川畑さんの著作『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』より、一部抜粋・再編集してお届けいたします。
その「クイズ」が自尊心を失わせる
認知症の方のご家族に、「絶対にやめてください」とお願いしていることがあります。
それは、「記憶の確認クイズ」を出してしまうこと。
「今日は何月何日か言える?」
「今どこにいるのか、わかる?」
「孫も連れてきたよ。名前なんだったっけ? 前も来たでしょう?」
施設に面会に来られるご家族でも、このように質問を畳みかけるケースが少なくありません。
認知症がどれだけ進んでいるのか確かめたくて、つい聞いてしまう気持ちはよくわかりますが、認知症になっても、人格やプライドは当然残っています。
試されるようなクイズは、苦痛でしかありません。
ましてや、答えられなかったら自信を失いますし、ご家族も「前より悪くなった」とショックを受けます。
お互いが、曇りを通り越して「大雨」になってしまうような質問を、あえてする必要はありませんよね。
クイズの答えを先に出すことで、安心につながる
大切なのはクイズではなく、いち早く自分から名乗って答えを明かすこと。
「○○よ」と名乗ることで、脳の記憶の部分と顔が一致し、「おお、○○か」とわかってもらえます。
場所のことが苦手ならば、「ここは〇〇だよ」と教えてあげましょう。
私たちだって、電車に乗って寝過ごすと、今どこの駅付近なのかわからなくなるときがありますよね。
そして、次の駅のアナウンスが流れると、ホッとするわけです。
これと同じで、先に情報を与えてあげることで、本人は安心します。
認知症の方に対しては、不要なクイズを出すよりも、むしろ先に答えを教えてあげるような形でコミュニケーションを進めてください。
アドバイスの失敗と、そこから見えた光
78歳の高田さんは中等度の認知症で、「いつ」がわからなくなっています。
今日の予定も忘れてしまうので、近所に暮らす息子さんのお嫁さんが、毎朝電話でその日の予定を確認してくれていました。
しかし、やっぱり「記憶の確認クイズ」を出してしまいます。
「お義母さん、今日の予定わかる?」「ほら忘れてる。昨日も言ったでしょ?」
そして「今朝も義母に電話で予定を聞いたけど、まったく覚えていないのよ」と私に、なんの悪気もなく言ってくるのです。
私は、お嫁さんの頑張りを認めたうえで、「もし毎日お義母さんの家に立ち寄れるなら、明日の予定を書いて置き手紙をしませんか」と提案しました。
しかし、この提案は失敗でした。
せっかく置き手紙をしても、高田さんはその手紙をなくしてしまうといいます。
箱の中に入れたり、バッグやズボンのポケットに入れてわからなくなったり。
お嫁さんは、「もうこんなに苦労して書いても意味がない! 私だけ頑張っていて、バカみたい。家に行くのもいやになる」と言い出す雨模様。
結果的に的外れな提案となったことをお嫁さんに謝罪しながらも、このとき、解決に向けた一筋の光が差していました。
「なるほど。大切な置き手紙だから、なくさないようにしまっておかなきゃという心理か。高田さんは、本当にまじめな人なんだな」
ホワイトボード1枚で「晴れ」はつくれる
その反省から、次に、しまうことのできないホワイトボードを買って渡したら、これが大当たり!
高田さんの家の電話の横に置いてもらい、お嫁さんが毎朝、電話で伝える予定を、自分で書いてもらいます。
毎朝、昨日の予定を消して新たに書き記すわけですから、そこに書いてあることは、すなわち「今日の予定」だと高田さんにもわかります。
また、「○○さんと会う約束だったよね」「みんな待っているから行ってね」という具合に心を揺さぶるメッセージを添えてもらったのも、効果的でした。
こうして高田さんの問題は、ホワイトボード1枚で解決することができました。
高田さんは、お嫁さんの手紙をなくしたのではなく、大切にしまっていたのです。
どこにしまったか、そのこと自体は忘れてしまったのですが、お嫁さんの気持ちだけは、しっかり届いていました。
「失敗は成功の母」と言いますが、曇りのち晴れ、雨ときどき晴れのつもりでいてください。
失敗を繰り返しながらも、少しずつ解決に向かっていきます。
考えること、試してみることをやめないことですね。
(画像:『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』より/マンガ・中川いさみ)
認知症の人を思考停止させる「スピーチロック」
「ダメだって」
「違うって」
「無理だって」
「だからそうじゃないって!」
認知症の介護のときに、つい言ってしまうこんな言葉。
こうした否定言葉は、「否定された」「拒絶された」という負の感情が生まれて、本人の動きにロックをかけてしまうため、介護の現場では「スピーチロック」、もしくは「言葉の拘束」と呼ばれています。
喜怒哀楽のバランスは「4:1:2:3」
あるお坊さんの説法で「喜怒哀楽の4:1:2:3のバランス」という話を聞きました。
喜びが4つ、怒りが1つ、哀しみが2つ、楽しみが3つ。これが人生のバランス。
もっと言えば、今日一日が、このバランスで成り立っていれば十分だよ、という意味です。
私は仏教徒ではありませんが、なるほどと思います。
認知症の人は、記憶は苦手になっていますが、感情は豊かに残っています。
否定ばかりされてしまうと、怒りと哀しみが1や2では済まないわけです。
その結果、「この人はいやな人だ」「すぐに怒る」という意識が刷り込まれ、心の「ブラックリスト」に載ってしまうと、なにを提案してもうまくいきません。
お茶をお出ししても、ひと口も飲みません。
リハビリにも行きませんし、トイレにも行きません。つまり、「あなたとするのはいや」ということですね。
つい私たちは、それを「介護拒否」と言ってしまいますが、そうさせたのは認知症なのか、関係性のせいなのかと考えると、後者であることが多いのです。
「あえて失敗させる」ことでフリーズ回避
スピーチロックを防ぐためには、頭ごなしに否定しないことです。
また、危険のない小さな失敗だったら、「あえて失敗させる」というのも手です。
たとえば、認知症の方の中には、フォーク1本と箸1本でご飯を食べようとする人もいます。
当然、うまく食べられません。
そんなときには、「うまく食べられない」という経験をあえてさせてあげてから、箸2本で食べる姿を目の前で見せてあげると、「そうすればいいのか」となります。
中には、靴とサンダルを片方ずつ履いてしまう人もいます。
でも、その場では言いません。
玄関から出たときに指摘するのですが、そのときの言葉は、「間違ってますよ」ではなく「あれ? ○○さん、足が痛いんですか?」です。
「いや痛くないよ」「なんだぁ、足が痛いのかと思いました。片方、サンダルですよ」というやりとりで「あ、本当だ(笑)」という「晴れ」に流れが変わります。
ただ……毎回これをやっていると、家族は大変。
先回りして、履いてほしい靴だけを出して失敗を防いだほうが楽ですし、そこに罪悪感は持たないでください。
失敗させたり、先回りしたり。
その両方を使い分ければよいと思います。
スピーチロックの「置きかえリスト」
スピーチロックは、「否定的な言葉」以外にもたくさんあります。
たとえば、つい言ってしまいがちな「ちょっと待ってて」。
言われたほうにすれば、「どれくらい待っていればいいの?」となって、動きがとれなくなってしまうことがあります。
また、「待ってて」には、命令のような強さがあります。
結果として、自分から行動しようという意欲を失わせたり、被害妄想につながったりして、症状が悪化してしまうことも。
スピーチロックになりかねない言葉は、できるだけ置き換えていきましょう。
「ちょっと待ってて」ではなく、「〇〇を済ませちゃうから、あと5分くらい待っててもらっていい?」。
5分という数字を手で表しながら、視覚的に覚えやすく伝えます。
こうして、待つ理由と時間を説明し、視覚的な記憶を強化した状態でお願いする形をとることで、安心感と信頼感が生まれます。
(画像:『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』より)
(川畑 智 : 理学療法士)