馬瓜エブリンにも「他人と違うこと」に悩んだ過去があった【写真:Getty Images】

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「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」最終日 女性アスリートと多様性/馬瓜エブリンインタビュー後編

「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「“つながり”がつくる、私たちのニューノーマル」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場する。さまざまな体験をしてきたアスリートといま悩みや課題を抱えている読者をつなぎ、未来に向けたメッセージを届ける。最終日はバスケットボールの馬瓜エブリン(デンソー)が登場。テーマは「選択の多様性」。東京五輪で日本代表の一員として銀メダルを獲得し、一躍時の人となったが、2022-23年シーズンの休養を選択した。復帰後にパリ五輪出場権獲得に貢献したことも記憶に新しい。後編では、「why not?(なぜ、やらないの?)」の座右の銘の原点となった幼少期の体験を吐露。周りと同じであることに安心し、敷かれたレールを歩くことで安定するが、人と違うことを「喜び」ととらえる信念を明かし、今後のキャリアにおける目標を語った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 1年間の休養を経て、日本代表のパリ五輪出場権獲得に貢献した馬瓜エブリン。

「人生の夏休み」と題した期間に、バラエティ番組に出演したり、男子ワールドカップ(W杯)の解説で活躍したり、一方でマネジメント会社を設立し、社長としてビジネスにチャレンジしたり。一人の人間としてアップデートする期間を過ごし、コートに帰ってきた。

 決断の理由には、アスリートに限らず「休む」と言いづらい日本の社会に新たな選択肢を提示したという想いもあった。特に近年、スポーツ界はメンタルヘルスが課題に。エブリンは「休まないことには、やっぱりメリハリは出ないんじゃないか」と言う。

「人生にメリハリをつけることはすごく大事。もちろん、休んでいられないような時期はある。例えば社会人の最初。バスケもルーキーイヤーは休んでいる場合じゃない。でも、自分の中で『これはできたよね』という成果を挙げ、少しでも認められるなら、休むことでまた何か大きなことができると思うんです」

 スポーツ界の背景で言えば、部活文化が根付いていることも大きい。長く根性論がまかり通り、練習中に水を飲めない時代もあった。「休む=楽をする」という風潮が蔓延。エブリン自身、高校の強豪・桜花学園の出身。「ただ、少しずつオフや休みを取らせる風潮は出てきている」と実感する。

「チームスポーツは難しいところはありますが、(すべての選択を)周りに合わせなきゃいけないものではない。休む時にツイッターに書きましたが、『これって誰の人生なんだっけ』と改めて考えて、自分の人生をどう生きていきたいかを念頭に置くと、今はもしかしたら休み時かなと感じるかもしれません」

 座右の銘は「why not?(なぜ、やらないの?)」。

 やってはいけない理由がないなら、やった方がいい。この信念に導かれ、他人と違うことも臆せずチャレンジをしてきた。ただ、28年の人生を振り返ると、エブリンに“他人と違うこと”に悩んだ過去があった。

 幼少期。両親はガーナ出身だが、日本生まれ、日本育ち。自分は日本人と思っている。なのに。

 なんで、私はみんなと肌の色が違うの。髪の質が違うの。

 そう悩むエブリンに母が言った。

「人との違うことを悲しむのではなく、喜びを持って最大限に活かしなさい」

 その一言が、人生の指針になった。

“他人と違うこと”に悩む子どもたちへ「逃げていい、逃げた足で仲間を見つけて」

 実感を込め、エブリンは言う。

「誰でも人と違う部分って絶対にある。でも、やっぱり誰かと同じが良くて、安心もする。自分もそうでした。日本人というアイデンティティは当時からあった。どうしても、私は人との違いが分かりやすいけど、それを自分の中でちゃんと受け入れたことで、変われたので」

 令和の世の中を見渡すと、彼女の言葉は深く響く。

 SNSを開けば「いいね」の数で、他人の評価が可視化される時代。「空気を読む」という言葉が浸透している日本。みんなと一緒であることにどこか安心し、敷かれたレールを歩むことで安定する。エブリンも小さい頃はその一人だった。

「今はむしろ、違うことがありがたい。こうやって人に見てもらいやすいし、ある種、今の時代は目立ってナンボのところでもある。母の言葉があったおかげで、凄く自分を表現できるようになったと思います」

 人と同じことで安心しながら、人と同じことに焦りもある。そんな矛盾が邪魔をして、チャレンジの第一歩を踏み出せない人は少なくない。それはアスリートに限らず、中高生だって社会人だって一緒だ。

「大事にするものは個々で変わるので、それがもったいないとは思わない。例えば、家族との時間、何もしない時間が大事だったり。敢えて言うなら、いろんなことに興味・関心を持つこと。嫌いなものがあったらやらなければいい話。そこだけ持っていれば、いずれ自分の中に火がつく瞬間は来ると思うので」

 ただ、かつての自分と同じように、まだ心が未成熟な子どもたちが“他人と違うこと”に悩んでいるなら、伝えたいことがある。「もし、今いる環境がつらかったり嫌だったりしたら、逃げていいとは思うんです」と語りかける。

「今はいろんなコミュニティがあって、SNSを通じて仲間のいる環境にだって行ける。もちろん、その場所に行くまでに孤独を感じることもある。別に今いる場所に無理にいなきゃいけない理由は何もない。逃げていいと思うし、何も悪いことじゃない。大切なのは逃げた足でそのまま仲間を見つけにいくこと。人から違うと指摘されて、自分が違うと気づいているところは『実は、強みなんだよ』と、気付けるかどうかも大きい。それが今、悩んでいる人たちにかけたい言葉です」

 人生は選択の連続だ。エブリンは2つの道に迷った時、どんな基準で道を選ぶのか。

「基本的には“難しいけど、楽しい方”をするかな。自分はあんまり続かないので(笑)。簡単だけど、楽しくなさそうだなと思ったらやらないし、難しすぎて、楽しさを感じられないなと思ったら、楽しく感じるレベルまで落とす。そういう選択の仕方でいいんじゃないかなと思います」

 人生は続く。そして、人生は長い。今後のキャリアの目標に「社会におけるアスリートの価値を上げていくこと」を掲げる。

「アスリートがどうやって世の中で貢献できる形を整えられるか。それが自分のミッションとしてやりたいこと」。アスリートを取材していると「アスリートの価値」を唱える選手は多い。しかし、世の中に影響を与える職業はある。タレントやアーティスト、芸術家もそう。

 では「アスリートにしかない価値」は何なのか。少しいじわるな質問にも即答が返ってきた。

「どの職業よりも、失敗がとにかく多くて。どの職業よりも、大人なんだけど大人げなくぶつかり合えること。それって多分ないと思うんですよね、他の職業では。そこにファンの方やスポンサーの方に夢を持ってもらえる。アスリートの持つ地道に失敗しながら立ち直る力は、多くの人に感動を届けられる理由になると思います」

 30分間のインタビュー。この言葉に象徴されるように、どれもエブリンらしい答えだった。

出場権を獲得したパリ五輪へ「妹と一生に出られたら一番嬉しい」

 そして、アスリートの価値を最大にアピールできる、4年に一度の舞台がまもなくやって来る。

 オリンピックだ。

 2月11日、ハンガリー・ショプロン。パリ五輪の出場権をかけた最終予選第3戦で世界ランク9位の日本が同5位のカナダに86-82で勝利。3大会連続で五輪切符を手中に収めた。銀メダルを獲得し、熱狂を巻き起こした東京五輪の快進撃の再現へ。

 メンバー選考のサバイバルに生き残ることを大前提に、エブリンは力を込めた。

「出場権獲得を機に他の選手も『パリに行きたい』という気持ちが高まっている。それまでの間、しっかりと自分のプレーをしてパフォーマンスを上げたい。オリンピックで妹(東京五輪は3人制で出場した馬瓜ステファニー)と一緒に出られたら、一番嬉しいです」

【バスケットボール・馬瓜エブリンさんの「人生で救われた、私のつながり」】

「その年、年によって変わりますが、一緒にバスケをやってくれた仲間がいてくれたからこそ今がある。仲間の存在は凄くすごく大きい。仲間とコミュニケーションを図る時には私の場合、率直にいろんな話は常にできるようにしています。胸の内に思っていることをちゃんと話せるような環境や声掛けは大切にしています」

 ※「THE ANSWER」では今回の企画に協力いただいた皆さんに「あなたが人生で救われたつながり」を聞き、発信しています。

■馬瓜 エブリン / Evelyn Mawuli

 1995年6月2日生まれ。愛知・豊橋市出身。ガーナ出身の両親を持ち、小学4年生からバスケットボールを始める。14歳の時に本代表として国際大会に出場するため、家族で日本国籍を取得。名門・桜花学園(愛知)では高校3冠を達成した。卒業後の2014年にWリーグのアイシン・エィ・ダブリュ ウィングス(アイシン ウィングス)に入団し、日本代表に選出される。2017年にトヨタ自動車アンテロープスに移籍し、20-21年シーズンから連覇を達成。東京五輪では銀メダルを獲得した。1年間の休養を経て、2023年からデンソーアイリスに在籍。妹のステファニーも日本代表。身長180センチ、ポジションはパワーフォワード。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)