フィンスイミングの日本代表として活躍している松田志保【写真:本人提供】

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「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」6日目 女性アスリートとスポンサー/松田志保インタビュー前編

「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「“つながり”がつくる、私たちのニューノーマル」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場する。さまざまな体験をしてきたアスリートといま悩みや課題を抱えている読者をつなぎ、未来に向けたメッセージを届ける。6日目はフィンスイミングの松田志保が登場。テーマは「女性アスリートとスポンサー」。競技で不可欠となる活動資金。トップ選手になれば、何社ものスポンサーがつくが、それはごく一部。松田は国内トップ選手でありながら水泳指導で生活費を稼ぎ、遠征費は自己負担や単発のスポンサーを探して工面している。前編では、フィンスイミング選手とお金のリアルな実情を語った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 台湾の世界チャンピオンの友人に笑われた。

「日本人、お金ないんだね」

 そう言われたのは、松田志保。フィンスイミングでリレー、短水路種目などを合わせ、12個の日本記録を持つ国内の絶対女王である。しかし――。

「その台湾の友達はプロのような形で活動していて、1、2か月に1回くらい日本に来て、観光して、練習して、買い物して帰っていく。『志保、この後、予定ある?』と言うので『仕事』と答えたら『日本人、お金ないんだね』って(笑)」

 陽気な関西弁で明るくぶっちゃけたが、日本のフィンスイミングが置かれた環境は厳しい。

 32歳の松田も水泳インストラクターとして働きながら、競技をこなす。週2〜3日の練習を確保できるよう、仕事のシフトを組む。丸1日休める日は意識して作って月2日程度。それでも「やりたくてやっている競技なので」と言い、競技のリアルを明かす。

「台湾や韓国は年俸制で稼げるみたい。韓国は秋にある国体の成績で金額が決まる。それを終えてアジア選手権に来るのですが、あまりやる気がなく、観光気分の感じ(笑)。でも、それに日本は負ける。日本ではフィンスイミングの競技自体で稼げるお金はゼロ。選手だけで生活している人はいないですね」

 入るお金はないが、出ていくお金は多い。

 レース水着は4〜5万円。フィンも10万円を超すものもある。「私は3年くらい使いますが、年に1枚代える人を見るとリッチだなと思います」。加えて練習施設の利用料、アスリートとして必要な食費や体の治療費……と、かさんでいく。

 何より大きいのが国際大会の遠征費。2年に1度の世界選手権とアジア選手権が毎年交互にあり、アジアなら20〜30万円、欧州や南米なら50〜60万円。日本代表として派遣されるが、その自己負担となる。練習環境も「時間があっても、場所がないと泳げない」と切実だ。

「今日、練習に行く横浜国際プールもフィンを履くと、コースを借りないと危ないから難しい。横浜国際なら1コースで2時間1500円〜2000円。大きいお金ではないけど、利用は抽選なので、月に1回取れるか取れないか。もうちょっと練習したいですね」

フィンスイミングとの出会いとリアルな実情「生活は今もずっと成り立ってない(笑)」

「水中最速競技」といわれるフィンスイミング。約3キロのフィンと呼ばれる足ひれをつけて行う水泳競技のひとつ。

 モノフィン(両足を揃えて装着する1枚のフィン)、ビーフィン(それぞれの足に装着する2枚のフィン)の2種類があり、けのびの姿勢で全身を波のようにうねらせるウェーブという泳法で泳ぐ。種目はサーフィス(水面泳)、アプニア(息止泳)、イマージョン(水中泳)、ビーフィン、ロングディスタンスがある。何より圧巻なのは、そのスピード。最も速いアプニアの世界記録は50メートル13秒85、競泳自由形の世界記録は20秒91というから、いかに速いか分かる。

 松田もそのスピードに魅了された一人。小学3年生で水泳を始め、高校時代はインターハイやジュニアオリンピックに出場した。

 大体大に進学した2年生の冬、同じプールに練習に来ていた男子フィンスイミングの第一人者・谷川哲朗に出会った。「大学水泳をちゃんとやり切りなさい」と言われ、競泳を引退した4年生の秋に初めて挑戦。両足を揃えて履くモノフィンを履いたら、全くスピードが出なかった。

「ビーフィンは競泳選手も(動作が似た)クロールをやるので、できてしまう。でも、競泳は練習でも25メートルのバタフライは13秒で泳ぐのに、モノフィンを履いたら15秒かかった。あまりの遅さが、信じられなくて。フィンは得意だと思っていたのに、できないのが嫌でやりたくなったんです」

 卒業後は地元・関西でスイミングスクールに就職。インストラクターとして働きながら競技を始めた。2年目に日本選手権で50メートルビーフィンで日本新記録を樹立し、世界選手権に出場するなど、ステップアップ。25歳を迎えると一念発起し、より成長できる環境を求め、上京した。

 収入は一時ゼロになった。水泳指導のアルバイトから始め、今の生活スタイルにつながっていった。

「生活は今もずっと成り立ってないです(笑)。ただでさえギリギリなのに、遠征費で全部持っていかれるから」。国内の競技人口は2000人も満たないといい、前述のように選手としての収入はゼロ。協会もサポートしたくてもできないのが実情としてある。

 ただ、本人は常に明るく、ポジティブ。

「私、友達がいないので、遊ばないし(笑)。水泳指導が仕事なので、おしゃれも化粧もしない。毎日すっぴん、ジャージ、スウェット、夏はTシャツ、短パン、スニーカー、リュックで職場までチャリ爆走みたいな感じなので、頑張ることがあまりない。化粧しないと生きていけない女の子も多いですが、私、全然平気なので(笑)」

 物価高の昨今。都内にはランチで1000〜1500円かかる店もざらにある。「友達と食べるとならない限り、外食に興味もないです」とあっけらかん。

 しかし、競技環境が厳しいことには変わりない。特に遠征費はコロナ禍から上がり、ロシアのウクライナ侵攻が始まると、さらに高騰した。年間でいくらの持ち出しがあるかは「考えたくないです」と笑い、目を背ける。ちなみに、今年の世界選手権の開催地はセルビア。

「ヨーロッパだから、いくらかかるのか……ヤバイです。いつもアジア選手権は20〜30万円で行けていたのに、去年のタイ・プーケットは40万円を超えた。代表のユニホームも水着も買ったし、50万円は使っている。その前の世界選手権はコロンビアで65万円かかって、クラウドファンディングを頼りました」

仕事との両立でも充実感「ただ、速く泳ぎたいだけなんです」

 日本のスポーツ界でも、トップになれば億単位を稼ぐ選手もいる。

 一方で、日本代表であっても、仕事をしながら、競技と両立させるしか道がないアスリートもいる。ただ、松田は置かれた現状に言い訳をしない。最初は深い理由なく選んだ水泳インストラクターに今はやりがいを感じ、充実感を漂わせる。

「やりたくてやっている仕事が楽しいのは当たり前。プラスアルファ、当たり前以外のものをしないと退屈だし、何か頑張ってないと、しょうもない人間になっていく感じもするので。何より、水泳はタイムに出る。チーム競技じゃないし、やった分しか返ってこない。タイムが出ない時はちゃんとやれていなかったんだと思うし、何か足りない物があったんだなって。ただ、速く泳ぎたいだけなんです」

 本来、アスリートにとって支えになるのがスポンサーの存在である。

 支援してくれる企業の看板を背負って活動。ジャージに社名を入れたり、SNSでハッシュタグをつけたり、PRする代わりに資金や商品を提供してもらう。これが松田のような個人競技においては、より大切なものになる。

 ただ、「お金を出す企業と、出してもらうアスリート」という立場が作るハラスメントに直面したことがある。

 ある時、スポンサーを探す中で知り合った企業の男性から誘われた。「家、来ない?」。性的な下心も感じた。お金がない自分の足元を見られ、アスリートとして、ひとりの女性として、侮辱された気分だった。

 松田の答えはひとつだった。

(後編へ続く)

■松田 志保 / Shiho Matsuda

 1991年5月27日生まれ。兵庫県出身。小学3年で水泳を始め、須磨学園高(兵庫)ではジュニアアリンピックやインターハイで活躍。大体大4年でフィンスイミングと出会う。卒業後、水泳指導をしながら競技を続ける。2018年7月世界選手権50メートルビーフィンで念願の決勝進出を果たし、日本記録を更新した。リレー、短水路種目などを合わせて12種目で日本記録を保持。SNSはYouTube、X、インスタグラム、Facebookを運用し、公式サイトで個人・企業からの支援を募集している。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)