ビジネスパーソンがテクノロジーやAIを使いこなすために知っておくべき大切なこととは?(写真:Graphs/PIXTA)

生成AI、DX、XTECH、マネジメントへの活かし方……テクノロジーとビジネスはもはや切っても切れない関係にある。日本最大のビジネススクール、グロービスがいま最も力を入れているテクノロジーの「勘どころ」と「使いどころ」を1冊にまとめた『ビジネススクールで教えている武器としてのAI×TECHスキル』を共著として上梓した嶋田毅氏が、テクノロジー、AIなどについて一般のビジネスパーソンは「何をどこまで知っておけばOKか」のラインを明確に解説する。

ビジネスは突き詰めれば問題解決(課題解決)の連続です。トラブルシューティングにとどまらず、困難な課題、知恵や創意工夫が必要な課題を次々と乗り越えて結果を出していくからこそ、ビジネスパーソンは評価されるわけです。特に非定型的業務を行うホワイトカラーにとっては、この力を磨くことこそが成功への必須要件でした。これは今後も同様でしょう。ただ、その方法論は近年激変しつつあります。

今回は、テクノロジーの進化がもたらした問題解決方法の変化について紹介します。

オーソドックスな問題解決の方法


オーソドックスな問題解決では、まず解決すべき問題(課題)を設定します(What)。そのうえで、順次ロジックツリー(MECEを意識して要素を切り分けていく手法)を用いて改善感度の高い問題個所を特定し(Where)、根源的な原因を突き止め(Why)、効果的な解決策を模索します(How)。

たとえばあるホテルで宿泊者数がここ2年間で減ってきたとしましょう。そこで、3年前のレベルにまで数字を引き上げることを目標に定めたとします(What)。

宿泊者の属性うち減っているのはどこかを調べたところ、ビジネスユースの顧客や家族客はほとんど変わっていないのに対し、個人利用で、かつ30代までの若い女性の宿泊客が激減していたとします。ここへのテコ入れが必要ということがわかります(Where)。

その理由をアンケートなどで探ったところ、室内の設備や接客などへの不満は特になかった一方で、アメニティや朝食への満足度が大きく下がっていたことがわかったとします(Why)。

であれば、コストは意識しつつも、若い女性にも訴求するアメニティや朝食のオプションを増やす、といった解決策が考えられます(How)。

人間の脳や経営資源には限界がある

この問題解決の手法はコンサルティングファームなどで磨かれたものであり、クリティカル・シンキング(健全な批判精神を持ちながら論理的に考えること)の力をベースとします。

このアプローチの基本は分解です。全体を漠然と見ていては問題を効果的に解決することができないので、さまざまな切り口で問題を分解してみて、どこが問題の核心なのか、どの解決策が効果的かといったことを見極め、取捨選択するのです。

この方法論は、人間の思考力や経営資源には限界があるという前提に基づきます。また、パレートの法則(80:20の法則、結果の8割は、その構成要素のうちの2割の要素が生み出しているという経験則)を活用した方法ともいえます。あらゆる可能性を考え、ちょっとでも効果があればそれを実行するというアプローチは不可能ですし、費用対効果の面でも見合いません。限界や制約を意識しつつ、その中で効果的に問題を解決していこうというのがこの手法のエッセンスです。

このやり方は適切に用いれば相変わらず効果的ですし、マスターしておきたい手法です。一方で、近年ではビッグデータや最新のITを活用した新しいタイプの問題解決方法も現れています。それがテクノベート・シンキングです。

テクノベート・シンキングとは、徹底的にIT(機械)の力を活用することにより、人間だけでは実現できなかったソリューションを考案、実施しようという問題解決の方法論です(なお、テクノベートとはグロービスの造語で、テクノロジーとイノベーションを組み合わせたものです)。

例えば、広告入りの動画サイトであと2割視聴時間を伸ばしたいとします。この問題に対し、顧客セグメント(属性など)を分け、追加で視聴しそうな顧客を絞り、キャンペーンを行ったり、彼らに訴求するコンテンツ作りなどを行うというのが従来のアプローチでした。

テクノベート・シンキングの問題解決

それに対してテクノベート・シンキングのアプローチでは、まず「2割視聴時間を増やす」ための、ありたい姿(あるべき姿)を具体的に考えます。たとえば、「全ユーザーに個別のレコメンデーションを行う」などです。

個別の顧客にレコメンデーションを行うというのはリアルの多くのビジネスではなかなか難しいといえるでしょう。ところが、ネットビジネスなどでは、ありとあらゆる顧客の行動データ、いわゆるビッグデータが集まります。そのデータを解析し、顧客にあつらえたレコメンデーションをすれば、実際に2割視聴時間を増やすことは十分に可能なのです。

事実、Eコマースのアマゾンや動画配信サービスのネットフリックスなどでは、ビッグデータとAIを活用して、これを実現しています。誰一人として同じレコメンデーションがなされるということはありません。これは人間には不可能であり、まさにITならではの問題解決なのです。

「ありたい姿」→「データ・アルゴリズム」→「実装」

テクノベート・シンキングでは、まずは先述したようにありたい姿を構想します。その次のステップは「データとアルゴリズムを考える」ことです。データについては、「どのようなデータが必要か(取得できそうか、取得すべきか)を考え、またデータベースの構造をイメージする」ということが求められます。

アルゴリズムは、端的に言えば、「ビジネス上のさまざまな事情を勘案し、肝となるロジックを考える」ということです。たとえば予備校でパフォーマンスの低い講師のテコ入れをするのであれば、彼/彼女の弱みはどの数値で測り(例:生徒のアンケートや模試の点数)、どの基準で弱みと判断するか(例:全講師の下位30%に入る)などを決めたり、どういう条件に合致したらどのようなテコ入れ策を講師ごとにレコメンド・実施するかを決めます。アルゴリズムは、コンピュータが間違わず正確に処理できるように具体的かつ漏れなく描く必要があります。

アルゴリズムまでを構想できたら、最後は実装です。これは、単なるシステム開発やプログラミングにとどまらず、モノや人と連携させた総合的なソリューション(仕組み)を作ることです。大がかりなシステム開発が必要な場合は、社内のエンジニアや社外のSIerとの緻密な連携が必要になります。緻密な連携を実現するためにも、前段階までのプロセスにはこだわり、齟齬が生じない状態にしておくことが必要です。

実装した後は、実際にそのソリューションを使ってみます(必要に応じて事前テストを実施することもあります)。想定した効果が出ない場合には、ありたい姿を見直したり、データ・アルゴリズムを再検討していきます。ただ、あまり見直しが多くなると費用対効果や時間対効果が悪くなるので、極力最初からしっかり考えることが必要です。

何ができるかを常にバージョンアップさせる

テクノベート・シンキングに限らず問題解決では、「ありたい姿」を適切に構想することが非常に大切です。それによってその後の問題解決プロセスが大きく変わってくるからです。

ただ、テクノベート・シンキングでは、テクノロジーの進化に伴い、実現できることのレベルがどんどん上がるがゆえに、それにキャッチアップしなくてはならないという難しさが生じます。たとえばヘルスケアサービスを考えてみましょう。15年前は、人間ドックで測定するような数値をリアルタイムで捕捉することはできませんでした。しかし今ではスマートリングなどの発達により、人体のさまざまな情報をリアルタイムで集めることも可能です。それを用いることで、たとえば「1日の体重増は最大でも200gに抑える。そのための行動をリアルタイムで伝える」ということを「ありたい姿」として設定できるかもしれないのです。

メタバースやブロックチェーンなどの技術などもどんどん進化しています。ITの進化は指数関数的に進むことが多いため、去年にはできなかったことが、来年には可能となるかもしれません。そうした技術の進化にキャッチアップしておくことが、適切な「ありたい姿」を描くためには必要なのです。

テクノベート・シンキングの力を磨く

ここまでの話を読んで、テクノベート・シンキングは、STEM(科学、テクノロジー、エンジニアリング、数学)バックグラウンドの人向けの問題解決方法と思った方もいるかもしれません。しかしそれは大きな誤解です。

ITがどんどん進化する現代においては、何歳の方であろうが、文系の方であろうが、パフォーマンスを出すうえで身に付けておきたいスキルとなってきています。ライバルに差をつけたり、転職力を高めるためにも、テクノベート・シンキングを磨くことは今の時代、あらゆるビジネスパーソンに必須の要件となっているのです。

(嶋田 毅 : グロービス経営大学院教授、グロービス出版局長)