ワコールHDの矢島昌明社長(63)は抜本的な構造改革を進めている(撮影:ヒラオカスタジオ)

1946年創業の老舗下着メーカー、ワコールホールディングス(HD)が揺れている。今から約1年前、ワコールHDの矢島昌明氏は社長就任前のタイミングで「創立以来の危機に対して、不退転の覚悟で構造改革に尽力する」という強いメッセージを社内外に向けて発した。

新役員体制では社外取締役を新たに3人迎え、その中にはオムロン元CFO(最高財務責任者)で「ROIC(投下資本利益率)経営」を主導した日戸興史(にっとこうじ)氏も含まれていた。11月に公表した新中期経営計画では、サプライチェーンやブランド戦略の見直し、希望退職・不採算事業の撤退などの構造改革に加え、資産売却やROIC経営といった改革項目が盛り込まれた。

中核会社のワコールで募集した希望退職では、150人程度の募集に対し215人が応募。今2024年3月期は、構造改革費用や米国事業の減損損失などにより120億円の営業赤字を計上する見込みだ。こうした現状をどう捉え、変えていくのか。ワコールHDの矢島昌明社長を直撃した。

本当にまずい状況になってしまう

――ドラスティックな構造改革を進めるうえで、社内で軋轢は生じていないでしょうか。

かなり軋轢は生じている。納得してもらうために、11月に公表した新中計について社員説明会を行った。経営陣を中心に海外や子会社含めて6回実施したが、大規模な説明会だけですべての意見を吸い上げるのは難しい。中核会社ワコールの川西啓介社長が中心となり、10〜20人規模の車座ミーティングを2月までに10回は開催した。これは3月以降も続けていく予定だ。

従業員の方に当事者意識を持っていただかないと改革はうまくいかない。社員の皆さんが納得するまで向き合い、自分たちで動くマインドになってもらおうと思っている。「言い訳できる余裕はないよね」という話をする中で、社員も改革の必要性を納得してきていると感じている。

社外取締役からの意見や指摘もかなり大きかった。現在ワコールHDの取締役は、社内役員は僕と宮城副社長だけで、他5人は社外だが「社外という意識はいったん捨ててください」というお話を差し上げていた。

中計を策定する過程では店頭在庫の持ち方、当社の不動産の位置づけ、それらをどう持つべきかといった、社外取がそこまでやるの? というほど1つ1つ、大枠から細部まで議論した。

――2023年4月の社長就任前に「ワコールグループ創立以来の危機」というメッセージはどのような思いで出したのですか。

正直に言うと、会社が危機的状況なのが従業員の皆さんに伝わっているのか? という不安があった。財務は大丈夫かもしれないが、売上高は徐々に下がっているし、収益性も落ちてきている。現状のやり方を変えなければ、会社全体が本当にまずい状況になってしまう、という思いだった。

もちろん、当社の歴史の中で培ってきた商品の品質だとか、お客さんから得た信頼は守っていかなければならない。だが、うまくいっていないブランドや商品を続けていいのか。

今回の中計で掲げた課題は、過去から言われ続けてきたことばかりだが、何か1つ変えようとすると「取引先との兼ね合いで」「不動産の文化的な価値が」などと言って先送りにしてきた。何も解決していない状況を、もうやめようよ、と。

下着がフィットする感覚を知らないのでは

――一連の改革で、商品や提案方法はどう変わりますか?

購買履歴などから、消費者像が以前よりも鮮明にわかるようになっている。従来は「(ヒット商品の)グッドアップブラ」に代表されるように、胸を寄せて上げるといったワコールの強みをそのまま提供価値として打ち出していたが、今なら1人ひとりのニーズに合った商品が提案できる。


ワコールは下着専業メーカーとして、マタニティやブライダルなど、用途に沿った下着を幅広く展開している(撮影:ヒラオカスタジオ)

既存顧客には個別アプローチを強化する一方で、実は下着に関心がない層が増えているという危機感がある。ユニクロやしまむらといった競合が伸びてきて、下着もS/M/Lといった分類で買えるようになった。決してそれが良くないというわけではないが、今まで採寸や試着をしてこなかった方は、下着が本当にフィットしている感覚を知らないのではないか。

下着の価値を知らないまま、下着に対する期待感も薄れてしまっていると思う。その価値を知ってもらうために、3Dスキャンで全身18カ所のサイズがわかるワコールのスキャンビー(SCANBE)や、販売員がサイズを計測してカウンセリングを行う「ブラ無料診断」などを行っている。

こうしたサービスでは、販売員が無理に販売することはない。計測して、もしよければ実際に試していただいて価値を知ってもらう。こうした地道な努力をしていかないと、下着のマーケットは盛り上がっていかない。潜在顧客へのアプローチは、専業メーカーであるワコールがやるべきことだと思っている。

ROICの考え方はシンプル

――今回の中計策定は、東証からの「PBR1倍割れ改善」の要請に対する意思表示でもありました。

PBR1倍割れというのは、言ってしまうと会社の存在意義がないよね、ということだろう。世の中から期待されていない会社だと。

そのような会社に社員は勤めたいのか? という疑問が生まれるのは当然で、市場に対してもそうだが、社員に対する責任を果たす意味でもPBR1倍は当然超えないといけない。そのためには分母(純資産)を減らすだけでなく、成長性を上げていく必要がある。

――そのためにROIC経営(ROIC=投下資本利益率。投下した資本に対して、どれだけ効率よく利益を稼ぎ出せているかを示す指標)を導入したわけですか。

先に話した通り、うちには在庫、不動産など過剰資本が依然として存在する。ROICという言葉を使っているが、シンプルに言えば少ない資本でいかに効率的に儲けられるかを1人ずつが考えよう、ということだ。商品なら10品番作って無駄を出すのか、3品番だけ作って売り切るのか。

販売も同じで、大きな売り場を作ろうとしたら施工費はかかるし、在庫も持たなきゃいけない。それだけ大きな売り場が本当に必要なのかを考えてほしい。実際はここまで単純ではないが、すべてROICの考え方だ。

(山粼 理子 : 東洋経済 記者)