中国で消費者として存在感を増している「中女」とは?(写真:Bloomberg)

5年ぶりに北京に帰省し、家族と春節を過ごしたが、故郷で一番驚いたのは、街中雨後の筍のように出現してきた美容整形のクリニックの存在だ。

日本駐中国大使館も近い一等地中の一等地、東三環を通ると、昔、高級ホテルやレストランだったところに、「〇〇整形医院」「〇〇医療美容医院(医美)」(中国では整形医院は美容整形を指す)と看板を掲げた、現代感と高級感にあふれる建物がよく目に入ってくる。

北京滞在中15人の20代から40代の富裕層の方々にインタビューしたが、そのときにも、「東京の信頼できる美容整形クリニックを紹介してほしい」と何人からも頼まれるほど、彼女たちの美に対する関心は高い。

外見にまつわる消費が旺盛なのは、中国の社会の変化、そして新しい消費者層の誕生を表している。本稿では、中国美容整形市場の現状から、今後の消費の主力となる「中女(オトナ女性)」の価値観と好みをご紹介したい。

美容整形市場は急拡大中

アメリカ・韓国などの先進国の美容整形市場がすでに成熟しているのに対し、中国の美容整形市場は未熟なところは多いが、ポテンシャルが非常に大きい。

デロイトの調査によると、2015〜2020年中国の美容整形市場の規模は637億元から1550億元に急成長し、2025年に3500億元(約7兆円、全世界のスマホゲーム市場と匹敵)も超えると推測されている。


ネオンが眩しい北京の美容整形外科(写真:筆者撮影)

2019年の1000人当たりの美容整形の数を見ると、日本は27回、アメリカは52回、そして韓国の86回に対し、中国大陸は17回しかない。また、アイドルの影響もあり、男性の美容意識も高まっていることや、北京・上海などだけでなく、2線、3線都市でも美容への関心が高まっていることなどから、今後のポテンシャルが非常に大きいといえる。

一方、中国の特徴としてあげられるのが、「メスを入れる」整形よりも、レーザー治療や、ヒアルロン酸など注射など身体への負担が小さく、リスクが低めの「プチ整形」が好まれている点だろう。

「見た目も心を表わす」からキレイになりたい

過去の記事でもよく紹介しているが、中国では世代間の格差が非常に大きい。特に1950〜60年代生まれた親世代と、1980〜90年代に生まれた子世代の間に、雲泥の差といってもよいほど、価値観・消費観の違いがある。

親世代は中国伝統思想に大きく影響され、「身体髪膚、授之父母(身体の全部は親からもらったもので動かしてはいけない)」「自然が一番、化粧品には化学成分があるので身体に悪い」「お化粧や見た目を重視する人は心が空っぽ」など、自然美が一番と考えられ、「外見美」に関する消費意欲が低い。

一方、彼らの子供世代に当たる現在20〜30代の人々は、先進国の感覚に近く、「見た目も心を表す」という思想を持っている。身体に負担をかけないことを気にしながら、特に日本・韓国のアイドルや、一般人のメイクアップと肌質に憧れ、化粧品やファッションに投資をする。

お馴染みの爆買いも、親世代は炊飯器・温水洗浄便座だが、若い世代は化粧品やファッションを求める。彼女らが10代の時から、韓国の美容整形が有名になり、中国国内でも徐々に広まりつつあったため、認知度が高い。周りの1人、2人は二重まぶたの手術を受けたことがあり、まったく新しいことではない。

こうした女性たちが年齢を重ねる中で、社会環境の変化や、経済力の向上、技術の進化があったほか、親世代に比べると「見た目重視」にもなっているのだから、中国の美容やファッション関連市場もそれに伴って成長するのは必然だろう。彼女たちは中国に新しい価値観をもたらそうとしており、これが中国で初めてとなる、若者市場とシニア市場の「間」の市場を生んだのである。

「中女」はいかにして誕生したのか

「中女」はいかにして、新たな市場を開拓するに至ったのだろうか。そこには、彼女たちの「心情変化」がある。

まず、20代後半になった彼女たちは、従来の社会の世論や、メディアに出ている女性に違和感を抱くようになった。40代以上の男性俳優の隣にいるのは、20代のピカピカの若い女優ばかり。30代に入った途端、主演女優でなくなり、40代にもなっていないのに、20代前半のイケメンの母親役ぐらいしかない。

理想の男性の基準が「高・帥・富(身長が高く、格好よく、お金持ち)」に対し、女性に対する評価基準は「白・痩・幼(肌白・スリム・幼い感じ)」。本来なら人として成熟を迎え、一番輝くべき20代後半から40代の女性は、どのように生きていくべきか、一生懸命悩んできた。

その前の世代に比べると、教養も視座もはるかに高い彼女たちは、例えば海外のドラマ・映画・書籍・SNS発信、または自らの留学経験から、新たな発見をする。それは、「自分の意志で選択をする」「年を取っても、美を追求する権利も能力もある」、そして、「自分は自分を癒やし、楽しく生きる」ことだ。

彼女たちは、まだまだ若いといえるのに、自らおばさんだと揶揄される言葉の「中年婦女」から「中女」を取って、これから「中女の時代」だと宣言している。つまり、今まで「若い女性」「母親」「シニア女性」しかなかったが、現在、自分のために生きる「中女」市場も生まれてきたのだ。

日本の映画が中女たちに大ウケ

その一例は日本とも関係している。今年春節の2月10日〜18日の中国映画興行収入ランキングでは、『热辣滚烫』は28.54億元(約570.8億円)でナンバーワンを取った。大ヒットしたスーパーマリオも世界興行収入5日で500億円を達成したので、『热辣滚烫』はとてもヒットしたといえる。

実はこの映画、日本アカデミー賞などを受賞し、安藤サクラが主演した『百円の恋』のリメイク版である。引きこもりで取り柄が何一つなく、周りに翻弄され、自己肯定感も低い30代の主人公が、ボクシングのコーチに励まされ、50キロも痩せ、強くなりやっと本当の自分を見つけるというストーリーだ。

ストーリー自体も、主演女優のダイエットの話も、「中女」たちの心に響き、興行収入につながったのである。「強く生きて美しい」「50キロも痩せられたなんて、すごい根性」「世の中、こんなどん底に落ちたとしても、他人の言葉に呪われないよう、自分を肯定して生きていこう」など反響が多かった。

こうした中女たちは、さまざまな消費ポイントを作り出している。例えば、自分の親世代との価値観の差が激しいことで親子関係に悩まされ、なかなか真の自分を見いだせなかった、という女性たちは、そのトラウマを乗り越え、「もっとよい自分」を見つけるため、心理学の本に引き寄せられている。実際、『ヒキガエル君、カウンセリングを受けたまえ。』といった書籍が話題になっている。

また、自分の母親は子供や家族のためにすべてを貢ぎ、個人の好みや消費を最後の最後に回していたが、今の自分は親になったとしても、中国の茶道、書道に没頭したり、ジムに通ったり、ハンドメイドの教室に通ったりしている。親になっても、「自分」は今まで以上にケアしたいと思っているのだ。

美容整形の話に戻ると、自称「中女」たちは、「何もしなくていいうちに予防として注射」、または「まだなんとかできるうちに、これ以上ひどくならないうちにプチ整形をしておく」と思うようになり実践する。「すっぴんでもかわいい」のが理想のため、例えば注射やレーザー治療をスキンケアの一部として取り入れている。

高い基礎化粧品より、プチ整形

その結果、それまで使っていた資生堂の「クレ・ド・ポー ボーテ」など高級化粧品をやめ、カネボウや中国国産ブランドのより安価なスキンケアに変更し、美容整形の費用とバランスを取ろうとしているのである。ただし、治療の基準もあくまで自分軸だ。

「しわが多いと夫に文句言われているから来た」と他人目線の理由より、「しわが多少あってもいいと思うが、フェイスラインが気になるので改善したい」といった、自分の価値観や美意識に沿ったケアを希望する人が多い。

もちろん、中国の美容整形業界はまだまだ発展途上であり、リスクやトラブルも多数発生しているし、20代後半になると、中国人女性が全員整形したくなるとはかぎらない。

ただ、美容整形や映画、書籍のトレンドや消費動向から、中国女性の「自我意識」が目を覚ましていることは間違いない。今後、日本企業が中国市場に進出する際の、新たな切り口として、注目していくべきだろう。

(劉 瀟瀟 : 中国若者富裕層ビジネスコンサルティング 代表)