ゆうちょ銀行の池田憲人社長(右)と、4月1日付で社長に就任する笠間貴之副社長(撮影:尾形文繁)

ゆうちょ銀行は2月28日、8年ぶりとなる社長交代を発表した。

池田憲人社長は3月31日付で取締役と社長を退任し、4月1日付で笠間貴之副社長が昇格する。約200兆円もの貯金を抱える巨大金融機関の舵取りを任されたのは、長年ゆうちょの運用部隊を率いてきた人物だ。

「中で見つめてきた人がいい」

「(外部登用ではなく、ゆうちょを)中で見つめてきた人がいいだろうと。指名委員会ではかなりの議論をした」。3月1日に開いた記者会見で、池田社長は社長人事の経緯をこう述べた。

2007年の民営化以後、ゆうちょは5人の社長を迎えてきた。いずれも国内の行政や金融機関、事業会社での勤務経験が長い。対照的に、笠間氏はゴールドマン・サックス証券などの外資系証券会社で債券や証券化商品の運用を担ってきた。


笠間氏がゆうちょに参画したのは2015年11月。当時、ゆうちょはゴールドマン・サックス証券やバークレイズ証券といった外資系企業から、株式や債券、デリバティブなど各部門の運用担当者を相次いで起用した。

「ゴールドマン・サックス証券時代の先輩が(ゆうちょに)入社し、『運用改革をするから、一緒に携わってくれないか』と誘いがあった」(笠間氏)。笠間氏を含めて当初7人だった外資系出身のトレーダーを、当時の長門正貢社長は「七人の侍」と称した。

外国証券・投信が国債残高を逆転

背景にあるのが、ゆうちょが推し進めてきた「脱国債」だ。銀行の名を冠しながら融資業務をほとんど認められていないゆうちょは、収益の大部分を有価証券運用に依存する。民営化当初は貯金の大半を日本国債で運用していたが、低金利政策で国債の利ザヤは潰れる一方だった。

そこでゆうちょは、ハイリスク・ハイリターンな金融商品の運用へと軸足を移す。民営化直後の2008年3月末と株式上場直前の2015年3月末における有価証券運用残高を比較すると、150兆円あった国債が3分の2に減った一方、残高がほとんどなかった外国証券や投資信託は30兆円超にまで膨らんだ。

2015年11月に株式上場を果たすと、ゆうちょ銀行はいっそうの利益成長を求められる。「侍」たちの引き抜きは、有価証券運用でさらなる収益を上げる必要に迫られる中で行われた。

「国内の金利低下に対応して、運用資産を日本国債からリスク性資産に大きくシフトしてきた。運用のパラダイムシフトと呼び、PE(プライベートエクイティー)などのオルタナティブ投資を含めて多様化・分散化してきた」と、笠間氏は語る。

2023年12月末時点で、外国証券や投信の運用残高は83.3兆円と国債の41.6兆円にダブルスコアをつけ、PEや不動産といったオルタナティブ資産の残高も10兆円に達している。


市場部門のマネジメント職を歴任してきた笠間氏を新社長に据えるゆうちょにとって、目下の経営課題は2つある。1つは、有価証券運用やリテール業務と並ぶ、新たな収益柱の育成だ。

新社長発表と同日、ゆうちょはPE投資を担う子会社「ゆうちょキャピタルパートナーズ」の設立を金融庁に申請した。同社は2016年度からPE投資を始めたが、投資先はもっぱら海外企業だ。加えて、ゆうちょは投資家として出資するだけで、ファンドの組成や運用には携わっていなかった。

新会社では、ゆうちょ自らファンドマネジャーの役割を担い、国内企業へのPE投資を推進する。郵便局の店舗網や地域金融機関のネットワークを活用し、地域で活動する中小企業を発掘する。

金利上昇局面で問われる次の一手

もう1つは、金利上昇局面でのポートフォリオ構築だ。折からの海外金利の上昇を受けて、これまで収益を下支えしてきた外債では外貨調達コストが膨らみ、一部の北米オフィスビル向けローンでも引き当てが生じている。

同様に、金利に先高観がある国内では国債への回帰が焦点となりそうだ。ゆうちょの国債運用残高は2022年末の37兆円を底に、足元では反転している。日本銀行による金融緩和政策の修正で長期金利が上昇し、日本国債の投資妙味が増しているためだ。

「今まで日銀当座預金に60兆円程度を置いていたが、これからは日本国債の投資に振り向けたい」と、笠間氏は意気込む。

金融庁や大手銀行などからの「落下傘社長」が続いたゆうちょにとって、笠間氏は民営化後初の内部昇格でもある。有価証券運用やリテールなど、社内で業務経験を積んだ人物の社長就任が今後も続けば、人事面でも「民営化」に近づくことになりそうだ。

(一井 純 : 東洋経済 記者)