「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」に登場した伊藤華英さん【写真:松橋晶子】

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「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」1日目 女性アスリートとニューノーマル/伊藤華英インタビュー後編

「THE ANSWER」は3月8日の国際女性デーに合わせ、さまざまな女性アスリートとスポーツの課題にスポットを当てた「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」を今年も展開。「“つながり”がつくる、私たちのニューノーマル」をテーマに1日から8日までアスリートがインタビューに登場する。さまざまな体験をしてきたアスリートといま悩みや課題を抱えている読者をつなぎ、未来に向けたメッセージを届ける。1日目は競泳でオリンピック2大会に出場した伊藤華英さんが登場。テーマは「女性アスリートのニューノーマル」。月経とコンディションの課題を誰よりも早く発信し、タブー視されていたスポーツ界の風潮を変えつつある伊藤さん。後編では、最前線での活動から月経問題の喫緊の課題に「地域格差」を挙げ、これから女性アスリートのニューノーマルを作っていく若い世代に望みも語った。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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 2017年以来、現役時代の経験をもとに「月経とコンディションニング」を先進的に発信してきた伊藤華英さん。

 部活動の学生や指導者らに月経にまつわる情報発信や講演を行う教育プログラム、スポーツを止めるな「1252プロジェクト」を2021年3月に立ち上げ、そのリーダーとして推進してきた。その成果もあり、生理が女性アスリートにとって大切な課題であることは着実に認知されつつある。

 ただし、社会構造の変化においては認知と解決のフェーズに分かれる。

 伊藤さんが発信して以降、多くの女性アスリートが月経について口にするようになったが、自身の体験に基づいた「いかに生理が大変か」という文脈が多い。今後大切なことは社会的な認知が広がっていることを後押しに、いかに課題解決に向かっていけるか、だ。

 ひとつの理想形を「生理について、社会のみんなが同じ知識を持っていること」と話す伊藤さん。そのために今、問題として認識していることがある。

「地域格差はまず超えないといけないステップです。地域の身近なお医者さんや病院が信頼できるものになっていかないといけない。東京であればアスリート外来もあり、郊外でも行きやすい環境にある。ただ、地方に関しては、今年第1回となる国民スポーツ大会、全国障害者スポーツ大会を開催する佐賀県さんが画期的な女性アスリート支援として、女性アスリート外来を2023年1月に開設しています。

 しかし、これはほんの一部です。地方で婦人科の病院に行くハードルの高さは東京とはワケが違う印象です。私としても1252プロジェクトとしても、届けなければいけない人に情報を届けないといけない。どれだけ『こんなにやってます』とアピールしても、実際に本当に悩んでいる若い世代の子が“誰にも言えない、聞けない”では意味がないと思うんです」

 医療過疎が叫ばれる世の中、婦人科も同様で、診てもらいたくても病院が近所にない。さらに、地方特有のコミュニティの狭さがあり、月経に対する情報や認知も不足しがち。10代の女性が婦人科に行くだけで「妊娠しているのでは?」と見られてしまう不安もある。

「地域に婦人科の病院が1軒しかないという場所もある。そうなると、学校に通う生徒はみんなそこに行くのですが、知らず知らずのうちに誰が診察に行ったかが知られているなんてお話を聞いたことがあります。能瀬さやか先生(東京大学医学部附属病院で国立大学病院初の『女性アスリート外来』を開設した医師、現在はハイパフォーマンスセンター・国立スポーツ科学センター)がやられている女性アスリート健康支援委員会に産婦人科医が多く登録されていますが、スポーツをしている方の月経の調整や対策が広まらないといけない。この人のところに行けば大丈夫という先生が増えないと、と思います」

 義務教育課程の養護教諭が生徒のみなさんのスクリーニングをし、女子部活生のコンディショニングも役割として持たせるなど、強制力を持った大きな構造変化が必要という声もあるが、伊藤さんは「実際にはなかなか難しい。養護教諭に1人で学校全体を見るも大変で、少しでも月経の知識を持った教員や指導者を増やしていく方が現実的に思います」というのが率直な感想だ。

「1252プロジェクトでは、女子アスリートを指導する上で必要な知識を身につけ、学ぶための『女子アスリートコンディショニングエキスパート検定』というものを出したのですが、それは選手の近くにいる指導者がそのレベルに関係なく、最低限の知識を持つということで『この子、大変なんじゃないか。練習させ続けたら、将来はもっと大変かもしれない』という考えができるから。『練習やっていれば治る』という考えではなく、ちゃんとした知識を持つ指導者が増えないと厳しいと思っています」

男女の論争になりやすい課題「『女性が、女性が』と権利を主張するのではなく…」

 生理の認知が広まるとともに、女性を支えるフェムテック領域も課題が明るみになっている。

「若い子たちが高くて生理用品が買えない経済的問題があり、大学の学生からも『ナプキン、高いです』『1252プロジェクトで配ってないんですか?』という声ももらいます。生理用品の種類などもあまり若い世代に認知されていない。10代の子たちを考えると、お母さんお父さんを含めた親御さんも一緒に学んでいく必要があります」

 しかし、地道な活動を続ける中でポジティブな変化も感じている。

「高校生に講演をすると『私はつらくないけど、もしかしたら周りの人はつらいかもしれない。つらそうにしている人がいたら声をかけたい』と言う子もいます。他の人は違うんだと理解できたという反応はうれしいですし、女子のラグビーチームで『お互いにやっている生理対策も意外に知らないよね』というところから、生理担当の選手を決めて月1回課題を共有する動きもあったり、高校生ではパワーポイントを使って部活の監督にプレゼンして理解してもらう行動を起こしたりという話も聞きます。

 ただ、それはまだまだごく一部で私たちが実際に行けたところだけ。本当は、みんなに知ってほしいです。私たちは一生、そこにはいられないから。だから、先ほどの地域の話もそうですが、場所によって温度が違うし、場所によってやり方やシステムが違う。私たちが『これ、やった方がいいよ』と言っても、当てはまらないことも多いので。ディスカッションやワークショップなどを繰り返しながら、1252プロジェクトで伝えた内容を、自分たちに適した色に染めていってもらいたいと思っています」

 女性アスリート特有の課題解決において視野を広げると、月経問題に始まり、肌の露出が多いウェアの改善や競技会場での盗撮対策、出産後も競技を続けるための環境づくりなど、さまざまな議論が進んでいる。さらに社会全体でも男女平等を目指した女性活躍の推進など、確実に時代は変わっている。

 しかし、女性視点で語られていくと、ネット上で“奢り奢られ論争”が起きたように「女性は大変と言うけど、男性も大変だ」という男女の対立構造が生まれやすい。この点を伊藤さんも危惧。「女性ばかりで何かを変えることはできないし、みんな一緒にやっていく必要があると思います」と訴える。

「例えばスポーツ界で課題に挙がる競技団体のジェンダーバランスも現実問題、役員の割合も男性がすごく多く、女性だけにアプローチしても変わらない。なので、男性にも理解してもらうことが重要。男性も選ばれた人が任されている訳で、女性の数が単純に増えればいいという問題でもない。だから、皆さん悩まれている。マイノリティが3割に達すれば、意見が代弁されて物事が平等になっていく。このような理論が存在します。それに基づいて、ジェンダーバランスも考えられています。

『女性が、女性が』と権利を主張するのではなく『実はこうなんだよ』と提示することで『変えられるじゃん、やってみようよ』と言える人が増えたらいい。もちろん、女性ばかりではなく、同じように男性もこういう課題があるから変えていこうと言える人も増えていけばいい。女性がこうしてほしいから、社会が変わって欲しいという一方的なものだと、誰だって嫌なもの。“男女”の区別になると論争が起きるのですが、みんなで理解して目標を達成していこうよと空気が醸成されてほしいですね」

 性差の課題はスポーツ現場でも同じこと。

「そもそも性差でトレーニング方法も実は違っていいんじゃないかと思います。しかし、女性の研究がされていない中で、男性ベースのトレーニング方法だけでやってきた。それで選手が伸びたり伸びなかったりの差もあるかもしれない。スポーツは性差でカテゴライズされ、男女の発達によって筋肉量や脂肪量など、構造的に異なる生物としての平等さの観点から男女で分けられています。もちろん、今まで良くなかったと否定するのではなく、もっと知ったらやれるかもしれない。

 そうすることで、女性のパフォーマンスももっと上がっていく。社会全体で見ても、女性の社会進出がよく言われますが、そんな視点で物事を考えたり情報を知ったりすれば、女性の選択肢も増えるのではないか。我慢して、しんどくて、つらくて職場が合わなくて辞めていくだけではなく、もうちょっとできる、楽しいと思ってもらえる。そのひとつに月経もあるので、ちょっとした対策でも気分良く仕事ができたりスポーツが楽しくできたりに繋がっていくと思います」

これからの女性アスリートのニューノーマル、今の若い世代に望むこと

「THE ANSWER」も「女子とスポーツ」というカテゴリーをサイト内に設置。伊藤さんらとともに2017年から月経はもちろん、摂食障害や貧血などの健康障害、引退後のセカンドキャリア、結婚・出産を含めたライフプランなど、女性アスリートを取り巻く課題を長く継続的に取り上げ、発信してきた。

 そして、2021年から「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」という特別企画を展開している。毎年、アスリートが登場した連載を掲載し、伊藤さんは3日に行われるオンラインイベントでゲストとMCとして登場。自身が取り組んできた月経など、女性アスリートの今とこれからについて専門家らと考えを交わす。

「THE ANSWERさんは柔軟性があって迅速ですよね。世の中の出来事に迅速にキャッチをして、すぐにアウトプットして、現場の声を吸い上げたい気持ちがとても伝わってくる。イベントに関しても、アスリートや専門家の先生など仲間が毎年増えているのが素晴らしい。興味を持たれている方は、構えずに参加して欲しい。大変なことを解決しなければ、頑張って勉強しなければと思うと大変。ちょっと知らない世界に行ってみようくらいの感覚でいい。みんなで考えれば世の中は良くなりますから」

 これからも女性アスリートのニューノーマルを作っていく伊藤さん。最も大切なことは今、まさにスポーツに取り組み、汗を流している女性アスリートたちの未来だ。部活生からトップ選手までカテゴリーはさまざまだが、特に若い世代に望むことがある。

「自分の人生はティーンエイジャーでも、思春期に入った13歳過ぎから十分に考えられるし、十分に責任を持って楽しむこともできると思います。その世代は自分の価値観を構築していく大切な時期。そのために社会の環境を理解してほしいし、いろんな情報を手に取ってみてもいい。それに必要になるのは常識というより社会的なリテラシーです。昔は新聞やテレビのニュースなど与えられたものを読めば良かったですが、今は情報を自ら選択する時代。すると、どうしても手にする情報が偏り、バイアスがかかる。そのバイアスに気付いてほしい。すべてを鵜呑みにはせず、“選択する時代”だからこそ自分の頭で考えられる女性アスリートが多く育ってほしいですね」

(「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」2日目はフィギュアスケート・村上佳菜子さんが登場)

【競泳・伊藤華英さんの「人生で救われた、私のつながり」】

「今、私のロールモデルだったと思うのは田中ウルヴェ京さん(当時シンクロナイズドスイミング・現在女子アーティスティックスイミング、1988年ソウルオリンピック銅メダリスト、スポーツ心理学者)。スポーツ心理学をアメリカの大学院で修士を取られています(慶応義塾大学で博士号も取得)が、引退後はお嫁に行くという風潮も強かった時代に女性で修士を取るのはなかなかないこと。今は引退後に大学院などで学ぶ人も多いですが、その先駆けの存在であり、ご自身のキャリアをしっかり考えられた先輩のアスリート。私自身、引退後に相談させていただき、京さんがいなかったら、私も早稲田や順天堂に通うこともなかった。そういう意味では尊敬もしてますし、刺激をいただく方です」

 ※「THE ANSWER」では今回の企画に協力いただいた皆さんに「あなたが人生で救われたつながり」を聞き、発信しています。

■伊藤 華英 / Hanae Ito

 1985年1月18日生まれ。埼玉県出身。東京成徳大高―日大―セントラルスポーツ。背泳ぎで2008年北京オリンピック100メートル8位、2010年に自由形に転向し、2012年ロンドンオリンピック出場。同年秋に引退した。引退後は早大大学院スポーツ科学研究科に進学、順大スポーツ健康科学部で博士号取得。2017年に東京五輪組織委戦略広報課の担当係長に就任し、大会の成功に尽力。2021年から教育プログラム・スポーツを止めるな「1252プロジェクト」を立ち上げ、リーダーとして活動を推進している。「THE ANSWER的 国際女性ウィーク」では3日に行われるオンラインイベントにも出演する。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)