「特捜9 season7」へ井ノ原快彦さんが主演することが発表されるなど、旧ジャニーズ事務所所属タレントを起用する動きが広がっています(写真:テレビ朝日サイトより)

昨年、大きく世の中を騒がせ、ジャニーズ事務所の解体にまでつながった故ジャニー喜多川氏の性加害問題。最近、旧ジャニーズタレントをテレビで見かけることが増えてきた、と感じる人も多いのではないだろうか。

近々では、タレントの井ノ原快彦さんが主演を務めるドラマ「特捜9 season7」が4月3日、テレビ朝日系でスタートすることが発表された。

そうした中、対照的な対応を取っているのがNHKだ。例年なら大晦日の紅白歌合戦にはSMILE-UP.(旧ジャニーズ事務所)所属タレントが何組も登場していたが、昨年はゼロ。さらに2月14日、NHKは春の番組改編での新たな起用は行わず、レギュラー番組も終了することを発表した。

井ノ原さん起用を発表したテレビ朝日のほか、フジテレビが2月16日の定例記者会見でタレントの新規起用を示唆するコメントを行うなど、SMILE-UP.所属タレントの起用を続々と増やしつつある民放各局の動きとは対照的だ。

一般企業を見ても、テレビCMではSMILE-UP.所属タレントを見かける機会は少ないながらも、ミツカン、AOKI、森永製菓「チョコボール」などは起用しており、少しずつ復活する傾向が見られる。また、Snow Manの目黒蓮さんがFENDIとアンバサダー契約を締結したことも話題となった。

なぜこれだけ対応が分かれているのか、我々はどう捉えるべきなのか。今、改めて整理し、考察してみたい。

対応が割れるNHK、テレビ東京、フジテレビ…

NHKの稲葉会長は2月の定例記者会見の場でSMILE-UP.社の取り組みに対し、「率直に言って、我々の期待している動きに比べると少し遅い」とコメント。被害者への補償や再発防止への取り組みができていると確認できた際に、今後のタレント起用について議論できるようになるとしている。

テレビ東京の定例会見では、石川一郎社長は「新会社とか、元の会社の関係とか、権利問題の処理とかまだまだ明らかになっていない部分がある」とコメントしたうえで、新規の出演は見合わせるとしている。

一方のフジテレビも定例の記者会見において、大多亮専務取締役が「(被害者への)補償が進んでいるとのことですので、新会社も4月から正式に稼働するという話も聞いています。その中で旧ジャニーズ事務所のタレントの起用は、補償問題が進んでいるのであればキャスティングはしていこうかなと思います」とコメントしている。

日本テレビの定例記者会見では、取締役専務執行役員の福田博之氏は、被害者への補償が進展していることを評価したうえで「昨年11月の当時に比べ、状況から新規の起用についても検討できる段階に入ったと判断している」とコメントした。

それでは、肝心の補償については現状はどうなっているのだろうか?

SMILE-UP.社は2月15日、公式サイトに「補償状況のご報告」をアップ、下記の数字を報告している。

補償受付窓口への申告者数 957人

補償内容の通知者数 282人

補償内容の合意者数 246人

補償金の支払者数 201人

SMILE-UP.社から提示されている被害者補償は十分か

当初、在籍確認ができていない被害申告者が補償対象外にされるという問題があったが、それへの批判も経て、その後、個別の被害申告の内容を検討したうえで必要に応じて補償対象にするようになっている。とはいえ、公表数字を見ても、依然として補償の合意に至っていない被害者もいる。

2月29日には、公式サイトに「被害補償の状況等について」をアップ、325名に補償金額の提示が行われ、そのうち249名とは合意の上、金銭を支払ったと報告した。また、申告者43名には補償を行わないことと、その理由も明示した。

現状、SMILE-UP.社から提示されている被害者補償の内容が十分かどうかは、見解が分かれるところだろう。ただ、SMILE-UP.は、情報公開は適宜行っているし、「問題があれば改善する」という姿勢はしっかり見せているように感じる。

一方、旧ジャニーズ事務所の所属タレントのマネジメントを行う予定のSTARTO ENTERTAINMENT社については、本社を新たに六本木に置き、4月をメドに本格稼働する予定だという。

運営のための資金調達はどうするのか? マネジメントなどを担当する社員の確保はどうするのか? タレントの育成はどうするのか? タレントの仕事はどこからどのように取ってくるのか? 不確定要素は多々あるが、経営陣や本社移転などの大枠も決まり、少しずつ体制が整ってきていることはうかがえる。

今回の騒動を受け、SMILE-UP.社から退所する著名タレントも複数出ている状況で、どのくらいのタレントがSTARTO社と契約するか未知数の部分はある。一方で、タレントとの面談やテレビ局回りを他の業務に優先して行っているという報道、関ジャニ∞から改名した「SUPER EIGHT」を商標出願したという報道が出るなど、本業回復へ着々と準備している様子も感じ取れる。

福田淳社長は、現時点ではあまり外部に向けた情報発信、意思表明をしていない。福田社長に対しては、旧ジャニーズ事務所から大きく変化することを懸念する一部のファンからの風当たりもある。今、メディアの前に出ると、本来はSMILE-UP.社側の担当・管轄である被害者との向き合いについて批判を受け、両社の役割分担が曖昧化してしまう可能性もある。現状では、あえて表に出ず、地盤固めをしているというところではないだろうか。

そうした点も含め、新会社をスムーズに立ち上げるうえで、適切なプロセスが取られているように見える。STARTO社を率いる取締役には、井ノ原快彦さんが名を連ねているが、ほかは旧ジャニーズ事務所外から起用されており、旧ジャニーズ色は薄くなっている。

いまSMILE-UP.所属タレントを起用しても大丈夫?

STARTO社が本格的に稼働すれば、NHKについてはやや不透明なものの、ほかのメディアやスポンサー企業が契約タレントを番組や広告に起用するうえでの障壁はさらに低くなるだろう。

ただ、4月からSTARTO社が本格稼働して以降は、旧ジャニーズのタレントたちはそちらと契約するとはいえ、現在のところは依然としてタレントがSMILE-UP.社に所属し続けている。その現状についてはどう考えればいいのだろうか。

結論から言えば、筆者は「取引先各社の判断で対応を決めればよい」と考えている。以前の記事でも書いた(日本企業「ジャニーズからの撤退」に感じる違和感)が、タレントを起用するかしないかが問題なのではなく、取引先に対して責任を果たすのか否かが問題である。

起用するのであれば、SMILE-UP.社が被害者と向き合い、補償と救済を誠実に行っているのか、STARTO社が旧ジャニーズ事務所の悪弊と決別して新しい会社として立ち上がっているかを注視して、それができていないのであれば改善を求めればよい。

起用しないのであれば、起用するための条件を明確にして、必要に応じてそれを提示すればよい。

NHKは公共放送であり、民放ほど視聴率に囚われる必要もない。NHK局内で故ジャニー喜多川氏による性加害が行われていたという証言もある。他の民放と比べてタレント起用に慎重になるのも無理はない。

一般企業も同様だ。大手企業、公益性の高い企業、リスクを恐れる企業は慎重に判断すればよいし、経済合理性から判断して起用を決める企業があってもいい。

被害者補償も、新会社の立ち上げも過渡的な現段階においては、タレント起用の判断も各社、各局で異なるのは当然のことであるし、今後、SMILE-UP.社、STARTO社の事業が健全に行われるうえでも、むしろ好ましいことだとも言える。

タレント起用にあたって考えるべき3つのこと

現時点において、SMILE-UP.社所属タレントを起用するうえで考えるべき点は以下の3点だ。

1. ビジネス上のメリット(経済合理性)

2. 社会的責任

3. SMILE-UP.社、STARTO社、タレントへの影響

企業は収益を上げなければ成り立たないので、1を考えることは不可欠だ。現時点で、タレントを起用することはリスクもあるが、リターンも大きい。特に、タレントのファンは早期の起用を大歓迎して、タレントだけでなく、起用してくれた番組や企業、商品を応援してくれるだろう。

FENDIの目黒蓮さんのアンバサダー起用について、人権意識が高く、イメージを重視する外資系高級ブランドがこのような判断をしたことは、一見すると意外に思えるかもしれない。テレビCMのようなマス向けの施策ではないし、ファンの「推し消費」が見込めることを考えると、ビジネス的なメリットは大きいと言えるだろう。

経済合理性と並行して考えなければならないのが、2の社会的責任だ。これについては上述した通りで、誠実に被害者と向き合っているのか、被害者への補償と救済が進捗しているのかどうか、STARTO社が健全に立ち上がっているのかどうかを見極めたうえで判断する必要がある。

一点、補足しておきたい。旧ジャニーズ事務所は、昨年9月に「今後1年間、広告出演並びに番組出演等で頂く出演料は全てタレント本人に支払い、芸能プロダクションとしての報酬は頂きません」と宣言している。このことは、発表時は場当たり的な対応として批判を浴びたし(筆者は擁護したが)、現在では忘れ去られてしまっている。ただ、これは現在でも続いている。メディアやスポンサー企業が支払ったお金はSMILE-UP.社には残らず、全額タレントに支払われることになることは留意しておきたい。

3つ目であるが、SMILE-UP.社を退所して別の会社に移籍するタレントも出ており、彼らのテレビやCMへの出演も見られている。「退所すれば起用するが、残れば起用しない」と考えている企業もあるかもしれないが、その選択は果たして妥当なのか?という問題もある。

STARTO社が正式稼働するのであれば、独立したり他事務所に移籍したりするよりも、STARTO社との契約に移管するのがタレント活動の継続において有効ではないかという考え方は当然生じてくる。

滝沢秀明氏が率いるTOBEに移籍した平野紫耀さんは、サントリージン「翠(SUI)」、デジタルハリウッド大学のCMに相次いで起用され、大きな話題を集めている。旧ジャニーズ事務所から独立・移籍したタレントが、忖度や圧力を受けることなく、テレビ番組やCMに起用されるのは好ましい傾向だ。

ただし、懸念点もある。SMILE-UP.社はジャニー喜多川氏と完全に決別して企業名まで変えている一方で、ジャニー喜多川氏の「側近」と言われた滝沢秀明氏は性加害問題に関して見解を表明することなく、旧ジャニーズ事務所のタレントをマネジメントする会社であるTOBEの社長を務めている。

SMILE-UP.社のタレントの起用はダメで、TOBEなら良いのか? 突き詰めて考えると、判然としない感じもしてしまう。

どこまで追及し、どこから許容するのか

ジャニー喜多川氏の性加害事件は、加害が行われた期間も長く、被害者も非常に多い。完全に問題が解決することはないし、過去の清算には長い時間を要するだろう。

しかしながら、形は大きく変わってもビジネスが継続される以上、どこかで区切りを付けることは必要になる。どこまで厳しく追及し、どこから許容をするのか。

メディアも一般企業も、各社がそれぞれの基準で判断すればよいことだが、時間が経過する中で問題が風化していき、なし崩し的に起用が進んでいく可能性もゼロではない。各社とも自社なりの判断基準を中にきっちり持っておくことは必要になっていくだろう。

TBSは2月28日に公式サイトに「旧ジャニーズ事務所問題に関する特別調査委員会による報告書」をアップした。他のメディアや広告主企業も、この問題を過去のものとすることなく、将来に向けた対策をしっかり提示していくことが求められる。

(西山 守 : マーケティングコンサルタント、桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授)