岩手県花巻東高等学校の佐々木麟太郎内野手。「フルスカラシップ」が話題になっていますが、日本とアメリカで奨学金制度はそのように違うのでしょうか?(写真:東京スポーツ/アフロ)

2月14日、高校史上最多の通算140本塁打を放った最強スラッガーである、岩手県花巻東高等学校の佐々木麟太郎内野手が、「世界大学ランキング」で2位を誇るアメリカの名門・スタンフォード大学に「フルスカラシップ(全額奨学金)」で進学することが大きな話題となった。

佐々木麟太郎の「フルスカラシップ」が話題に

日本の報道陣の取材に応えた、同校の野球部監督であるデービッド・エスカー氏は「彼はフルスカラシップ。学費も寮費も100%大学が負担する」と明かしている。

各誌の報道によると、スタンフォード大学は奨学金なしで4年間通った場合、日本円で約5000万円の学費がかかるという。ちなみに、同校の合格率は2022年で3.68%という超狭き門である。

なお、「アメリカの大学は日本よりも金がかかる」というイメージもあるが、その実態についてニューヨーク在住ジャーナリスト・編集者の安部かすみ氏はYahoo!ニュースに転載された「佐々木麟太郎は全額奨学金で進学、スタンフォード大の監督明かす 学費は4年で約5000万円」という「日刊スポーツ」の記事のオーサーコメントで、次のように解説している。

「NYU【引用者註:ニューヨーク大学の略】で今年の学費は2セメスター以上のフルタイムで年間6万ドル近く、住居や生活費に2万5000ドル(教科書代は別)と言われていますから、スタンフォード大の学費を聞いてもそんなものかなと思います。しかし通常奨学金というのは基本的にはアメリカ人もしくは永住者対象のものであり、またアメリカ人であっても「全額」というのはそれほど多くない。また大抵がローンで、卒業後就職して多くの人が苦労しながら毎月返済する中、(アメリカからすると)外国人である佐々木選手を全額奨学金待遇とは恵まれていると感じると同時に大学側からも特待生として相当期待されていることが伝わってきます」

いかに、今回の佐々木内野手の進学が衝撃的なことなのか、野球ファンはもちろんのこと、高校野球に詳しくない筆者ですら、十分に理解できる。

その一方で「奨学金なんだから、結局は返さないといけないのでは?」と疑問を抱く読者もいただろう。

しかし、アメリカおよび海外でいう「奨学金(スカラシップ)」とは「返済不要の給付型奨学金」を指し、日本のような「貸与型」ではないのだ。

そして「フルスカラシップ」というのは前出のエスカー監督がいうように、留学先大学での授業料はもちろん、住居費や食費も免除もしくは支給される制度である(それを今回の報道では各メディアが「全額奨学金」と直訳しているのだが、正直わかりにくい……)。

また、日本で奨学金というと、筆者の連載「奨学金借りたら人生こうなった」で紹介している事例のように、第一種奨学金(無利子)と第二種奨学金(有利子)のどちらかを借りたにせよ、社会人になって半年後には返済が始まるという制度である。

そんな中、最近は返済不要の「給付型奨学金」が増えているという例も、これまで取り上げてきたが、日本以外の国で奨学金というと、基本はこのことを指す。そのため、日本独自の「貸与型」の奨学金を外国人に説明する際、「意味がわからない」と言われたこともあるそうだ。

国によって大きく異なる「奨学金」制度。そこで、本稿ではこれまで筆者が取材してきた中で、スカラシップを利用した者たちの話を振り返りながら、海外と日本の奨学金制度の違いについて解説していきたい。

「アメリカの大学にフルスカラシップで留学」とは?

筆者は野球に関する知識は皆無だが、今回のアメリカのフルスカラシップ制度を説明するうえでは、「ジャズ」を例に出すのがわかりやすい。

かつて、日本人が「アメリカの大学にフルスカラシップで留学」するケースといえば、サックス奏者・渡辺貞夫氏に代表されるような、マサチューセッツ州のボストンにある「バークリー音楽大学」への留学が有名である。

そんな彼を導いたのが、現在94歳の現役ジャズ・ピアニストである秋吉敏子氏。彼女は1956年に日本人として初めて同校に奨学生として入学した。

もともと同じカルテットで演奏していた2人だが、先に留学していた秋吉氏に「私がフルスカラシップ(全額奨学金)をとりつけてあげるから、あなたも留学なさい」と渡辺氏は声をかけられ、1962年にフルスカラシップで同校に留学を果たしたのだ。

以後、荒川康男、佐藤允彦、大西順子、大坂昌彦など、日本を代表するジャズ・ミュージシャンたちのほとんどが、スカラシップを獲得して同校に留学している。

つい、先日「ARBAN」という音楽メディアで、90年代初頭にバークリー音楽大学にスカラシップを得て留学した、ジャズ・トランペット奏者の岡崎好朗氏に話を聞いたのだが、当時の状況について、次のように振り返っていた。

「学費全額免除ではありませんが、8割は負担してもらえました。当時は円高で、しかもアメリカも物価が安かったため、学費も1年間で2学期分のセメスターを履修して6000ドル程度だったんですよ。当時の国内の音大は1年間で150万円はかかったのですが、1ドル=80円台だったため、半額以下で通えたわけです」

こうしたジャズミュージシャンたちや今回の佐々木内野手のように、その後の将来が約束されている人物に対して、アメリカの名門大学はスカラシップ制度で、才能のある者たちを国内外から呼び寄せてきた歴史があるのだ。

海外は日本の大学よりも学生へのサポートが手厚い

また、筆者が取材してきた人たちの証言を振り返っても、海外の大学や大学院は日本の大学よりも学生へのサポートが手厚いようにも思える。

例えば、「奨学金440万円」44歳彼が語る親世代への違和感」に登場してくれた、シンガポールの研究所での勤務歴のある船田亘さん(仮名・44歳)によると、海外では大学院生という存在は立派な「職業」として認められているという。

「日本でも、新卒の社会人は研修が多かったり、見習い的な扱いを受ける反面、給与はしっかり支給されますよね。それは、戦力になるまでの準備期間だと捉えられているからでしょう。海外では大学院生への見方もまさにそんな感じで、『専門家・研究者になるための見習い期間』と見なされている。だからこそ、給付型奨学金が支給されたり、学費や生活費を支援してもらえたりする。

こういう扱いを目にすると『海外の大学に進めばよかったな』と思うこともあります。日本では、研究者たちの研究活動が世の中にいかに貢献しているかという考え方が、他の国に比べて根付いていないですからです」

また、「奨学金400万円」30歳彼女が見た母の預金通帳」に登場した、韓国の大学を卒業した佐藤佳乃さん(仮名・30歳)によると、海外の大学は日本と比べても「学費が安い」ため、外国人留学生向けの給付型奨学金も充実しているそうだ。

「韓国の大学に入学が決まった段階で、高校と語学学校の成績や、入試の結果をもとに国からの外国人留学生向けの給付型奨学金を支給してもらえました。さらに、大学が提供している授業料免除もあって、最初の学期(韓国もセメスター制なので半年間)は17万円ぐらいしかかかりませんでした。本来であれば学費も年間70万円はかかりますが、それでも安いですよね。

最近では韓国の大学も授業料が上がっているようですが、少なくとも私がいた頃は授業料が年間100万円を超えるような学校はなかったと思います」

さらに、「学費が高い」ことで知られるアメリカにも、さまざまなスカラシップが存在する。「奨学金870万円」35歳女性の綱渡りな海外進学」で話を聞かせてくれた、川嶋由紀さん(仮名・35歳)はフルスカラシップではないが、アメリカの大学に留学中、次のような奨学金を支給されていた。

「日本と違ってアメリカは貸与ではなく返済不要の給付型が一般的なため、『成績優秀者が対象の大学の奨学金』と、『年収600万円以下の低所得家庭出身者向けの奨学金』の2つを受給していました」

「特待生レベル」の扱いを受けるのは一握り

とはいえ、佐々木内野手をはじめ、フルスカラシップで「特待生レベル」の扱いを受けるのは、ほんの一握りである。

「スポーツ報知」の「佐々木麟太郎の学費5000万円免除は「5%以下」の狭き門 スタンフォード大の判断基準」という記事で、名城大准教授・鈴村裕輔氏はこう解説している。

「スタンフォード大の全額奨学金を受けるのは大変なことです。通常1学年に2000人ほど入学しますが、返済義務のない奨学金をもらえるのは5%以下。それも全額ですからね。

その条件としては運動競技に関する実績だけでなく、勉学を含めた書類審査。それに加えて通常の奨学金を得る場合には、入学への目的をリポートにまとめる必要があります」

また、前出の安部氏のコメントでも触れられていたが、アメリカでは日本の貸与型奨学金の代わりに「学生ローン」が普及しており、その利率は8%前後。そのため、借りただけで卒業後に破産する学生も数多くいるというのだ。

また、そもそもの話として、アメリカのスカラシップ制度は、大学OBたちによる「寄付」で成り立っていることも知っておくべきだろう。もちろん強制ではないが、将来的に佐々木内野手が野球で成功した際には、同校から見返りとして、寄付を求められることは十分にあり得ることだ。

日本では「大学進学を目指す者」全員にチャンスが与えられている

こうした寄付文化が根ざしていない日本でフルスカラシップが今後、普及していくことは正直ないだろう。

一方で、成績優秀者や家の経済的な理由から、学費を免除されるケースはこれまでもたびたび聞いてきたため、名前こそ違うが、これらが充実する可能性は大いにある。また、給付型奨学金も、日本学生支援機構のみならず、各大学や、地方自治体など、さまざまなところが給付を増やしている。

さらに、アメリカでは奨学金を得ること自体が難しいが、今の日本は「大学に進学したい」という意志があれば、基本的に第二種奨学金(有利子)の審査は通る。これをアメリカの「学生ローン」と同じと捉えることもできるが、一応日本の場合は利率が現在、0.07%程度なので、かなり低い。

海外の大学の充実したスカラシップ制度や、そもそも安い学費(アメリカ以外)など、羨ましく思える教育制度はたくさんあるが、日本の場合は「大学進学を目指す者」全員にチャンスが与えられているという見方はできる。

これが海外だと、フェアに機会が与えられない……。そう思えば、まだ日本の奨学金制度も捨てたものではないと思い込むことはできるだろう。

(千駄木 雄大 : 編集者/ライター)