HSPの認知度が高まる一方で、弊害もあるようです(写真: ノンタン / PIXTA)

近年メディアでもよく取り上げられ、関連書籍も多数出版されている「HSP」。認知度が高まる一方、さまざまな情報が付加されることで、問題も生じているようです。『発達性トラウマ 「生きづらさ」の正体』の著作がある、公認心理師のみきいちたろうさんが解説します。

近年、HSP(Highly Sensitive Person、感受性の高い人、繊細な人)が文字通り“ブーム”と言えるような状況になっています。

「繊細さん」というようなタイトルで書かれた本も書店などで目にします。テレビでも取り上げられ、芸能人が「自分もHSPだった!」と、SNSで発信するなど、すっかり市民権を得た趣があります。

実際に、私がカウンセラーとしてご相談を伺っていても、「自分はHSPかもしれません」「私は、HSS型HSPです」というようなことをおっしゃるご相談者が増えています。

“HSPブーム”と専門家からの警鐘

一方で、そんなブームに対して、専門家から警鐘が鳴らされるようにもなりました。発達心理学者の飯村周平氏などがその代表です(参考:『HSPブームの功罪を問う』岩波ブックレットなど)。

簡単に言えば、HSPが本来の意味を離れて、さまざまな情報が付加されることで、弊害も生じているということです。

もともと、HSPとは、1996年にアメリカの臨床心理学者のエレイン・アーロンが提唱したのが最初で、学術的には「感覚処理感受性」と呼ばれるものです。

感覚処理感受性は、いわゆるHSPとして提唱されているような、「生きづらさ」を説明するものでもなければ、「特別な才能」という意味もありません。

ただ、ニュートラルに環境に対する感受性を指すものとされます。「感覚処理感受性」は正規分布で表されますからHSPと非HSPと分けられるものでもありません。「〇〇型HSP」というようなタイプ分けも存在しません。

HSPが通俗的に広まることで、「HSP専門カウンセラー」というような資格ビジネスが広まったり、マルチ商法やカルト団体に利用されることも実際にあるようです。

そうしたブームの弊害の中でも、いちばんの問題点は、症状の原因や実態とは異なる概念が広まることで、生きづらさでお困りの方が本当の原因に気がつけなかったり、ケアや治療につながることができないといったことが生じることです。

臨床心理士や公認心理師、精神科医など正規の治療者の多くは、現場でクライアントが「自分はHSPかも」と訴える場合、内心は違和感を覚えながらも、気持ちを尊重し、否定せずに受容したり、あるいは聞き流したりしているのが現状です(よほど、ケアや治療の妨げとなる場合は、やんわりと修正をします)。

生きづらさは、HSPだけでは説明できない

HSPで説明される各種の症状は、実際には、さまざまな要因から生じます。例えば、発達障害においても生きづらさや感覚過敏や感覚鈍麻が知られています。

あるいは、成育環境に問題があると自他の区別、他者との距離感がうまく取れずに、対人関係でストレスを強く感じたりすることもあります。

うつ病、パニック障害、不安障害、強迫性障害など精神障害においても、ある種の過敏さや鈍麻などが見られることがありますし、躁うつ体質によって調子を崩す場合もあります。

継続的にストレスがかかることでストレス障害(後述)となりますが、そうした際も、感覚過敏や感覚鈍麻が生じます。生きづらさや繊細さの原因は家族関係、環境からももたらされます。

人間関係が悪い職場や家庭は、まさに“針のむしろ”と例えらます。さらに生きづらさはより大きな環境の影響、文化、社会、経済の風潮からも、もたらされます。

本来、心理士や精神科医は、こうしたことを問診などで伺いながら総合的に悩みの背景を捉えようとします。

概念というのはその方の本当の意味での解決につながるためにあるものです。できるかぎり、実態に即していて、かつ奥行きのある見立て・仮説が必要です。

私たちが抱えている敏感さ、生きづらさといったものは、「HSP」という概念からだけでは、とても説明できない背景が存在するのです。HSPを用いて説明、解決に取り組むとしても、過剰な適用によって問題解決の妨げとならないように、慎重な吟味がもとめられます。

そんなHSPブームの陰で、生きづらさの原因を説明するものとして、長年のさまざまな調査や研究の積み重ねにより特に注目されている領域があります。それは、「発達過程におけるストレスの影響」です。

例えば、子どもの前での夫婦喧嘩は、直接的な虐待以上のダメージが生じることをご存じでしょうか? 夫婦喧嘩なんてどこにでもあるし、そんなことはたいしたことではない、などと思っていないでしょうか? 

夫婦喧嘩を目撃することで脳にダメージ

実は、脳科学での調査によって、子どもが夫婦喧嘩を目撃することで脳にダメージが生じることがわかっています。これが成長してからの生きづらさの原因となります。そのため、子どもの前での夫婦喧嘩は、現在では「面前DV」と呼ばれ、児童相談所が介入する事案となっています。

発達過程での過度なストレスは、「発達性トラウマ」、あるいは「逆境的小児期体験(ACE:Adverse Childhood Experiences)とも呼ばれています。実際に、アメリカにおいて保険会社が協力し数万人が参加する大規模な調査が行われています。

その結果、小児期に逆境体験を経験した人は、成長してから、うつ病などの精神障害、糖尿病、脳卒中、心臓疾患などのリスクが数倍から数十倍に跳ね上がることがわかっています。そして、小児期に逆境体験を経験していないと答えた人は3分の1と、想像以上に多くの人が逆境体験を経ているというのは驚きの結果です。

さらに、「愛着(Attachment)」という観点からも厚みのある研究が行われており、子ども時代の親の関わりがその後の人生や健康、対人関係に大きな影響を及ぼすことが知られています。それらは「愛着障害」と呼ばれ、日本でも関連する書籍がたくさん出版されています。

そして、小児期に虐待などストレスを受けた子どもは、発達障害と酷似した症状を呈することが知られており、それらは「第四の発達障害」あるいは、「発達性トラウマ障害」と呼ばれています。発達障害とされるものの多くが実は環境由来の症状ではないか、と指摘されています。

「トラウマ」という言葉自体はおそらくほとんどの方がご存じかと思いますが、その内容を詳しく知る人は少なく、自分とは関係のないもの、PTSDのように特別な事件や事故を経験した人が被るもの、と感じるかもしれません。

しかし、実はトラウマはとても身近なものです。先ほど夫婦喧嘩が重大なダメージを与えると例示したように、日常にあって、これまでの常識であれば「そんなことくらい大したことない」「どこにでもある」「大げさな」と思われるようなストレスによってトラウマは生じます。

特に、人間も含めて動物は些細なものでも長期にわたるストレスにはとても脆弱なのです。

本人がトラウマの自覚症状がないときも


トラウマとは、日常の出来事も含めたストレスによって生じる「ストレス障害」と捉えられます。近年、ニュースでも問題になるパワハラ、モラハラなども、トラウマの大きな原因の1つです。

いじめや家庭内の不和はもちろん、親が親として適切に振る舞えていない家族の機能不全もとても重大な影響を及ぼします。本人も自身がトラウマを負っていると気がついていないこともしばしばです。

そうした日常のストレスによるダメージの結果、「緊張しすぎる(過緊張)」「気を使いすぎて人とうまく付き合えない(過剰適応、対人関係での過敏さ、繊細さなど)」「仕事がうまくいかない」「集中できない」「不安が強い」「うつっぽい」、感覚過敏や鈍麻など冒頭で触れたHSPで説明されるようなさまざまな症状も含め、私たちが日々経験する身近な困りごと、生きづらさとなって表れるのです。

(みき いちたろう : 公認心理師)